政治経済レポート:OKマガジン(Vol.6)2001.8.4

元日銀マンの大塚耕平(Otsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです。


1.「構造改革」とは何か?

参議院選挙も終わり、いよいよ小泉首相の「聖域なき構造改革」が動き始めます(・・・のはずです)。ところで、今さらこんなことを言うのも何ですが、「構造改革」とは一体何でしょうか?問題が複雑で分かりにくい場合には、何事も基本に立ち返って考えることが大切です。

現代国家は、「租税国家」と言われています。「租税国家」は、租税を集め、その租税を財源として国家運営を行う構造になっています(「租税国家」の前は「有産国家」です)。「構造改革」と言う以上、租税に関する構造、つまり税制を改革することが必須です。それでは、現在の税制のどのような点が問題になっているのでしょうか?

「他人のお金を自分のお金ほど注意深く使う愚か者はいない」という有名な学者の言葉があります。「他人のお金だと思うと、つい無駄遣いしてしまう」という意味です。今の税制は、集められた税金を国民が「他人のお金」のように感じる傾向が強い構造になっている点が問題です。例えば、サラリーマンが源泉徴収で納税すると、税金を納めているという実感が弱いのが実情です。また、納税者が税金を国税として国に納めてしまうと、予算(国の財源)は始めから国のお金のような気がして、「少しでもたくさん貰った方が得」という感覚に陥ります。地方税であれば、自分が住んでいる都道府県や市町村の財源になりますので、少しは身近に感じ、「自分のお金」のような気がするかもしれません。

小泉首相が本当に「構造改革」を行いたいのなら、納税者意識(=自分たちが納めている税金で国や自治体が経営されているという意識)が高まるような方向に税制体系を改革することが不可欠です。そのためには、
 a.税金を納めている実感が高まるような改革、
 b.より近いところ(国より都道府県、都道府県より市町村)に納税する仕組みを実現する改革、
 c.納税者が自分が納めた税金の使途を指定できるような改革、
が期待されます。これが「構造改革」の本質です。

上記のa、b、cは、それぞれ次のような具体的改革に繋がらなければなりません。
 a.間接税中心税制の実現と源泉徴収制度の縮小(確定申告制度の拡大)、
 b.国税縮小と地方税拡大(地方への税源移譲)、
 c.納税選択制度(納めた税金の使途を指定できる制度)の実現、
などです。

小泉首相は、「骨太の方針」の中でb.の「地方への税源移譲」を一応掲げていますが、具体的に進める気配は今のところ見受けられません。むしろ、地方交付税削減の方針を掲げる一方、道路特定財源(6割が国税)を全部地方税にするといった合理的結論には言及していません(これらの点については、OKマガジンVol.1、Vol.2を参照してください。ホームページにバックナンバーがアップしてあります)。また、a.やc.に関してはとくに触れていません。

6月下旬以降、株価が急落した原因のひとつは、株式譲渡益(キャピタルゲイン)課税の軽減など証券税制の見直しに小泉首相が消極的な姿勢を見せたからです。小泉首相の姿勢を眺めて、市場関係者が「構造改革はやっぱりなかなか進まない」と判断したのです。「聖域なき構造改革」の成否は、小泉首相が「構造改革=税制の抜本改革」であることを認識しているか否か、そして税制改革を上記の3点に沿って断行するか否かにかかっています。

2.海外が一層不信感を強める日本の不良債権問題

日本が参議院選挙の喧噪に覆われている間に、海外で2つの注目されるレポートが発表されました。ひとつはイングランド銀行(英国の中央銀行)の「金融安定性調査」、もうひとつは国際通貨基金(IMF)の「国際資本市場報告」です。

前者では、2つの点が指摘されています。第1は、日本の公的債務の膨張に対する懸念です。中でも、政府系金融機関から特殊法人への貸出残高の大きさを取り上げており、特殊法人向けの貸出が不良債権化すれば、公的債務がさらに膨張するとしています。日本国内の特殊法人改革を巡る議論は、「官業の民業圧迫」という視点で行われていますが、このレポートでは、特殊法人改革が政府系金融機関の不良債権問題に発展する可能性を示唆しています。第2は、日本の金融機関の総資産に占める国債保有額が過去2年で2.5倍に急膨張していることです。日本の金融機関は膨大な市場リスク(金利上昇局面で多額の国債含み損を抱える危険性)に直面しています。

一方、後者は、不良債権処理の過程で日本の金融機関が資本不足に陥る危険性があることを指摘しています。このため、金融機関への再度の公的資金投入など、資本不足に対する政策的対応が必要だと主張しています。また、金融機関が実際に資本不足に陥り始めた場合には、金融機関は国債や株への投資資金を引き揚げざるを得なくなり、日本経済は長期金利上昇と株価下落に晒される危険性があると述べています。

過去数年の金融緩和策が国の国債発行を容易にし、現在、「国債バブル」が発生していることは既刊のOKマガジンで指摘したとおりです。不良債権処理を強引に(稚拙に)進める場合には、金融機関の資本不足を招き、「国債バブル」の崩壊に繋がることを示唆しています。

日本の不良債権問題はもはや世界経済のアキレス腱になり始めており、尋常な処方箋では解決できない可能性が高いです。金融機関の一時的全面国有化ということも、処方箋の選択肢のひとつかもしれません(その場合、金融機関の経営責任、金融行政の結果責任を曖昧にすることはできません)。

こんな懸案を抱えている中で、靖国問題で国政を混乱させている場合ではないでしょうね、きっと。

3.「減損会計」への対応で真価が問われる日本版FASB

金融庁(旧大蔵省)主導で策定される日本の企業会計基準の不透明さが国際的に問題視されてきましたが、民間主導の独立機関「財務会計基準機構」が先月末に発足しました。米国の財務会計基準理事会(FASB)をモデルとしており、公認会計士、企業財務担当者、学者等で構成される政府から独立した組織です。日本の企業会計基準や、日本企業の財務諸表が国際的に信用を得られるか否かは、この組織の活躍にかかっています。

もっとも、金融庁は「基準設定権限の民間移譲」を進めることには慎重です。

こうした中で、固定資産の価値が下がった場合に損失処理を義務付ける「減損会計」の導入問題がクローズアップされています。政府(金融庁)の企業会計審議会は、当初予定されていた2003年3月期導入を事実上断念し、2004年3月期以降に先送りする方針です。

企業会計審議会vs日本版FASBの帰趨は、「聖域なき構造改革」の試金石でもあります。「減損会計」導入延期は、構造改革に逆行するという批判も出ています。しかし、最新の路線価(8月3日、国税庁公表)が9年連続で下落する中で、「減損会計」を導入すると、ゼネコン、不動産会社、金融機関に影響が大きいのも事実です。

金融と財政が「日本経済という飛行機」の2つのエンジンであるとすれば、会計制度と税制は飛行機全体を覆う制御系インフラです。小泉首相が「構造改革」を本当に行いたいならば、「官vs民」のバトルが発生しているこういう分野にも積極的にコミットする必要があります。

やはり、靖国問題に終始している場合ではないですね。小泉さん、優先順位が違いますよ。自分の関心があることだけに熱心になっていて、いいのですか?

(了)


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