活動報告(2005年)
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11月は、結局30日中、18日間は新幹線等での移動日。一日中東京にいたのは8日間、同じく名古屋にいたのは4日間でした。当然、休みはなし。党務対応に追われ、閉会後の割にはなかなか地元に貼り付けません。ため息が出ますね。
前原新代表の下、機構改革や広報部門再編の検討作業が佳境を迎えているほか、シンクタンクの立ち上げ準備も山場です。また、原口議員をヘッドにした新設の総合政策企画会議のコアチーム会議も頻繁に行われています。こうした動きはメディアにはあまり報道されませんが、民主党立て直しのためには必須のプロセス。二大政党制をつくるためにこの世界に入った初心を忘れずに、労苦を厭わず職責を全うしたいと思います。
さて、前回報告では11月8日までお伝えしました。9日は、11月のジャパンリーダーズカレッジ(JLC)の講師をお願いしたトヨタホームの清水会長にご挨拶。清水会長は愛知県の公安委員長でもあり、警察インフラの脆弱さを嘆いておられました。同感です。夕方には上京し、夜は日銀時代の同期のUBS証券チーフエコノミストの白川君、元財務省の関西学院大学村尾教授と懇談会。談論風発、気持ちのいい時間を過ごせました。
翌10日は朝から党務の合間を縫って東京都内の挨拶回り。夜は、衆議院選挙で惜敗した樽床前議員のパーティに出席。樽床さんとは同い年ですが、政治の世界では大先輩。樽床さんの再起を心から祈念しています。11日は朝一番に千葉市での所用、その足で東京に戻って午後は講演。夕方から名古屋入りしてもうひとつ講演。
12日は昼から地元の飲食店の20周年記念パーティ。全国からお馴染みのお客さんが集まっていましたが、このご時世、飲食店を20年も続けるのはたいへんなことです。関係者の皆さん、本当にお疲れ様です。その後、県連の会議と夜の会合にひとつ出席して東京へ。
翌13日、14日は恒例の国会見学バスツアー。今回は、日頃から本当にお世話になっている蒲郡市会議員の山本和市先生ご一行様。箱根で一泊して頂き、14日は国会と日銀見学。皆さん、遠路ありがとうございました。ツアーには「大塚耕平を耕す会」などという光栄な名前をつけて頂きました。改めて御礼申し上げます。
14日はバスツアーをお見送りした後、党務会議などをこなして、新幹線で名古屋入り。連合愛知の皆さんとの政策懇談会。終了後は再び東京へ。15日、16日も党務と挨拶回りで日が暮れました。もっとも、16日は夕方から京都に向かい、研究者仲間の政策ネット21京都座会に出席。その日はたまたまブッシュ大統領の来日、京都入りの日。ものものしい警戒態勢でした。会合終了後は祇園で一杯やった後に東京に戻り。最悪の場合は夜行に乗ろうかと思っていましたが、とりあえず新幹線で帰ることができました。
17日は午前中に横浜市役所へ。所用で中田市長に面会してきました。さらに横浜JC(青年会議所)の黒川理事長、江森副理事長と12月10日のシンクタンク・シンポジウムの打ち合わせ。議員会館に戻ってからは、再び党務会議と挨拶回り。
18日は、朝8時半から玄葉幹事長代理、細野役員室長、加藤役員室長代理と打ち合わせ。最近、ハタと気がつくと自分が一番年上の会議が多くなっていますが、今日の会議も僕が最年長。43歳の代表が誕生した影響、効果が明らかに出ています。その後は党務会議や原稿書きをこなした後、夕方から地元入り。
19日は朝5時からの朝起き会に出席させて頂く予定でしたが、目が覚めたら何と5時40分。不覚、不覚。やはり疲れが溜まっている感じです。その日は少々重い講演が2つ。とくに2つ目は医師会の皆さんと医療制度改革問題を議論。僕もたいへん勉強になりました。
20日は午前中に会合をひとつ。午後は高浜市長の恒例の後援会総会に出席させて頂いた後、上京して中央大学大学院の授業。日曜日ですが、翌日の振り替え授業を行いました。授業終了後、再び名古屋へ。議員宿舎に寄らずに名古屋にトンボ帰りするのは珍しいことです。
21日は毎月恒例の「弘法さんかわら版」の日。地元事務所前の日泰寺参道でのビラ配りです。久し振りに露店の皆さんにご挨拶。しかし、10時半から別の用件が入っていたので、札所回りを途中で切り上げ、タクシーに乗って訪問先へ。その後も地元での日程をこなして、夜には上京。午後9時から同僚議員数名と打ち合わせ。
22日も朝から党務や来客対応に追われ、せわしい一日でした。午後3時からはビデオメッセージ撮り。12月2日にブッキングしていた地元での講演日程が実は11月24日と判明。その日は別件が入っていたために、結局、24日はビデオ収録で対応させて頂くことになりました。FICの皆さん、誠に申し訳ありませんでした。ビデオ撮りの後、地元入り。県庁職員の皆さんとの懇親会に出席。同世代ばかりでしたので、楽しい会でした。
23日は休日でしたが、上京して会館入り。残務整理に励んでいると、娘が友達2人を連れて会館にやってきました。せっかくの機会でしたので、衛視さんにお願いして休日の国会見学をさせて頂きました。衛視さん、ありがとうございました。
24日、25日も党務会議と挨拶回り。25日は夕方から地元入りして講演を2つ。26日は、毎月のJLCの定例講義。トヨタホームの清水会長に貴重なお話を聞かせて頂きました。夜は半田市で会合。翌27日は、朝起き会、バス旅行の見送り、講演、会合出席などの日程を消化して夜には上京。28日、29日、30日は、いずれも日中は党務会議などでスケジュールは一杯。夜もそれぞれ日程が入っており、睡眠時間がドンドン少なくなっています。とくに30日は、予定の会合をこなした後に、普段から親しくしている某記者のプライベートコンサートに顔出し。いやいや、なかなかの歌声でした(記事より出来がいい??)。でもあまりに眠くなったので、途中で失礼しました。
そして12月。今日までの5日間、やはり、うち3日間は移動日。今月も丸一日、地元や東京に逗留できる日の方が少なくなりそうです。1日の夜は、明治大学でISFJ(日本政策学生会議)の論文審査委員会。査読委員として審査に参加させて頂きました。学生の皆さん、熱心に取り組んでいますね。素晴らしいことです。2日は夕方から豊橋へ。帰りがけ、少し熱っぽい体調でしたので、名古屋の自宅に帰って早めに就寝。疲れでしょうか。3日は新城市の合併記念式典、同僚議員のイベント、お通夜を2つと駆け足の日程を消化して上京。4日は日曜日ですが、朝から会館で残務整理。午後は再びISFJの会議に出席。今度の会場は慶應大学三田キャンパスでした。5日は朝から地元入りして「第2回・弘法大師を語る」での講演。50人の皆さんが実に真剣に聞いてくださいました。ありがとうございました。終了後に上京して会館入り、そして宿舎へ。
さて、今年もあと4週間。体調に気をつけて頑張ります。
皆さん、こんばんは。名古屋の自宅で就寝前に1ヶ月の活動を振り返っています。
前回の活動報告は10月9日まででした。翌日の10日は体育の日。日中は議員会館で仕事。11日の夜は総選挙で惜敗した五十嵐文彦前衆議院議員の残念会。五十嵐さんの復活を心から祈念しています。13日の木曜日は、郵政民営化特別委員会で小泉総理と質疑。同委員会での質問は通常国会から通算で5回目、合計300分。ひとりで5時間は最長記録だと思います。小泉さんとの質疑の模様は、参議院の議事録や僕のメルマガ(OKマガジン)107号(10月25日号)をご覧ください。ここでは詳しくは申し上げませんが、「郵政民営化と財政再建は関係ない」「小さな政府の定義はこれから考える」と平然と答弁する小泉総理にはアングリです。開いた口が塞がりません・・・おっと、ついついメルマガみたいになってしまいます。
15日の土曜日はジャパン・リーダーズ・カレッジ(JLC)の第4回。今回は村尾信尚関西学院大学教授をお招きして、行政改革について貴重なお話を伺いました。村尾さんは元財務官僚。理財局国債課長時代に国債管理政策について議論をさせて頂いた間柄です。村尾さん、実は北川正恭三重県知事時代に三重県に出向し、北川改革を事実上運営した知る人ぞ知る伝説の人物です。北川知事引退後の三重県知事選挙に出馬。完全な無所属、市民派、手弁当で戦い、残念ながら惜敗しました。しかし、改革の伝道師は健在。現在はオピニオンリーダーとして活躍しています。今後も村尾さんとタイアップして頑張りたいものです。
16日の早朝は同僚議員のバス旅行見送り。その後は上京して議員会館で事務整理。17日の週は党務に追われる毎日でしたが、そんな中、19日の夜は3か月に1度の友人知人に集まって頂いての東京勉強会。総選挙後としては初めての集まりで、選挙結果や今後の党運営について、皆さんからいろいろなご示唆を頂戴しました。ありがとうございました。
22日の土曜日は日本財政学会の第62回大会。今年も報告者として登板しましたが、対論者は友人の東洋大学上村先生。上村先生、貴重なコメント、ありがとうございました。ところで、学会の会場は国立の一橋大学。今回初めて一橋大学のキャンパスに入りましたが、実に素晴らしいキャンパスです。武蔵野の森の中に大学があるという感じで、何だかアメリカの大学にいるような気がしました。どこの大学もこういう環境だといいですね。
23日は地元日程を消化。翌24日からの週は会期末を控えて委員会や本会議の採決、会期末処理が相次ぎました。24日の月曜日は中央大学大学院の講義に名古屋から来た知人も特別参加。学生との議論にも加わって頂き、なかなか有意義な時間が過ごせました。
28日は明治大学で特別講義を2コマ。テーマは「メインバンク制の崩壊と金融再編」。難しいテーマの講義を学生諸君が真剣に聞いてくれました。講義後に名古屋に戻り、29日は愛知県東部の中山間地、奥三河の設楽町で国政報告会。終了後は地元の皆さんと夜遅くまで差しつ差されつ一杯やりながら談論風発、久し振りに痛飲しました。
31日の夜は、党本部でブロガーの皆さんと懇談会。当方の出席者は、前原代表、松本政調会長、細野役員室長、泉青年局長に、今回の調整役の僕。ブロガーの皆さんは10人。懇談会の模様は出席者の皆さんのブログにアップされていますので、一度ご覧ください。結構おもしろいですよ。
11月1日は会期末、夜は記者クラブの皆さんと懇談会。さて、その後は会期中より忙しくなりました。講演が立て込んでおり、東京と名古屋を行ったり来たり。そんな中、5日の土曜日から泊まりがけで岐阜県下呂入り。下呂在住の兄が仲間の皆さんと一緒に環境NPOを立ち上げたいということから、名古屋のベテランNPOの友人に援軍としてレクチャーに行って頂きました。土屋さん、若山さん、ありがとうございました。下呂では、益田川の美味しい鮎や名物「鶏(けい)ちゃん焼き」を堪能。ごちそうさまでした。
2日には某経済誌から急な寄稿依頼。講演や下呂入りの合間を縫って突貫作業の原稿書き。原稿〆切日の7日も講演で東京―名古屋を往復。そして、今日8日も昼から名古屋入り。明日は東京に上京。これからしばらく、地下鉄並みに新幹線に乗る日が続きそうです。
皆さん、こんばんは。今日は名古屋の地元事務所から活動日誌をお送りします。前回は9月15日。月初の報告目標がまた少し遅れましたが、5日分リカバリーです。次回はもう少し月初に近いタイミングでご報告したいと思います。
9月15日は、朝、議員会館から活動報告をお送りし、政務・党務をこなした後に夕方から地元入り。3つほど会合に挨拶に伺い、その後は翌日の講演に備えて夜遅くに三谷(みや)温泉に向かいました。三谷温泉は三河湾に面した愛知県の温泉地。近くには西浦温泉もあります。三谷、西浦は昔からの温泉街。なかなか風情があります。皆さんも是非お出掛けください。
16日は三谷での講演後、名古屋に戻ってまた諸会合のハシゴ。翌日は代表選挙でしたが、僕が地元で開催しているビジネスセミナーの第6回とバッティング。党の選挙管理委員会に代理人による不在者投票の許可を求めましたが、結局認められませんでした。代表選挙はもちろん重要です。しかし、その一方で、ビジネスセミナーも半年前から出席者の皆さんにお約束している大事な日程です。いろいろと悩みましたが、菅さん、前原さん、いずれも代表として十分にその職責を果たせる方ですので、どちらが当選されても僕は粛々と職務に精励するのみ。そう考えて、代表選挙は欠席、かねてよりのお約束の日程を優先することとしました。1票差の決着にならないことを祈っていましたが、結果はご承知のとおり2票差。前原代表誕生の意味と意義は、数年先に振り返って初めて分かることだと思います。いずれにしても、僕は上述のように職務に精励するのみ。新体制の下でも、引き続き役員室に所属し、室長代理として仕事をすることになりました。
翌18日は知多市長選挙の出陣式と、知多市の愛知県議会議員の補欠選挙の応援。ところが、補欠選挙の応援に入っている最中に、愛知7区で立候補した元同僚議員が前代未聞の不祥事で逮捕のニュースが飛び込んできました。まったく許し難い事態であるとともに、愛知7区の有権者の皆さんに誠に申し訳なく、何ともやりきれない気持ちです。情けない限りです。19日はこの件を巡って、県連の緊急会議。古川県連代表が道義的責任をとって辞任の意向を表明しました。
20日は午前中に上京し、午後は党務関係の諸会合。21日は特別国会スタート。22日は国会や党務関係の日程を消化して、夕方から地元へ。
翌23日は楽しみにしていたスケジュールの日。中学時代の同級生のお子さんを中心とした高校生の集まりで話をさせて頂きました。参加した高校生諸君、問題意識も旺盛で将来の日本を背負っていけそうな気概を感じました。これならまだまだ日本は頑張れます。久し振りにすがすがしい気分になれました。大いに期待しています。
24日は朝からいくつかの会合に出席した後、午後はJLC(ジャパン・リーダーズ・カレッジ)の第3回。名古屋大学大学院の後房雄教授のお話を聞かせて頂きました。24日は終日議員会館で事務整理。
26日は中央大学大学院の客員教授としての授業がスタートしました。これから、隔週で毎回3時間(2コマ)の演習を担当します。自分自身の頭のリフレッシュにもなり、楽しみです。
27日以降は国会や党関係の日程が目白押し。毎日慌しく過ごしているうちに30日。昼には三重大学の児玉先生が来館。「非攻撃的防衛」という外交安保分野における新しい概念を勉強させて頂きました。夕方には名古屋に向かいました。
さて、翌日は早くも10月。1、2日の週末は地元日程を消化。2日に上京。翌3日は地元でベテラン証券外務員の皆さんと懇談するため、東京―名古屋を往復。たいへん貴重な話を聞かせて頂きました。
4日から7日は政務、党務に注力。7日夜に地元入りし、8日は諸会合出席。そして、今日9日は、地元事務所のある覚王山で「まちづくりシンポジウム」にパネラーとして参加させて頂きました。国会議員としてではなく、「覚王山史跡研究家」という肩書きで参加。実に楽しいシンポジウムでした。今後も地元の歴史をもっと勉強したいと思います。
ところで、今日は8月に他界した父の49日法要。明日は納骨です。これでひと区切り。気持ちを切り替えて、これからも頑張りたいと思います。
皆さん、おはようございます。議員会館705号室から活動日誌をお送りします。前回の活動報告は8月9日。今回は通常どおり月末月初のタイミングに戻そうと思っていましたが、この1か月強の間も多忙を極め、また中途半端な時期になってしまいました。次回こそは、月初に報告させて頂きたいと思います。
さて、近いところから振り返りますが、9月11日の総選挙。本当に残念な結果になってしまいました。ご支援、ご協力頂きました皆様方には誠に申し訳ありませんでした。敗因はいろいろありますが、まずは結果を真摯に受け止め、捲土重来を期したいと思います。
小選挙区の得票率では自民党候補が47%、民主党候補が36%。自民党候補には公明党票も入っていることを考えますと、小泉ハリケーンの中でも実質的な得票率はほぼ拮抗したと思います。このことを励みに、今まで以上に頑張ります。岡田代表が辞任表明会見の時に述べたように、「二大政党制、政権交代が必要だという思いに、いささかも揺るぎはありません」という気持ちは、僕もまったく同じです。頑張ります!!
8月8日に解散になり、その後の1週間はマニフェストづくりでほとんど東京にいました。そんな中、11日の夜は研究者仲間の皆さん、12日の夜は日銀時代の同僚の皆さんとの懇談会。長かった通常国会中、ほとんど息抜きする時間がありませんでしたので、楽しい暑気払いでした。
14日の日曜日には党本部で全国選挙実務者会議、16日にはマニフェストの発表を終え、これで一段落。そこからはいよいよ各地の応援態勢に入りました。
16日、17日、18日は連日、地元と東京を往復。小泉ハリケーンが勢力を増す中、どうやって巻き返そうかと思案している矢先、18日に父が急遽入院しました。すぐには病院に駆けつけられず、20日の土曜日の朝、なってようやく入院先の病院を訪ねることができました。
土曜日は午後3時頃まで病室で父と二人で過ごし、そこから選挙の応援に出発。夜は北設楽郡設楽町まで行って、深夜に名古屋へ戻り。
21日は岡田代表が愛知県入り。朝から9区、10区、12区と応援演説の随行。その後、夕方には再び父の入院している病院へ行き、夜遅くには上京。
22日は党務や取材をこなし、23日は東京から豊橋入り。15区の新人、森本候補の応援もかねて豊橋市役所の記者クラブで記者会見。その日は、1日中、豊橋市内や周辺の支援者の皆さんへ挨拶回りをさせて頂きました。
翌24日、昼食をかねて日銀時代から懇意にさせて頂いている方と懇談中、兄から携帯電話に電話が入り、何やら嫌な予感。懇談後に兄に電話をかけ直してみると、父が危篤状態という知らせでした。議員会館に戻った時に、他界したという連絡がありました。最後まで気丈夫な父でした。政治家の宿命とはいえ、3年前の母といい、今回の父といい、臨終に立ち会えなかったことは残念でなりません。思い起こせば、母は菅さんと懇談中に危篤の知らせが入り、議員会館に戻る道すがら、携帯電話で母に呼びかけたことが思い出されます。
両親にはたいへんお世話になりました。感謝の気持ちでいっぱいです。しっかり仕事をすることが、両親に対する供養だと思って職務に精励したいと思います。合掌。
しかし、ここからがたいへんでした。選挙直前でもあり、また様々な日程が重なっており、今更スケジュールを変更できません。これも政治家の宿命であり、政治家としての責任です。父の他界の知らせを受けた直後、朝日ニュースターの討論番組に出演。やはり、少し意気消沈していたかもしれません。
番組直後に名古屋に戻り、父の顔を見た後に夜の日程をこなし、もう1度自宅に行って父の顔を見て、再び上京。25日は党務を終えてから午後に地元入り。その日はお通夜でした。お通夜と県連の総決起大会が重なっていましたので、当然、選対本部長として総決起大会に行くつもりでした。ところが、その日は台風が東海地方から関東地方を直撃。総決起大会が中止になってしまいました。総決起大会が中止になったことは残念でしたが、おかげでお通夜に出席することができました。その夜は、葬儀場で夜を明かしました。
翌日から2泊3日でジャパン・リーダーズ・カレッジ(JLC)の夏期合宿。理事長の僕は欠席する訳にいきません。朝一番で出発のバスに事情を説明しに行き、その後、告別式へ。夜になって合宿先の津具村に飛んで、特別講師の北川先生(前三重県知事)を出迎え。夜中に再び名古屋に戻りました。
翌27日は僕が主催するセミナーの第5回開催日。これも中止する訳にはいきません。午後のセミナーを終えて、再び津具村入り。これでようやく一段落です。その夜は、やっと少しゆっくり寝ることができました。
28日の午後に名古屋に戻ると、後は選挙の応援一色です。30日はいよいよ総選挙の公示。党務もありますので、連日東京と名古屋を行ったり来たり。
9月2日は、朝から10区の新人、杉本候補の応援に入り、支援者の皆さんへの挨拶回りを済ませた後に上京、午後10時から本部で会議。翌朝は豊橋近郊の一宮町で会合がありましたので、午後11時50分八重洲口発の高速夜行バス、伊良湖ライナーに乗って朝5時半に豊橋入り。前回の総選挙以来、寝台列車は何回も使っていますが、高速夜行バスは初体験でした。けっこう疲れますね。
3日は県内の応援に回った後に、支援団体への挨拶回りで富山県へ。夜に富山空港から上京。翌4日早朝から投票日までは、地元を中心に県外にも応援に行きました。詳細に報告すると長くなりますので、行程だけ振り返ると、東京―愛知―下呂―愛知―岐阜―可児―愛知―東京―水戸―喜多方―東京―愛知―東京―愛知で投票日です。愛知日程の時は県内全域を回りますので、その中に曲芸のような綱渡りの日程が凝縮されています。政治家というのは、まず体力がないと務まりません。つくづくそう思います。
投票日の11日は、父の葬儀にご出席頂いた父の旧友の告別式。父の葬儀の際にはお元気でしたので驚きました。合掌。
その後上京し、開票速報は東京で見ていました。結果はご承知のとおりです。そして、今日は15日。17日には新しい代表が決まります。誰が代表であっても、日本に真の二大政党制をつくり、選挙による政権交代を実現するために、今後も粛々と職務に精励するのみです。
皆さん、こんばんは。麹町の議員宿舎から活動日誌をお送りします。今日は夕方地元に移動し、今また上京したところです。午後11時半、まもなく10日ですが、7月11日から1か月間の報告をさせて頂きます。
この1か月は、とにかく郵政問題一色。昨年の9月に党の郵政改革調査会事務局長、「次の内閣」総務副大臣(郵政改革担当)の仕事を命じられて以来、調査会の運営、党内の意向集約、郵政公社の実情調査、政府案の分析等、思い起こせば1年がかりの仕事の集大成のひと月でした。
郵政民営化特別委員会では、7月15日、25日、8月3日、5日の4回、合計255分の質問に立ちました。質問回数では社民党の又市議員、共産党の大門議員の8〜9回が最多でしたが、又市議員、大門議員は毎回15〜20分の質問時間。総合計の255分は僕が最長でした。ひたすら真面目に問題点、論点を掘り下げ、自分なりに有意義な質疑ができたと思っています。しかし、それでも疑問は尽きず、また、質問した項目についても十分な答弁が得られなかったことから、まだまだ何時間も質問したい気分です。しかし、委員会は8月5日に採決となり、週明けの8月8日、つまり昨日、本会議での採決結果は皆さんご承知のとおりです。
この間、党内の意向集約や法案審議の過程でさまざまな出来事がありました。自民党の議員の皆さんとも議論や情報交換を続けてきました。政治の難しさ、不条理さ、人知をもっては制御できない力学を勉強させられた1年でしたが、本当に貴重な経験だったと思います。いずれにしても、結果は否決。憲政史上、衆議院で可決された法案が参議院で否決されたのは3回目。参議院での否決の結果、衆議院が解散になったのは憲政史上初めてのことです。こういう局面に当事者として関わることができたのは政治家冥利につきます。
9月11日が総選挙の投票日。解散直後からマニフェスト起草委員会のメンバー、県連の選対本部長としての仕事もスタートしました。9月11日まで、今度は総選挙の裏方として頑張ります。
ところで、郵政民営化特別委員会の地方視察、地方公聴会で、7月27日、28日と岩手県に行ってきました。岩手県は初めての訪問でしたが、実に美しく、豊かな自然に恵まれた環境で、スッカリ気に入りました。新幹線が盛岡駅に近づくと、車窓の風景はヨーロッパのような印象。市街地を囲む山裾には牧場が散在し、スイスを旅行した時の風景を思い出しました。岩手山が間近に迫る盛岡市からバスに乗り、青森県寄りの葛巻町、九戸村まで北上して現地の郵便局を見学。道中の眺めは、愛知県の山間部とは雰囲気が違いました。白神山地の原生林に続く森林は、いかにも「自然が深い、濃い」という印象です。是非また訪問してみたいと思います。夜、岩手県選出の同僚の平野議員にご馳走して頂いた冷麺も絶品でした。平野さん、ありがとうございました。
7月30日、31日は、毎年恒例の事務所のサマーキャンプ。すっかりお馴染みになった北設楽郡津具村のペンション「グリーンメッセージ」の小久保さんご夫婦にまたお世話になりました。日程を決めた春先の段階では国会は閉会になっているはずでしたが、会期延長で山場の局面。予定通り開催できるかどうか心配でしたが、天候にも恵まれ、無事に敢行できました。むしろ、忙中閑ありで、いい気分転換になりました。今回はオンド・マルトノというフランスの不思議な電気楽器の演奏家、市橋若菜さんにもご参加頂き、素晴らしい演奏を聞かせて頂きました。ご主人の滋利さんは農業を営む傍ら、ベーシストとしてもご活躍。素敵なご夫婦の息のあったセッションも堪能させて頂きました。市橋さん、ありがとうございました。
演奏会の後は、郵政問題をテーマにした国政報告会。皆さん、夜遅くまで非常に熱心に聞いてくださいました。裏話も多少お話しましたので、昨日の本会議採決の国会中継はきっと興味深く見て頂けたものと思います。
昨日と言えば、愛知15区の衆議院候補の公募面接と選考が行われました。愛知県連の選対委員長としての懸案でしたが、厳正な選考の結果、愛知2区の古川議員の森本和義秘書が選ばれました。これで愛知県内全選挙区が埋まり、選対委員長としてはホッとひと息。あとは全力で戦うのみです。森本さんは、古川さんが浪人時代から寝食をともにして活動してきた盟友。東海銀行、東海総研(UFJ総研)での勤務経験があり、選挙を支えるプロでもあります。今度は自ら選挙にチャレンジされることになりました。15区の皆さん、森本さんをよろしくお願い致します。
今日の夕方、名古屋で森本さんの記者会見と選対本部の立ち上げを終えて戻ってきたところです。9月11日にはどのような顛末になっているでしょうか。
7月23日は僕が主催するビジネスセミナーの第4回。国際情勢をご説明させて頂きました。中国問題を取り上げる予定で準備していたところ、セミナーの2日前に中国元の切り上げが行われ、実にタイミングがよかったです。でも、お話をしたい内容があまりにたくさんありましたので、少々駆け足になり、全てをお伝えできなかったのは残念でした。次回、少しフォローさせて頂きたいと思います。また、当日はインドや東南アジアの話題にも少し触れましたが、会場にはバングラデシュやミャンマー出身の参加者の方もいらっしゃり、貴重なご意見を聞かせて頂きました。ありがとうございました。
さて、いろんな意味で暑い夏になりそうですが、引き続き職務に精励したいと思います。先月、今月と活動報告の時期がズレましたが、次回はまた月末か月初にお送りしたいと思います。
皆さん、おはようございます。今日は11日、月曜日の朝。午前7時半の議員会館705号室です。先月から昨日までの活動報告をさせて頂きます。6月末から7月初にかけて、講演が立て込んだほか、都議選の応援、党務・政務に加えて事務所の行事も重なり、おまけに食当たりにも見舞われて超多忙のうえにグロッキー。こうしてパソコンに向かって活動報告を打つ時間がありませんでした。過去最遅の活動報告ですが、よろしくお願いします。
6月は講演の当たり月。10回の講演をさせて頂きましたが、そのうち4回が月末に集中しました。講演は自分にとっても頭の整理になりますので、非常に有益です。都合のつく限り喜んでお引き受けしますので、ご要望があれば遠慮なくご連絡ください。
月末30日は日中に早稲田大学教育学部で授業として講演。「マネー」というオープン講座のひとコマを担当させて頂いたのですが、内容は「日本経済の現状と問題点」。マクロ経済政策の現状、その背景にある経済学派の考え方、そして、「マネー」の流れは社会保障制度や税制など、マクロ経済政策以外とも関係が深いことなどをお話させて頂きました。
学生の皆さんが実に熱心に聞いてくれたほか、講義後の質疑応答でも質問が活発に出ました。なかなか頼もしい感じです。この授業、学部長の藁谷先生の担当時間ですが、藁谷先生は僕の学生時代のゼミの先輩。学部時代に先生は既に大学院生で、僕たちの学年のチューターでした。秋には明治大学でも講義をさせて頂くほか、今年から務めている中央大学大学院の客員教授としての授業もスタートします。少しでも多くの皆さんと問題意識を共有できるように頑張りたいと思います。今から楽しみです。
30日の夜は横浜に行ってJC(青年会議所)の皆さんにお話させて頂きました。横浜市は2009年が開港150周年。この節目に、横浜市のさらなる発展を目指して創造的な提言書を書きたいと意欲満々の皆さんです。横浜市が姉妹都市と地域限定FTAを締結したり、横浜証券市場の立ち上げ、市政運営にシティ・マネージャー制度を導入するなど、僕なりのアイデアをお話させて頂きました。横浜JCの皆さん、他の地域の先導役になるような提言書をまとめてください。期待しています。
当たり月と言えば、この日、早稲田大学から横浜に向かって移動中、早稲田大学のすぐそばで乗っていた院車が追突されました。信号待ちの渋滞の中に停止している時でしたので、大過はなかったですが、本当に当たり月です。追突されて車から降りると、歩道の向こうから「あれ、大塚君じゃないの」という声。関東学院大学の望月先生でした。偶然ですが、先生も早稲田大学で講義をした帰りだったようです。当たるのは車ばかりでなく、珍しい人にも遭遇です。
6月は、ほかにも懐かしい方々と久しぶりにお会いできました。ひとりは総合警備保障の田村彰常務。日銀時代にたいへんお世話になった上司です。わざわざ議員会館をお訪ね頂きました。田村さん、ありがとうございました。もうひとりは、名古屋市の上社中学の野田衛三校長先生。校長先生と言っても僕とは7歳違い。実は僕の中学3年生の時の副担任の先生。野田先生は新卒で教師になったばかりでしたので、歳も近く、兄のような存在でした。今回は修学旅行の引率で国会見学にいらっしゃいました。先生、また是非お出でください。
当たり月と言えば、委員会質問も同じ日に重なりました。9日の午前中は法務委員会、財政金融委員会、経済産業委員会の合同委員会で会社法改正案について質問、午後は財政金融委員会で東証問題などに関連した参考人質疑。参考人として出席頂いたのは、東証の鶴島社長、産業再生機構の斎藤社長、公認会計士協会の藤沼会長。いずれも個人的に関心の高い分野なので、興味深く質疑をさせて頂きました。その後、東証の鶴島社長とは23日に有益な意見交換もさせて頂きました。
6月は、ほかにもラオスの副首相とお会いしたり、理事長を務めるジャパン・リーダーズ・カレッジ(JLC)の第2期生との面談、月末からは都議選の応援などもあり、大忙し。なかなかバリエーションに富んだひと月でした。
都議選と言えば、僕が応援に入らせて頂いた杉並区の門脇さんと中野区の吉田候補は、いずれも見事にご当選。おめでとうございました。杉並区、中野区は、僕が日銀時代に住んでいた街、通勤途上の街でしたので、たいへん懐かしく、かつ楽しく応援のマイクを握らせて頂きました。門脇さん、吉田さん、頑張ってください。
7月に入っても既に講演が3回。やはり当たり月ですが、当たり月と言えば、何と言っても食当たり。5日の火曜日、家に帰って夜遅くに食事をしたのが失敗でした。しかも、冷蔵庫に入っていた完封のビンの中の食材を何となく食べたところ、どうも古かったようです。深夜3時に目が覚め、そこから朝まで七転八倒の苦しみ。初めての体験でした。
6日、7日は、地元の皆さんの国会見学バスツアー。今回は名古屋市緑区の皆さんが来てくださいました。6日の夜は箱根の温泉でご一緒し、7日は国会見学と日銀見学。日銀では、地下の大金庫に初めて入りました。日銀勤務18年でしたが、発券業務とは縁がなく、OBとは思えない新鮮さで見学。勉強になりました。日銀の皆さん、ありがとうございました。
さて、今日11日は午後から本会議。総理のサミット報告などがあります。そして今週から郵政民営化法案の審議が始まると思います。8月13日が会期末。さて、どういう展開になるのでしょうか。僕も予想が尽きませんが、しっかりと審議したいと思います。
皆さん、こんばんわ。今は6月2日の午後7時。議員会館705号室から先月の活動報告をお送りします。外は雨、せっかくノーネクタイのクールビズが始まりましたが、肌寒い1日です。活動報告が終わったら、今日はこれから地元に帰ります。
さて、ゴールデンウィーク中はたまっていた仕事や資料の整理に精を出しましたが、ひと月経つとまた元の状態。なかなか快適な執務環境を維持することができません。ため息をつきながら活動報告を打ち始めました。
7日の土曜日は、地元で次期統一地方選挙の候補者擁立委員会の立ち上げ。僕自身も県連の選対委員長として参加しました。翌8日は、市町村合併で誕生した愛西市の初代市長選挙の出陣式。挨拶に伺いましたが、スゴイ人出と熱気。国政選挙以上の盛り上がりにビックリです。合併自治体の元町長同士の戦いになりました。おかげさまで、僕たちが応援した八木さんが無事当選。ご支援頂いた皆さん、ありがとうございました。
12日はゴールデンウィーク後初の質疑。財政金融委員会で産業再生機構や東証の上場廃止基準について議論しました。ちょうどカネボウ問題が佳境を迎える中、質疑の内容にも気を遣いました。
13日は、日銀時代の同期と久しぶりの懇親会。IMF(国際通貨基金)に出向している同期の北原君がIMFのミッションとして来日。彼を囲んでの楽しいひとときでした。
翌週16日からは国会も徐々にヒートアップ。郵政改革法案の取扱いを巡って風雲急を告げる展開です。そんな中、18日は岡田代表の私的レポートである「岡田ビジョン・外交編」の記者発表に同席。まだ内政編が残っていますので、引き続き検討スタッフとして頑張ります。内政編の完成は6月末か7月になりそうです。
この週以降、5月は講演が多いひと月でした。中でも、20日の地元の大学での講演はいい気分転換になりました。テーマは「今なぜ公共政策大学院ブームなのか」。僕自身、今年は中央大学大学院公共政策研究科の客員教授という立場なので、日頃の政策論も交えながら、いつもとは少し違った視点で話をさせて頂きました。熱心に聞いて頂きました大学の教員や職員の皆さん、ありがとうございました。
21日は、僕自身が主催するセミナーの第2回。今回のタイトルは「会計制度と税制の行方」。第1回の反省を踏まえ、少し政治家らしい視点も織り交ぜて話をしたつもりですが、厳しい?応援団の皆さんからは「まだまだ工夫の余地あり」とのご指導。次回も頑張ります。
23日の週は郵政改革法案を巡って国会が空転。審議拒否を巡っては当然ながら賛否両論です。しかし、議論をしても真実を言わない、論理的な間違いが判明しても認めない等々の日本の国会の実情を考えると、審議拒否も褒められたものではありませんが、審議を形式的に開きさえすればいいという姿勢もいかがなものかと思います。こういう実態をリアルにお伝えできないのは残念ですが、少しでも正確な状況をお知らせするのも僕たちの仕事です。引き続き、国会審議の形骸化是正に向けて微力ながら努力します。
24日は党のパーティ。パーティ後に東京での勉強会の皆さん等との交流会。同世代の皆さん中心のホームパーティ風の交流会となり、たいへん楽しい時間を過ごさせて頂きました。参加してくださいました皆さん、ありがとうございました。
27日の夜は中部国際新空港の展望レストランに初めて行きました。暗くて外はよく見えませんでしたが、料理も美味しくお奨めです。皆さんも是非一度お出掛けください。
さて、月も変わって昨日から国会も正常化。今月、来月は忙しくなりそうです。さっそく来週は質疑に2回立つ予定です。体調を整えて職務に精励したいと思います。ではこれから名古屋に行きます。
皆さん、こんにちは。今日は5日の子供の日。今は午後5時。議員会館705号室から、遅ればせながら先月の活動報告をさせて頂きます。
予算委員会が中心の3月が終わり、4月は、国会の方は財政金融委員会中心の平時の状態。一方、地元は名古屋市の市長選挙と市議会議員の補欠選挙で大忙し。おまけに、福岡、宮城の衆議院の補選、さらには今月から始まる僕自身が主催するセミナー日程とも重なり、中盤から後半にかけては相当ハードな毎日が続きました。
中盤以降は選挙対応で忙しくなるのが分かっていましたので、前半はセミナーの準備に注力。3日、10日と、2週続けて日曜日は議員会館にこもって資料作り。これがけっこう大変な作業でした。
もちろん、公務、政務も手を抜けません。6日には、昨年末に続いて社会保険事務センターを2度目の訪問。システム見直しの方向性について社会保険庁の皆さんと議論をしてきました。国会で始まった年金制度改革両院協議会の方向性が決まらないと対応できない面もありますが、逆に、システムあっての年金制度です。システム面で実現可能性の乏しい制度を展望することは避けなくてはなりません。システムオリエンテッドな対応がなされるように、微力ながら議論の方向性を制御するべく努力したいと思います。
7日は経団連主催の「政策を語る会」に出席。要は、経団連による民主党の首実検です。自民党に対しても実施したそうですが、こういうかたちで財界との交流が行われることは良いことだと思います。財界―与党、労働界―野党というかつての定番化した構造は今や相当変化してきています。どこの政党が与党になろうとも、政治の目的は同じはず。要は国民の生命と財産の安全を守ることです。貿易国家日本としては、そのためには国際的な平和と安定が不可欠であり、それをどのように実現するかという方法論の違いです。切磋琢磨していきたいと思います。
11日の週から名古屋市の市長選が始まりました。夜の演説会に弁士として立つために、トンボ帰りに毎日。15日には市議の補選もスタートし、ますます過密日程です。秘書の黒田君は市議補選に応援に入ったために、事務所のスタッフも手薄な状態。17日の日曜日は自分で車を運転して日程をこなし、秘書の皆さんの日頃の有り難みを痛感。
そんな日程の合間をぬって、委員会質疑や講演日程も消化しなくてなりません。19日の財政金融委員会では、年初から懸案としていた農道問題を取り上げました(ご興味のある方はメルマガのバックナンバーをご覧ください)。この問題、今後も精査していきたいと思います。
また、ライブドア騒動以来、M&Aや会社法制に関する講演依頼が多くなり、何だか日銀時代に逆戻りしたようです。というのも、日銀の営業局証券課という部署に所属していた頃、仕事でM&Aの調査を担当した時期があります。たしか、行内誌にもM&Aの解説を書きました。ホワイトナイトとかポイズンピルとか、懐かしい言葉を駆使して講演していると、タイムスリップしたようです。つまり、M&Aは別に急に始まったことではなく、昔からあるんですよね。マスコミの報道によって、急にM&Aが活発化したかのような印象を国民の皆さんに与えるのはミスリードです。
23日はセミナーの第1回。9月まで6回シリーズで半年間続きます。第1回は約180人の方が参加してくれました。土曜日の午後というのに有り難いことです。感謝の念に耐えません。感謝の気持ちを込めて丁寧に話していたら、時間が足りなくなってしまいました。また、できるだけシッカリとした内容をお伝えしたいと思っていたら、少々堅い内容になりすぎたような気がします。次回は少しチューニングして臨みたいと思います。
24日は衆議院補選、名古屋市長選、市議補選の投票日。衆議院補選はご承知のとおりの結果ですが、市長選挙は推薦候補の現職の松原さんが当選、また市議の補選も公認候補の岡本君が見事当選しました。緑区の皆さん、ご支援、本当にありがとうございました。市議補選開始以降の10日間で12回新幹線に乗車。過密日程の一端をイメージして頂けるかもしれませんね。これでやっと一息です。
翌日の朝、少しのんびりして議員会館で仕事をしていると、JR福知山線の事故のニュースが飛び込んできました。最初の映像をテレビで見た時から、これは相当な被害になると直感。お亡くなりになられた方々、負傷された方々、ならびにご家族の皆さんに心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。再発防止に向けて、国会でも対策を議論していかなくてはなりません。
28日の夜から所用で沖縄入り。1日に東京に戻って2日は議員会館で仕事。3日からの連休中は地元と東京を行ったり来たり。そして今日は5日です。明日も議員会館に詰めた後、7日の土曜日以降は徐々に平常状態に戻ります。来週以降も頑張ります。
皆さん、こんにちは。今日は3日の日曜日、今は午後6時です。議員会館705号室から先月の活動報告をさせて頂きます。
先月は予算委員会が中心のひと月でした。連日委員会が開催される中、党務でも慌ただしい毎日が続き、何だか2〜3か月分の時間が経ったような気がします。
予算委員会では22日の質疑に立たせて頂きました。金融証券の集中審議で、ライブドア問題が主たるテーマ。なかなか難しい話題ですし、何が良いとか悪いとか指摘しにくいテーマですので、論点の整理と持論の展開をさせて頂きました。残念ながら、総理、法務大臣とも問題意識がすり合わず(・・・と言うよりも、ご両人はあまり問題意識もなく)、消化不良の質疑となりました。これでは、これから本格審議が始まる会社法制の現代化はとても深い議論ができるとは思えません。日本の政治のお寒い実態が如実に表れています。
28日には、今度は財政金融委員会でこの問題の延長戦をさせて頂きました。結局、予算委員会を財政金融委員会の前裁きに使わせて頂いたような格好になりましたが、少しは議論が前に進んだような気がします。こういう問題は一度に3時間ぐらい質問時間を欲しいですね。
党務でもいろいろ懸案があり、青息吐息でした。そのひとつが郵政改革調査会の事務局長としての仕事。それでも、関係者の皆さんのご協力で、29日には何とか報告書をまとめることができました。やれやれです。こちらの報告書がまとまった途端に、小泉首相が政府案をまとめると言い出しました。この週末に鳩首会議を行っているはずです。僕が今いる議員会館から首相官邸までは200メートルしか離れていません。200メートル先の官邸の中で、今、何が話し合われているのでしょうか。明日になれば分かりますが、この問題、今後は国会での本格論戦に移ります。
ほかにも選挙関係や今後の政策ビジョンづくりといったミッションもあり、予算委員会や郵政改革調査会の合間をぬうような日程の連続。自分の分身が欲しい心境です。
ところで、地元で開催しているジャパン・リーダーズ・カレッジ(JLC)は、26日に第1期の最終講義を行いました。受講生の皆さんが1年間研究してきたテーマについて、それぞれ発表をしてくれました。充実した内容だったと思います。JLCの皆さん、本当にお疲れ様でした。第2期にも参加される方もいると思いますが、引き続き頑張りましょう。JLCが、平成の松下村塾と呼ばれるようにしたいものです。
27日は、4月24日に行われる名古屋市議(緑区)の補欠選挙に立候補する岡本君の事務所開きでした。岡本君は衆議院の近藤昭一議員の秘書として、抜群のフットワークと誰からも信頼される人柄で緑区をガッチリ固めてきた逸材です。まだ20代と若いのに、本当にしっかりしています。緑区の皆さん、岡本君をよろしくお願いします。
さて、明日から4月も第2週。春本番です。気持ちも新たに国会論戦に臨みたいと思います。頑張ります。
皆さん、こんばんは。今は3月2日の午後7時、議員会館705号室から先月の活動報告をさせて頂きます。相変わらずバタバタとした日が続いています。とくに、月末、月初にかけて、連日、地元と東京を行ったり来たりしていましたので、このレポートも今日にずれ込んでしまいました。
さて、2月も講演の多い月でした。合計8回。社会保障問題が中心でしたが、会社法制の現代化や、医師会の皆さんに医療問題の話をさせて頂くなど、演題はけっこうバラエティに富んでいました。1月末にも2件、昨日も1件ありましたので、体感回数としては10回以上という印象です。講演はスケジュール調整がたいへんですが、自分自身にとっても勉強になります。
朝早い講演日程の関係で、前月に引き続いて、前泊するケースもありました。18日の金曜日は、翌日の講演に備えて夜遅くに伊良湖に移動しました。民宿「ちどり」の小久保さんご夫婦にお世話になりました。たまたま宿泊客は僕と秘書君のふたりだけで、広いお風呂も貸し切り状態。良い気分転換になりました。現在、渥美半島は菜の花の真っ盛り。皆さんも是非お出かけください。
小久保さんは、毎年夏にお世話になる津具村のペンション「グリーンメッセージ」の小久保さんのご親戚。伊良湖に2軒、作手村に1軒、都合3軒の民宿を3兄弟で経営されているそうです。今度は津具村の小久保さんもお訪ねしてみたいと思います。
昨日の講演は知多半島の内海でした。内海まで名鉄電車で移動しましたが、内海に行ったのは選挙以来です。選挙の際には、内海海水浴場で「海上街宣」をやりました。漁船で沖に出て、海水浴客の皆さんに向かって街宣活動をさせて頂いた後、漁船から飛び込んで浜まで泳ぎました。テレビ局の取材が来ていたこともあり、浜は黒山の人だかり、握手攻めで結構盛り上がりましたね。昨日のことのようで、懐かしかったです。また、内海に向かう途上、伊勢湾の向こうには紀伊半島が見え、雪の鈴鹿連峰が本当にきれいでした。
知多半島と言えば、13日は中部国際新空港(セントレア)の開港式に出席しました。実に機能的な空港です。建設に携わられた皆さん、本当にお疲れ様でした。実際に開港したのは17日でしたが、それ以降の人出の凄さは皆さんご承知のとおりです。今後のセントレアの発展が楽しみです。
紀伊半島と知多半島に囲まれた伊勢湾、そして、知多半島と渥美半島に囲まれた三河湾、海と山、半島に囲まれたこの自然を、もっともっと有効活用する方策を考えていきたいと思います。
20日の日曜日は日銀時代の同僚、麻生かほ里さんの結婚式に出席させて頂きました。ミュージカルやアニメのファンに根強いファンを持つ麻生さん。実は元日銀レディでした。ミスサイゴンのオーディションに受かってこの世界に入った麻生さん、今では、女優、声優、歌手として大活躍です。ディズニー映画の吹き替えや、「こち亀」のマリアの声でも有名です。麻生さんのミュージカル、是非一度ご覧ください。
さて、国会の方は、2月は衆議院の予算委員会が中心でしたので、僕はもっぱら党務に精励していました。次期総選挙を展望した政策ビジョン策定、シンクタンクの検討、都議選に向けた選対企画など、地味な仕事ですが、政権交代可能な組織づくり、そして政権交代の実現に向けて、手を抜けない仕事です。
地元では、選対委員長として、空白区の候補者選考を続けています。6日には、愛知10区の候補者として杉本和己さんを発表させて頂きました。みずほ銀行(元興銀)出身の44歳、金融マンです。意を決しての転身です。杉本さんへの応援、是非ともよろしくお願い致します。
さて、明日から参議院予算委員会です。しっかりと議論をしたいと思います。頑張ります。
皆さん、こんばんは。今は1月31日の午後9時半、議員会館705号室から1月の活動報告をお送りします。
年末年始の過密日程も一段落し、今日はようやくこうして議員会館でパソコンに向かっています。1月は講演やシンポジウムなどが12回もあったうえ、僕自身の新春交礼会を23日に開催したため、慌ただしい毎日でした。
元旦は毎年恒例の朝5時からの元朝式に出席した後、10時からは岡崎市新年交礼会。この会合が終わって、ようやく年末からの日程が一区切り。夕方から娘と下呂に向かいました。下呂には長兄が住んでいる関係で、下呂温泉に久しぶりに家族・親戚が集まり、一晩だけですがノンビリと過ごしました。息子は受験の関係で、奥さんと一緒に留守番でした。
2日に名古屋に帰った後、2日の午後、3日の午前中は事務所で残務整理(新年早々、残務整理というのも何だか変ですが・・・)。3日の夕方からは2005年の活動開始です。元市会議員の先生や、高校の先輩の新年会などに出席させて頂きました。
4日からは各種団体の新年会の嵐です。毎年のことですが、どの会合に出席しても、「あれ、もう1年経ったのか」という印象です。本当に時の経つのが早く感じられます。
6日の夜上京し、7日は今年初めて議員会館に出勤。役所からのヒアリングや取材日程をこなして、夕方には再び名古屋へ。7日の夜、そして8日は早朝から1日中、会合出席や早朝のバス旅行見送りなどをこなして青息吐息です。
9日は朝から大阪に向かいました。研究者の集まりである政策分析ネットワーク主催のシンポジウム(第6回政策メッセ)にパネラーとして出席しました。僕のほかは、伊藤元重先生、宮脇淳先生、自民党の谷衆議院議員の皆さんです。有意義なパネルだったと思います。
9日以降は、新年会、講演、挨拶回りの毎日です。7日に名古屋に戻ってから18日の夜に東京に行くまで、実に12日間連続で地元にいました。ひょっとすると議員になってからの最長記録かもしれません。18日からは4日連続で名古屋と東京を行き来し、いつもの生活に徐々に戻ってきました。そして21日はいよいよ通常国会の開会式。そんな中、23日に控えた自分自身の新春交礼会の準備もあり、連日夜中まで仕事をする毎日でした。
22日の午後にはジャパン・リーダーズ・カレッジ(JLC)の第10回。寺島実郎先生の講義でしたが、実におもしろく、勉強になりました。寺島さんの話を2時間半もジックリ聞かせて頂いたのは初めてです。JLCの後に会合をひとつこなし、事務所に戻って翌日の準備。司会役のジョン君も到着し、夜遅くまで打ち合わせ。日付が変わってから散会しました。
さて、23日。鳩山先生が来名してくださり、午前中は若手経営者の皆さんとの懇談会。憲法改正試案の講演をして頂きました。12時には新春交礼会が開会。スタッフや来賓を含めて約450人の会となりました。ご出席頂いた皆さん、ありがとうございました。鳩山先生も、遠路ありがとうございました。
その夜は、会合にひとつ出席した後、翌朝の講演に備えて西浦温泉に移動。温泉で一泊。翌日は、西浦温泉(蒲郡)、浜松、東京と講演行脚。旅芸人の心境です。
以降はいつもの開会中の日程が始まりました。東京と地元を行ったり来たり。29日の土曜日は、障害者団体の皆さん主催のシンポジウムに出席した後、三ヶ根山で講演。翌日の一畑山薬師寺の節分会に備えてそのまま三ヶ根山に投宿。お風呂で「大塚さんですか」と声をかけられたのにはビックリしました。2週続けての温泉投宿で、少しはリフレッシュできました。
そして今日、明日は予算委員会。明日はもう2月です。2月も国会日程や講演が続きますが、頑張ります。
皆さん、明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。
さて、今は1月1日の午前7時。地元の事務所にいます。「そんな朝早くから事務所にいるの?」という声が聞こえてきそうですが、別に年賀状を取りにきた訳ではありません。毎年のことですが、大晦日から元旦にかけては、夜通し行事や会合があり、徹夜です。今も会合から戻って、次の会合までの時間調整をしています。年末年始は休みなしです。
という訳で、年が変わってしまいましたが、先月の活動報告をさせて頂きます。12月3日で臨時国会の会期が終わりました。その後は、地元の挨拶回り、講演、本部・県連での党務の3つで、連日ビッシリの日程。新幹線での移動回数は22回。結局、会期中とたいして変わりのない忙しさでした、要は1年中忙しいということですね。
そんな中でも、14日の講演は特筆すべき内容でした。演題は「弘法大師の生涯」。
僕の地元事務所が覚王山日泰寺というお寺の参道前にあることは、何度かご紹介させて頂いたと思います。日泰寺は、日本で唯一、公式に本物と認定されている仏舎利が祀られている19宗派の共同寺院です。その参道では、大正時代頃から、弘法大師の月命日(21日)に「弘法さん」と呼ばれる縁日が開かれます。「弘法さん」の本家は京都東寺の縁日ですが、「弘法さん」は全国各地で開かれています。日泰寺参道での「弘法さん」もそのひとつですが、規模的にはかなり大きな縁日と言えます。
さて、この縁日の日に、地元振興のために「弘法さんかわら版」というビラを作成して配っています。弘法大師にまつわる話や、参道周辺にある四国お遍路の「写し」、つまり八十八ヶ所の札所の話をお伝えしています。スタートして2年半、今月号から足かけ4年目に入りました。
「弘法さんかわら版」は大勢の皆さんに受け取って頂き、熱心な読者も増えました。そんなことから、「弘法さんを語る会」を開催することとなり、その第1回が行われた次第です。そして、演題は「弘法大師の生涯」。会場は日泰寺境内脇の、庭園ギャラリー「一倫」さん。立派な日本庭園を眺めることのできる素晴らしい和風喫茶室です。2時間たっぷりと、政治向きの話は一切抜きでお話させて頂きました。自分でも頭の整理になりましたし、仏教の歴史や弘法大師の足跡は非常に興味深いものです。第2回は夏に行う予定です。ご関心のある方は、是非ご参加ください。
年末の挨拶回りの中で、長い間なかなか日程が確保できずに不義理をしていた大先輩、というより日銀の元上司に、漸く挨拶に伺うことができました。名鉄の木下副社長です。
木下さんは、僕の選挙の頃に名鉄に入社され、まもなく副社長になられました。日銀時代には、営業局という部署で2回(新人時代、中堅時代)部下として働かせて頂いたほか、木下さんが転籍されてからは、仕事としてもお目にかかりました。たいへん尊敬のできる上司でした。
そんな訳で、早く挨拶に行きたいと思い、一度日程を入れかけたのですが、調整がつかずに実現しませんでした。ちょっとご挨拶にお伺いするぐらいの時間はありそうに思えるのですが、政治家という職業、本当に時間が足りません。一度タイミングを逸してしまうと、なかなか思うように日程調整ができません。そうこうするうちに、3年近くが経ってしまいましたが、漸くお会いすることができました。ずっと気になっていましたので、何だか喉の骨が取れたような気がします。
挨拶回り、講演、党務の合間を縫って、政策関連の仕事=政務もいろいろあります。9日は郵政公社、16日は社会保険業務センターを訪問し、郵政改革や、社保庁改革について意見交換をさせて頂きました。勉強になりました。また、臨時国会で成立した改正信託業法を巡っての対応にも追われました。いやはや、本当に実に多岐に亘る日程で、こういう混沌とした状況が好きな人には、政治家はおもしろい仕事だと思います。しかし、肉体的には相当たいへんですので、積極的にはお勧めできませんが・・・。
日程が遡りますが、1日は尾辻厚生労働大臣と会食させて頂きました。尾辻さんとは、財政金融委員会でずっとご一緒させて頂いていましたが、秋の内閣改造で大臣に就任されました。たいへん信頼できる方だと思います。尾辻さんが厚労大臣のうちに、僕が取り組んでいる医療や年金の懸案を、少しでも良い方向に進めたいと思います。
さて、もうすぐ8時です。これから岡崎市まで行ってきます。毎年行われる市主催の新年交礼会に参加するためですが、この交礼会、数千人の市民の皆さんが参加する伝統ある大行事です。政治家にならなければ、こうした行事が行われていることを知ることもなかったと思います。世の中、知らないことが本当に多いですよね。
それでは、皆さん、重ねて、今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
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