政治経済レポート:OKマガジン(Vol.62)2003.12.12

参議院議員・大塚耕平(Ohtsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです


イラクでふたりの外交官が亡くなられました。奥参事官(大使に昇進)は大学時代に外交研究会というサークルでお世話になった2年先輩です。当時からたいへん人望が厚く、沈着冷静な先輩だったと記憶しています。心からご冥福をお祈り致します。合掌。そうした中で、イラクへの自衛隊派遣の基本計画が閣議決定されました。賛否両論が錯綜していますが、こういう時こそ沈着冷静に事実を確認し、考え方を整理することが必要です。それこそが沈着冷静な奥参事官の遺志に沿う対応だと思います。

1.低強度紛争(LIC)

自衛隊の海外派遣は1991年のペルシャ湾以来、11回目です。意外に多い、意外に少ない、どちらとお感じになったでしょうか。多いか少ないかは別にして、そうした動きが1991年から始まり、ほぼ1年に1カ所のペースで新しい派遣地が増えているのは単なる偶然でしょうか。

1990年代にこうした動きがスタートした背景には、国際情勢の変化、及び米国の戦略が大きく影響しています。

米ソの冷戦は、軍拡競争の結果として必然的に終結しました。一方が先制核攻撃を行っても、他方が残された核兵器で相手を壊滅させる能力を持つ状態を「相互確証破壊(MAD=Mutual Assured Destruction)状態」と言います。MAD状態になった結果、米ソは実際には軍事力を行使できないという論理矛盾した状況に陥りました。

しかし、相手がわずかでも軍備を拡張すると、他方はMAD状態を維持するために同様に軍備を拡張する必要があります。そのため、経済力の弱いソ連が軍拡競争を継続できず、必然的に崩壊しました。米国が最初からそうした結末を想定して軍拡競争を行っていたかどうかは分かりません。

冷戦が終結したために、米国は四軍(陸海空軍、海兵隊)、ペンタゴン(国防総省)、CIAなどの巨大な官僚機構の処遇に困りました。そこで、正規軍同士の全面戦争の相手になる国はもはや存在しないことから、「低強度紛争(LIC=Low Intensive Conflict)」という概念を導入し、新しい安全保障の枠組み(巨大な官僚機構を維持する枠組み)を構築したのです。

先代ブッシュ(父)政権発足直後の1988年12月、当時のウェブスターCIA長官は「2000年までに少なくとも15カ国の開発途上国が自前の弾道ミサイルを保有する可能性がある」という見解を公表しました。つまり、「低強度紛争」の相手国です。そして、その翌年から弾道ミサイル、核兵器、化学兵器、生物兵器を総称する「大量破壊兵器(WMD=Weapons of Mass Destruction)」という用語が、米国政府の公式文書に頻繁に登場するようになりました。

このように、最終的なソ連崩壊(1991年)の前から、米国は既に冷戦後の安全保障政策の枠組みをスタートさせていたのです。そして、自衛隊の初の海外派遣は1991年です。このタイミングは単なる偶然でしょうか。

2.ブッシュドクトリン

このメルマガで何度もご説明しているとおり、政府の重要な役割のひとつは「国民の生命と財産の安全を守る」ことです。冷戦下の日本にとって、日米安保条約の下で米国に協力することは合理的な行動だったと言えます。

一方、「低強度紛争」、「大量破壊兵器」という概念を導入した新しい米国の安全保障政策の枠組みの下では、どのように行動することが合理的なのでしょうか。少なくとも、米国に協力することで「国民の生命と財産の安全を守る」ことにマイナスとなるようなら、本末転倒と言わざるを得ません。

この問題を考えるうえで、もうひとつ事実確認をしておく必要があります。現ブッシュ(息子)政権は、9.11テロの後、米国の敵は「ならずもの国家とテロリスト」であると宣言しました。要は「低強度紛争」の相手国です。さらに、昨年6月1日、ブッシュ大統領はウェストポイント陸軍士官学校で演説を行い、「対テロリスト戦争においては、従来の抑止力という概念は通用せず、敵の脅威が現実のものとなる前に、これを排除しなければならない」と明言し、先制攻撃容認の姿勢を明らかにしました。米国の歴史上、先制攻撃を容認した大統領は初めてです。ブッシュ大統領の考え方は「ブッシュドクトリン」と呼ばれています。

「ブッシュドクトリン」の下では、日本が米国に協力する意味が、冷戦下とも、1990年代とも異なることは明らかです。その是非は、原理原則に立ち返って判断することが必要でしょう。

3.世代を超えたMAD状態

9.11テロに遭遇した米国としては、「ブッシュドクトリン」を掲げるのも無理のないことかもしれません(個人的には肯定できませんが)。しかし、米国は紛争相手の戦力の見極めを誤っているかもしれません。

たしかに、現時点の戦力差だけを考えれば、「ブッシュドクトリン」が目指すように「敵の脅威が現実のものとなる前に排除する」ことが可能かもしれません。しかし、現在の「敵」はソ連のような「国家」ではなく、「宗教」や「民族」、「個人」です。「低強度紛争」の相手国の子供たちや先々生まれてくる世代のことを考えると、「敵の脅威」は半永久的かもしれません。

米国は今一度、上述の「相互確証破壊(MAD=Mutual Assured Destruction)状態」を振り返る必要があると思います。核に限らず、「一方が先制攻撃を行っても、他方が残された兵力で相手に反撃する能力を持つ状態」をMAD状態と定義すると、世代を超えた憤りは、世代を超えたMAD状態を生み出します。

世代を超えたMAD状態に日本が参画(コミット)することは、はたして日本にとって「国民の生命と財産の安全を守る」ことになるのでしょうか。

「イラクに関して米国に協力しないと、北朝鮮問題が緊迫した時に助けてもらえない」という主張をよく耳にします。そのロジックが正しいとすれば、日米安保条約が実は米国の一方的解釈で内容が変わる片務条約、不平等条約であることを証明しているようなものです。条約とは本来そういうものではないはずです。

日米安保条約がその程度のものであるならば、北朝鮮情勢の緊迫には自力で対処できるようにすることが政府の役割です。国民を世代を超えたMAD状態に導くことは、「国民の生命と財産の安全を守る」という目的に逆行します。MAD=mad=狂った状態というのは、単なる偶然でしょうか。

紛争当事国を説得する外交努力を続けることこそ、外交官・奥参事官の本当の遺志を継ぐことです。「国民の生命と財産の安全を守る」、それが政府の目的であるという原理原則に立ち返って、いかに対処すべきかを考え続けたいと思います。

(独り言)
それにしても、「国民の精神が試されている」という小泉総理の発言には驚きました。もはや小泉総理には愛想が尽きました。退陣させます。

(了)


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