耕平さんかわら版   120号(平成24年06

  皆さん、こんにちは。今月は弘法大師の誕生月。お大師様の誕生日である六月十五日が来るとそろそろ梅雨本番。腰痛のでやすい季節です。くれぐれもご自愛ください。

 弘法大師の誕生日の二日前、六月十三日に、参道入り口の老舗、フルーツの弘法屋さんの片岡伯子(みちこ)さんがお亡くなりになりました。知る人ぞ知る、お遍路の達人。大先達(だいせんだつ)でした。

 ご主人の片岡正明さん(弘法屋さんの先代ご当主)もお遍路さん。一昨年の七月六日にご逝去され、その三回忌を前に伯子さんも正明さんのもとに旅立たれました。

 「弘法さんかわら版」の創刊時から、おふたりにはたいへんお世話になってきました。日泰寺や八十八カ所霊場「写し」の歴史に関する資料をお借りしたり、お遍路のことをご教示いただき、また、家族のようにご親切にしていただきました。本当にありがとうございました。心からご冥福をお祈りいたします。

 参道界隈の大先輩たちが、ここ数年、ひとり、ふたりと旅立たれています。残念なことです。皆さん、戦中・戦後を生き抜かれた歴史の生き証人でした。

 敗戦、戦後復興、高度成長、全盛期(ジャパン・アズ・ナンバーワン)、バブル経済、バブル崩壊、失われた二十年、そして今があります。

 二十世紀後半の日本という国の「ビジネスモデル」が大きく変わりつつある局面です。アジアで唯一の経済大国、アジアで唯一の輸出大国、アジアで唯一の先進国、欧米諸国との友好関係が保障されたアジアで唯一の特別な国、日本。…という時代は終わりました。

 限られた財源を適切に使い、二十一世紀の日本の「新しいビジネスモデル」の構築にチャレンジしなくてはなりません。

 これからの日本の経済や輸出を支える科学技術、産業技術、エネルギー技術、それらを実現する人材を育成する教育、社会の安定を支える社会保障(子育て・医療・介護・年金・雇用)など、財源を必要とする分野は多岐にわたります。

 戦中・戦後派の大先輩たちが二十世紀後半を切り拓いたように、二十一世紀前半の日本を発展、安定させなくてはなりません。

 明治維新以降、百五十年間で四倍になった日本の人口(三千万人→一億二千万人)は、二〇〇四年を境に減少し始め、今後百年間で五千万人前後に減ることが予想されています。

 人口が急増した二十世紀と同じようにはいきませんが、頭を柔らかくし、知恵を絞って、頑張ります

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