政治経済レポート:OKマガジン(Vol.115)2006.2.26


参議院議員・大塚耕平(Ohtsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです


荒川静香さんが金メダルを獲得しました。おめでとうございます。すがすがしい気持ちにさせて頂き、感謝の気持ちでいっぱいです。さて、オリンピックもあと1日。国会では、医療制度改革の審議が本格化します。

1.医療制度改革の金・銀・銅メダル

オリンピックと言えば、金・銀・銅の3つのメダル。今回の医療制度改革案には、高齢者の皆さんにとって、金・銀・銅メダルとも言える3つの重大な内容が含まれています。残念ながら、良い話ではなく、負担増の金・銀・銅メダルです。

まずは金メダル。高齢者の窓口負担が現役並みの3割になります。今年10月から、70歳以上の現役並み所得者(夫婦で年収620万円以上)の自己負担が2割から3割に引き上げられます。なお、再来年8月から、年収の基準は520万円に引き下げまれます。再来年の4月からは、70歳から74歳の一般高齢者(所得が現役並みより低い層)の窓口負担も1割から2割に倍増します。なかなか立派な金メダルです。

銀メダルは高額療養費の限度額引き上げ。「限度額引き上げなら、ありがたいことだ」と、勘違いしないでください。高額の自己負担をした場合に、還付される基準が厳しくなるということです。

現在、69歳以下の一般的な所得の人は72,300円+医療費の1%、70歳以上は40,200円が還付の基準額ですが、これが今年の10月からそれぞれ、80,100円+1%、44,400円になります。再来年以降はさらに限度額が上がります。やれやれですね。

銅メダルは高齢長期入院者の食住費自己負担増。慢性病の70歳以上の長期入院患者の場合、現在は一部自己負担となっている食住費が、10月からは全額自己負担となります。再来年からは69歳以下も同様です。

少子高齢化が進み、国の財政状況も悪いことから、「孫のためには仕方ない」と言ってくださる高齢者の方々もいらっしゃることと思います。しかし、孫のためには納得しても、国がまだまだムダ遣いしている事実にはシッカリと怒ってください。

高速道路整備計画はほぼ全線の建設が認められました。「ムダな道路はもう造らない」はずだった方針はどこ吹く風です。道路財源は毎年約10兆円、談合や非効率な工事でコストは適正水準の2割、3割高、場合によっては倍とも言われています。つまり、毎年数兆円の余計なコスト負担。この数兆円があれば、今回の医療費自己負担増を止めて、なお、お釣りがきます。

ムダ遣いを放置する一方で、社会保障制度の負担増、給付やサービス水準の引き下げが続きます。現役世代の皆さんには、いずれは自分たちも高齢者になるということを想像力逞しく考えて頂く必要があります。医療制度改革の議論、オリンピックのように2週間で幕を閉じるわけにはいきません。

2.問題の本質は財政ではない

医療財政が厳しいのは、少子高齢化の影響でしょうか。もちろん、それがひとつの原因であることは間違いありません。しかし、あくまで原因のひとつに過ぎません。

例えば、抗ガン剤などの医薬品。日本では欧米諸国で使用されている新薬がなかなか認可されず、旧タイプの薬が高い価格で利用されています。これも医療費増加の一因です。

原因は、医薬品医療機器総合機構という医薬品・医療材料・医療機器などの検査、認可を行う独立行政法人の対応の遅さと不透明さ。治験に何年もかかるために、認可申請する企業には過大な治験コストがかかり、薬や材料の開発、供給から撤退する先も少なくありません。日本のバイオ産業などを衰退にもつながっています。

医療ミスが起きれば余計なコストがかかりますが、医療ミスにもあまり知られていない原因があります。

日本では、新しい技術(手術法)や材料が開発されても、それを人体(献体)でトレーニングする施設がありません。驚くべきことです。手術を受ける身になった時のことを想像してください。手術台の上で「先生、私の手術の症例は何回目ですか」と聞いて、「いや、患者さんが初めてです。しっかりトレーニングさせて頂きます」と返答されたら、ちょっとうろたえますね。

人体(献体)によるトレーニング施設、もちろん欧米にはあります。最近では中国や韓国にもできています。日本は、薬や材料だけでなく、技術でも遅れをとりつつあり、そのことが間接的に医療コストを高めている面があります。医療ミスにもつながっています。

このトレーニングセンターの実現可能性を関係省庁と議論してみました。厚生労働省、文部科学省、法務省が各々所管する3つの法律が関係し、それぞれ理解不能の抗弁によって「日本では作れない」と言います。縦割り行政の弊害の典型です。因みに法務省の場合、「このようなトレーニングセンターを作った場合、刑法の死体損壊罪に当たるかもしれない」ということです。法務省の頭こそ、手術が必要かもしれません。

いずれにしても、医療財政問題は、国民に負担増、サービス水準の切り下げを求めるだけでは解決しません。問題の本質は財政ではありません。制度や政策面の医療問題と、医療財政問題は同じではないのです。

3.奥が深い問題の本質

昨年の通常国会では介護保険制度の改正案が議論され、介護予防のために高齢者に筋力トレーニングを課すことの是非が話題になりました。

高齢者が筋力トレーニングをして、実際に介護負担が減るかどうかは検証できていません。やってみなければ分からないのです。終末期を迎えれば、誰でも介護が必要になってきます。筋力トレーニングが終末期を短くできる保証はなく、むしろ、トレーニングセンター建設やトレーニング機器購入などの新たなコストが嵩み、結果的に介護保険財政はもっと悪化するかもしれません。

今回の医療制度改革でも同じようなことが言えます。糖尿病などの生活習慣病と言われる症例を減らすために、厚生労働省は予防検診の推進や日常生活の節制を掲げています。いずれも、もっともなことです。

昨年末、高名な現役医師の先生方の会にお招き頂いた際、ある先生に問いかけられました。曰く、「今回の医療制度改革案は国民にもっと長生きしろということですか。しかも、そのために、タバコは吸うな、酒は飲むな、美味しいものは食べるな、節制しろという内容になっているけれど、これで日本人って幸せですか。何のために生きているのですかね」。

節制して長生きしても、人間、誰しもいつかは最期を迎えます。今回の医療制度改革で終末医療の財政負担が減る保証はありません。むしろ、予防検診などの新たなコストが、結果的に医療財政をもっと悪化させるかもしれません。

健康維持に気を配り、節制して長生きする。もちろん、一般論としては良いことだと思います。しかし、その一方で、節制して楽しみを減らし、介護予防のためにトレーニングもして、減額された年金で細々と暮らす。たしかに、日本人は何のために生きているのだろうという疑問が湧いてきます。

医療財政問題を、医療という枠の中の財政面だけに焦点を当てて解決しようとするから、貧困な発想しか出てきません。そもそも、国全体の財政のムダ遣いを徹底的に見直し、制度、政策面での医療問題の解決に取り組めば、医療財政問題も相当軽減されるのではないでしょうか。

問題の本質はもっと奥が深い。そのことを国会審議の中で問いかけていきます。

(了)


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