政治経済レポート:OKマガジン(Vol.148)2007.7.8


参議院議員・大塚耕平(Ohtsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです


いよいよ7月。OKマガジンは選挙前最後の発信となります。選挙期間中は公職選挙法の制約から送信することができません。ご了承ください。最近は年金問題や閣僚の不祥事がクローズアップされるあまり、その他の問題への関心が薄れているような気がします。しかし、隣国北朝鮮を巡る情勢は予断を許しません。内政、外交、どちらも大切です。

1.合意を履行するための合意

ブッシュ大統領が2002年の一般教書演説で「北朝鮮は悪の枢軸」と発言してから5年半。居丈高に非難した割には米国の北朝鮮政策は迷走しています。

6月21日、米国のヒル国務次官補が訪朝。ヒル次官補は「2月合意の履行の確約を得た」と訪朝の意義を強調しましたが、妙な話です。「合意」というからには実際に履行するという意味。「履行の確約を得た」ということは2月合意は「実は合意ではなかった」と言っているのも同然です。

2月合意のポイントは「初期段階」と「次の段階」のふたつ。「初期段階」は核施設停止、国際原子力機関(IAEA)による核施設の監視再開。「次の段階」は核施設の無能力化、全ての核計画の完全申告。

北朝鮮はマカオの銀行「バンコ・デルタ・アジア(BDA)」の資金凍結問題が解決され次第、「初期段階」を実施することを明言。解決したからこそヒル次官補が訪朝したものの、交渉は完全に北朝鮮ペース。

ヒル次官補によると、北朝鮮は「初期段階」について「核施設停止を実施する準備がある」と表明。しかし、「停止を実施する準備がある」とは意味不明。停止することが2月合意のはず。この論法を許していると、やがては「停止を実施する準備をスタートさせる用意がある」などという言い回しが登場しそうです。

そもそも停止を約束した施設は1994年の「米朝枠組み合意」で凍結した施設と同じ。2003年に再稼動させたものの、大半は休止状態。停止しても北朝鮮が失うものは限定的です。同じ施設の休止を条件に何度も交渉する外交テクニックはある意味で立派。米国も翻弄されています。

ヒル次官補は、「次の段階」の核施設無能力化については具体的な議論がなかったこと、核計画完全申告に関しては前提となる一覧表提出の検討を行ったことを公表。しかし、これまた完全申告実施が2月合意のはず。実施の前提条件やプロセスが新たな交渉対象になっているのは妙なことです。しかし、実に巧い。

2.瀬戸際戦術

北朝鮮は昨年7月のミサイル発射や10月の核実験によって危機感を高め、6か国協議を2月合意に誘導しました。しかも、2月合意はBDA問題解決を履行条件としていませんでしたが、結果的にBDAに凍結されていた資金返還を実現。成果を焦る米国が北朝鮮の主張を受け入れた格好です。

危機感を煽って譲歩を引き出す「瀬戸際戦術」は北朝鮮の常套手段。米国がそのことを分かっていながら、繰り返し北朝鮮の術中にはまるのは不思議です。

6月26日、北朝鮮核施設の監視再開の準備のためにハイノネン事務次長を団長とするIAEA代表団が訪朝。北朝鮮側は「行動には行動で応える」という発言を繰り返しました。「初期段階」の合意であるIAEAによる核施設の監視再開にも再び条件をつけるようです。

IAEA代表団訪朝の翌日、北朝鮮は日本海に向けてミサイルを発射。これほど分かりやすい「瀬戸際戦術」はありません。

月が替わって7月6日、北朝鮮は「初期段階」の核施設停止の見返りに提供される重油5万トンの一部を受け取った段階で「稼動を前倒しで中止することを積極的に検討している」との声明を公表。ここでも合意済みの内容の履行を再び条件闘争に持ち込もうという意図が見え隠れしています。

「稼動を中止」という表現も気になります。あえて2月合意における「停止」という表現を使わないのはなぜでしょうか。

「中止」された稼動は「再開」もあり得るので、「停止」とは異なるということでしょう。それとも、「中止」は「停止」よりも強い措置なので、「停止」を止めて「中止」の条件交渉を行うということでしょうか。だんだんと発想が北朝鮮的になってきました。

3.権謀術数のカードゲーム

外交成果を焦る国際社会の足もとを見て北朝鮮が巧みに主導権を握っていると言えますが、米国の真意にも疑問が湧きます。

6月27日の北朝鮮のミサイル発射直後、米国はすかさず「発射されたミサイルは大陸間弾道弾」と発表。さすがの情報収集力の速さと分析力です。

折しも6月29日は、安倍首相の私的懇談会である「安全保障懇談会」の第3回会合開催日。首相は会合冒頭「同盟国の米国に弾道ミサイルが落ちれば甚大な被害が出る。そうなれば我が国の防衛に深刻な影響が及ぶ」と述べ、懇談会委員からも「撃ち落とせるものを撃たなければ日米安保が根幹から揺らぐ」などと迎撃容認論が相次ぎました。タイミングが良すぎると感じるのは思い過ごしでしょうか。

以前のこのコラムでも紹介しましたが、米国がリセッションになると世界のどこかで国際紛争が起きて米国の景気が回復するという経験則があります。あくまで経験則。米国が意図的に国際紛争を起こしていると言っているわけではありません。

しかし、この経験則が今後も当てはまる場合、次に国際紛争が発生する可能性がある地域は中東か極東。米国はイラク紛争が長期化する中東で新たな国際紛争が起きることを望まないでしょう。とすれば、可能性が高いのは極東。

そう考えると、米国は北朝鮮が本気で核施設を停止して朝鮮半島の緊張緩和が進むことを望んでいないのかもしれません。この仮説に基づけば、北朝鮮の度重なる背信行為を許容している米国の姿勢も理解できます。

北朝鮮にとってヒル次官補の訪朝は今年1月のベルリン米朝会談に続く成果。国際社会に対して、核問題協議が米朝直接交渉を軸に展開することを誇示したと言えます。

拉致問題を解決したい日本にとっては、北朝鮮の対米交渉窓口となることが有用です。米国が「交渉は日本を通して行う」ことを北朝鮮に強く求めれば、日朝交渉を北朝鮮の対米、対6カ国協議の窓口とすることも可能でした。日米が同盟国ならば、なおさらです。

日朝交渉の糸口がつかめなかったこと、米朝交渉が実現したことの背景はよく分かりません。ついでに、米朝直接交渉の内容も両国にしか分かりません。米国の北朝鮮政策は迷走ではなく、計画どおりかもしれません。

このメルマガでいつもお伝えしていますとおり、外交は権謀術数のカードゲーム。日本外交はあまりに単純かつ正直すぎるかもしれません。情報収集力と分析力の強化、交渉術の向上が必要です。

あるいは、全てシナリオ通りということでしょうか。外交問題にもシッカリと取り組んでいきたいと思います。

(了)


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