2001年4月活動報告

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2001年4月26日

市長選挙も終わり、いよいよ参議院選挙の番です。懸案だった選対本部の場所も決まり、ゴールデンウィーク明けには徐々に活動も本格化してくるような感じです(初めてのことなので、正直、どんな感じになるのかよく分かりませんが・・・)。21日(土)と今日は、支援してくれている組織が主催する政策シンポジウムと行政報告会のパネルディスカッションに参加してきました。政策の中身の議論ができるのは、いい気分転換になります。早く選挙を乗り切って仕事がしたい!!!というのが本音です。県内の挨拶回りも2巡目に入り、今日は豊田の酒屋さんに2度目の訪問をさせて頂きました。「覚えてるよ!!」と言って歓待して頂き、記念写真まで撮ってくれました。感謝!!

ところで、今日は小泉総理大臣が誕生しました。小泉さんの主張には賛成できる部分が多く、僕の考え方に近いという印象です。小泉さんが有言実行してくれることを期待しています。政治家や政党は、「政治の目的」は国民の皆さんが望むことを実現することであり、政権争い自体が「政治の目的」ではないことを再認識すべきでしょう。政権争いは「政治の手段」に過ぎません。国難とも言えるこの時期、是々非々で対応していくことが政治家や政党に求められます。しかし、小泉さんはなぜもっと早く派閥を離脱しなかったんでしょうか?少々疑問も残ります・・・。


2001年4月21日

名古屋市長選挙が明日22日に行われます。連日、市長の個人演説会で応援弁士をさせて頂きましたが、昨日は母校の田代小学校(千種区)に行ってきました。懐かしい体育館のステージにあがるのは小学校の卒業式以来。昔の同級生も聞きにきてくれました。今日は、最後の個人演説会で北区と西区でした。いよいよ明日は投票日です。松原市長、お疲れさまでした!!今日はゆっくりお休みください。

それはそうと気になることがひとつあります。長期金利が上昇していることです。日銀が量的緩和を宣言して以降、長期金利はむしろ上昇しています。これは、量的緩和の狙いとは逆の動きです。経済の世界では、長期的には理にかなったことしか起きません。量的緩和という異例の政策選択を、金融市場が「国債の発行環境が限界に達しつつある」と受け止めたことを示すシグナルです。大変なことになってきました・・・。


2001年4月16日

2月23日(金)には城山中学の同級生が、4月6日(金)、14日(土)には旭丘高校の同級生が激例会を開いてくれました。14日(土)には、僕は出席できませんでしたが東京でも高校の同級生が集まってくれました(出席できずにゴメンナサイ!!同級生のWifeが代理出席)。同級生に応援してもらえるのが一番の励みになります。全然話は変わりますが、4月15日(日)のお昼に、阿久比町・弘誓寺の満点星(どうだん)ツツジを観賞させて頂きました。ツツジというにはあまりに大きな樹で、樹齢800年だそうです。一見の価値ありです。


2001年4月12日

4月10日から12日の3日間、県内キャラバン2巡目の皮切りに愛知15区(豊橋市、渥美郡)にお邪魔しました。意外に知られていませんが、豊橋市は農産物の出荷額が日本一の農業都市です。また、豊川用水の整備によって、渥美郡(渥美半島)はたいへん豊かな日本を代表する田園エリアになっています。その一方、豊橋市の港湾部では「国際自動車コンプレックス構想」が進められており、豊橋の港は外車の陸揚基地としての地位を確立しています。昨年、ドイツの首相が来日した際には、名古屋市に寄らずに豊橋市を訪問したほどです。この地域の発展の方向性は、地理的には東西南北それぞれについて可能性があると感じました。第1は、西三河を経由して名古屋市に繋がる西方向への発展です。第2は、三遠南信自動車道構想を機軸とした信州方面、北方向への発展です。一方、渥美半島に向う南方向への発展は、伊勢湾口道路、三河湾口道路を通じて、各々紀伊半島、知多半島に繋がります。随分スケールの大きな構想ですが、これが第3の可能性と言えます。最後の第4は、県境を越えて、静岡県の湖西市、浜松市に繋がる東方向への発展です。この中で、個人的には第4の東方向への発展に関心を持っています。行政のスケールメリット追求のために、今後は市町村合併がどこの都道府県でも重要な課題になりますが、県境を跨いだ「豊橋市−湖西市−浜松市」の連繋は、@現在の都道府県単位の行政区分があまり意味を持たないこと(形式的なものに過ぎないこと)、A新たな中核都市の誕生により、国土の多極分散を図ること(名古屋市と静岡市の中間に位置する新拠点の誕生)に寄与することとなります。いずれにしても、豊橋市を中心とした東三河地域は、都市部と田園部、工業と農業が融合したゆとりある地域に発展する可能性を秘めていると思います。この地域の今後のあり方は、たいへん興味深い検討テーマです。


2001年4月9日

昨年11月中旬に民主党愛知県連から第19回参議院議員選挙に立候補しないかとのお誘 いを受けました。職業柄、日本の財政金融が本当に厳しい状況に置かれていることを十分 知り得る立場にあり、かつ、政治の世界で社会のお役に立ってみたいという気持ちもあり ましたことから、出馬要請を前向きに考えたいと思いました。しかしながら、正式要請を 受ける前に、11月25日付の中日新聞朝刊で新聞辞令を打たれ、その後も各紙に報道され、家族に相談したり、職場に報告する間もなく、方向が決まってしまったという感じです。言わば、バンジージャンプをやってみないかと言われてジャンプ台に立とうとしたら、いきなり後ろから押されて突き落とされたという心境です。とは言え、結果的には出馬要請を受けたと思いますので、マスコミに皆さんに悩む手間を省いて頂いたということかもしれません。 昨年12月15日付で17年9か月勤務した日銀を退職し、第19回参議院議員選挙の立候補予定者となりました。以来、引越、友人・知人への連絡、個人事務所の立上げ、スタッフ探し、様々な資料の作成、後援会作りのスタートなど、全く休みなく活動してきました。年末に直嶋参議院議員の引き回しで東京の連合本部等の挨拶回りを行ったのを皮切りに、年末・年始には、県内の県会・市町村会議員の皆さんへの挨拶、県内連合組織への挨拶、県内の友人・知人への挨拶等を行ってきました。2月7日からは県内15小選挙区を回るキャラバン活動がスタートし、4月7日に漸く1巡しました。1小選挙区に僅か3日ずつでも、実に45日もかかる計算です。明日(4月10日)からは2巡目がスタートしますが、2巡目が終わる頃には選挙も目前の時期になっていると思います。 過去3か月の準備活動の過程や県内全域を回って感じたこと、これから体験する2巡目の出来事などを、これから時々皆さんに報告させて頂きます。お楽しみ頂ければ幸いです!!


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