政治経済レポート:OKマガジン(Vol.30)2002.8.4

元日銀マンの大塚耕平(Otsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです。


去る7月29日で当選1周年、議員生活も丸1年が経過しました。これも、ご支援頂いている皆様のおかげです。心より御礼申し上げます。さて、第154回通常国会が終わりました。結果はご承知のとおりですが、積み残した案件、先送りした案件が多いために、秋の臨時国会は今から混迷が予想されます。今回は、秋の臨時国会に向けて早くも政府・与党の地均し(ぢならし)が始まっている問題について、基本的な考え方をご報告します。

1.ペイオフ再々延期論争:「目的」と「手段」のミスマッチ

ペイオフ制度の再々延期の是非を巡る議論が行われています。今年の4月から定期預金に関するペイオフ制度がスタートしたことはご承知のとおりです。金融機関が破綻した場合、定期預金は全額保護されない可能性があります。このため、4月以降、預金者(個人、企業)の皆さんが現時点では全額保護の普通預金や当座預金に資金をシフトさせています。

普通預金や当座預金は決済性預金と呼ばれています。これまでの計画では、来年4月からは決済性預金も1000万円を全額保護の上限とするはずでした。つまり、ペイオフ制度の全面解禁です。ペイオフ制度は既に導入スケジュールが先送りされており、来年4月に計画どおり全面解禁しなければ再々延期となります。こうした中で、「計画どおり全面解禁すべきだ」、「再々延期すべきだ」という賛否両論が飛び交っています。

この問題の整理の仕方は意外に単純です。再々延期に賛成する論者の典型的な意見は、「金融機関の経営不安が囁かれている中でペイオフを全面解禁したら、パニックが起きる」というものです。こうした意見はペイオフ制度の「目的」を理解していない意見です。

ペイオフ制度は、「預金者が金融機関経営を厳しい目でみることにより、金融機関が健全経営に注力するようになること」を「目的」としています。「金融機関が脆弱な経営状況だからペイオフ制度を解禁しない」というロジックは、本末転倒と言えます。

過去のメルマガでも何回か触れましたが、政策は「目的」と「手段」を正しく組み合わせることが非常に重要です。「金融機関経営の健全化」はもちろん必要です。しかし、その「目的」はペイオフ制度再々延期という「手段」で達成するのではなく、「不良債権の早期処理、金融機関経営の抜本的改革」という「手段」によって実現しなくてはなりません。

先進国でペイオフ制度を解禁していないのは日本だけです。これ以上延期を続けると、諸外国からは「日本の金融機関はそんなに危ないのか」、「いったい日本は先進国なのか」という目で見られるようになるでしょう。この問題に関する僕のもう少し詳しい意見は、「週刊ダイヤモンド(8月3日号)」の寄稿論文をご一読ください。

2.詭弁(きべん)総理の真骨頂:大本営発表「預金全額保護のペイオフ制度」

ところで、そもそも柳沢金融担当大臣は「4月にシャッターが開いている金融機関は全て安全だ」と宣言したはずです。それではなぜペイオフ制度を再々延期する必要があるのでしょうか。柳沢大臣はウソをついていたということでしょうか。困ったものです。

しかし、もっと困ったものなのは小泉総理です。先週、小泉総理は「ペイオフ制度は予定どおり解禁するが、決済性預金は全額保護する仕組みを作る」という方針を発表しました。いったい、何を言いたいのでしょうか。「預金を全額保護しない」のがペイオフ制度です。「預金全額保護のペイオフ制度」というものは存在しないのです。小泉総理の言っている内容は、ペイオフ制度の再々延期にほかなりません。

あまりにも荒唐無稽(こうとうむけい)で的確な喩えすら思い浮かびませんが、あえて言えば、「私はカレー粉を使わない、しかし私の作ったものはカレーだ」と言っているのと同じです。「カレー粉の入っていないカレー」というものがあたかも存在するかのように主張しているのです。実現するはずのない高金利や効果を主張して顧客を騙す詐欺まがいの投資ビジネスやヤセ薬商法と何ら変わりがありません。

小泉さん、あなたはどうしてそういう詭弁ばかりを弄するのでしょうか。「詭弁」を辞書でひくと、「奇弁とも書く、こじつけ、ごまかしの議論」と書かれています。財投問題を素通りした郵政改革、抜本見直しを先送りした医療制度改革、独立行政法人化でお茶を濁す特殊法人改革、個人情報保護法抜きの住基ネットスタート、数え上げればキリがありません。小泉さん、あなたはまさしく詭弁総理だ。そして、「預金全額保護のペイオフ制度」という言い回しは詭弁総理の真骨頂と言えるでしょう。

「具体的な成果はない、しかし構造改革は進んでいる」という小泉節も、よく考えてみれば同じレトリックです。まるで、実際には戦果がないにもかかわらず、「わが帝国陸海軍は敵を殲滅(せんめつ)せり」と発表していた大本営のようです。小泉さん、「詭弁総理」のほかに「大本営総理」という称号もあげましょう。「大本営発表、わが日本国政府は預金全額保護のペイオフ制度を世界で初めて生み出した」・・・・背筋が寒くなるのは、僕だけでしょうか。

ついでにひと言。小泉さん、あなたは7月末の国会で「ペイオフ制度は予定どおり解禁する」と何度も答弁していました。舌の根も乾かないうちに今回の大本営発表です。これをウソと言わずして何と言うのでしょうか。指導者の言動は、確実にその国の世相や社会に浸透していくことを肝に銘じてください。

3.竹中大臣にエール:「改革還元型減税」に賛成

「歳出削減による減税実施」は選挙前から一貫して僕も訴えている政策です。今、竹中大臣が同様の主張を展開しています。この点に関しては意見が一致しています。是非、頑張って頂きたい。歳出削減を通じて、公的部門を縮小することが日本経済再生の鍵です。

小泉首相も「1兆円の先行減税」と言い出しました。この問題に関しては、この際、小泉首相の言うことが今までと違う点には目をつぶることとしましょう。「誤りを正すに憚る(はばかる)ことなかれ」です。しかし、秋の臨時国会では減税財源が大きな争点になるでしょう。

竹中大臣は僕と同様、徹底した歳出削減を念頭に置いています。さらには、国有資産売却も主張しています。基本的な考え方はまったく一致しています。

一方、小泉首相、塩川大臣は、「歳出削減のみでは減税財源は出てこない」として、将来の増税やつなぎ国債(別名:ウナギ国債、メルマガ前号参照)も財源とすることを主張しています。

経済財政諮問会議は、8月2日に「2003年度予算の全体像」をまとめました。竹中大臣は、その中で歳出削減による「改革還元型減税」の規模を明示することを求めたようですが、塩川大臣の抵抗によって玉虫色の表現にとどまったそうです。

小泉首相も「税調の方針を受けて経済財政諮問会議で議論してほしい」として、経済政策運営を事実上、党税調、政府税調主導のかたちに戻してしまいました。小泉さん、経済財政諮問会議中心の経済政策運営を目指した初心はどこにいったのですか。

税調主導の考え方では、どうしても税収確保が優先されます。したがって、将来の増税とか税収に負荷をかけない国債発行による歳入確保の方針を選択しがちです。そうした選択も、無駄な歳出を徹底的に削減してもなお財源が足りないのならば、理解できない訳ではありません。しかし、現実には、まだまだ歳出側の無駄が放置されているにもかかわらず、歳入側は税収確保が優先されます。この構図は、過去数10年、日本経済を疲弊させたメカニズムそのものです。

その背景には、財務省(旧大蔵省)内の「歳出は主計局、歳入は主税局」という棲み分けがあります。それぞれの局の担当者の深層心理においては、「他局に嫌われたくない=省内における自分の評判を落としたくない=将来の出世に響かないようにしたい」という潜在意識が働いています。いったい、誰のために仕事をしているのでしょうか。国家、国民のために奉仕するのが官僚ではないでしょうか。

こういう潜在的な精神構造(=官僚個々人が無意識のうちに陥ってしまう利己的メンタリティ)を打破することも重要な構造改革のテーマです。税調主導、財務省主導を認めてしまった小泉さんは、こういうところでも間違いを犯しています。小泉さんは、いったい自分自身でどのぐらい深く物事を考えているのでしょうか。

竹中大臣には「アコード発言」問題で厳しいコメントをさせて頂きましたが、「改革還元型減税」に関してはエールを送りたいと思います。竹中さん、日和らずに小泉首相、塩川大臣とガンガン戦ってください。人気が回復するかもしれませんよ。応援します。

但し、日和った場合には、また厳しくコメントさせて頂きます。

(了)


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