政治経済レポート:OKマガジン(Vol.168)2008.5.24


16日、僕が理事を務めるODA(政府援助)特別委員会で決議をまとめ、福田首相に提出しました(その模様や決議文はホームページのブログにアップしてあります)。その中に、地球温暖化対策のためにもODAを活用するようにという項目を盛り込みました。さらに、首相との質疑では温暖化ガスの排出権取引について意見交換をしましたが、今回はその排出権取引の現状について考えてみます。


1.金融商品

地球温暖化対策に関する国際条約である京都議定書は、3つの仕組みによって温暖化ガス削減を推奨しています。

第1は先進国と発展途上国間で行うクリーン開発メカニズム(CDM)。先進国の協力で発展途上国の排出量が削減された場合、削減分の一部(認証排出削減量=CER)を当該先進国の削減分にカウントする仕組みです。

第2は先進国間で協力して削減に取り組む共同実施(JI)。技術協力や資金協力によって一方の国の排出量が削減された場合、その削減分をもう一方の国(投資国側)が排出権として獲得します。

第3は企業や国が排出権を売買する排出権取引(ET)。ETの地域限定スキームである欧州連合域内排出権取引制度(EU-ETS)が世界標準(デファクトスタンダード)になりつつあり、EU-ETSで取引されている排出権は排出許可証(EUA)と呼ばれています。

世界の排出権取引は年間650億ユーロ(約10兆円)に上り、さらに拡大の見込み。とくに2005年にスタートしたEU-ETSは、ロンドンの欧州気候取引所(ECX)を中心に、金融デリバティブ技術を駆使した高度かつ活発な取引を行っています。

現在、世界で取引されている排出権の過半を占めるのがCERとEUA。まるで、金融商品の様相を呈しています。

また、基軸通貨ドルの地位が揺らぐ中で、排出権取引が急増している結果、排出権が事実上の通貨のような機能も果たし始めています。排出権は21世紀の新しい基軸通貨に発展する可能性もあります。

2.主導権争い

キャップ&トレード(CT)方式をベースにして排出権取引を行う取引所は、世界で7か所が実働中(欧州4、米国2、アジア1)。そして、さらに7取引所(米国3、アジア4)が準備を進めています。

こうした状況下、京都議定書に参加していない米国では、さらに2か所で取引所設立の動きがあります。北東部10州地域連合(RGGI)と太平洋側9州地域連合(WCI)という広域連合による取引所です。WCIにはカナダも参加するそうです。

米国で稼働中の取引所はシカゴの現物と先物の取引所(CCX、CCFE)。準備中はシカゴとニューヨークの商品取引所(CME、NYMEX)とニューヨークの証券取引所(NYSE)。これに、RGGIとWCIを加えて米国内だけで7取引所が設置されることになります。

米国は、EUAに対抗する米国版排出許可証の創設を目指していることが想像できます。

さらに、昨年10月、EU、RGGI、WCIが排出権の取引基準と世界市場の整備を目指す国際炭素取引協定(ICAP)を締結。欧米は排出権取引の主導権を競うと同時に、協調して権益を独占する途も探っているようです。

3.打ち出の小槌

EUは2020年までに温暖化ガスを1990年対比20%削減する目標を掲げています。驚くことに、温暖化対策に後ろ向きだった米国も2025年までに伸び率ゼロという新目標を発表。米国が温暖化対策にようやく真剣になってきたと捉える向きもありますが、米国の真意は別のところにあるでしょう。

上述のように、金融商品や通貨と同じような機能を果たし始めた排出権。しかも、各国が温暖化対策に真剣に取り組むほど、温暖化ガスは現実に削減され、排出権の供給量は減少します。

つまり、排出権の受給バランスは、今後、常に引き締まり気味の状況が続く可能性が高く、その結果として、排出権の価格は上昇傾向になる蓋然性が高いと言えます。

少なくとも、欧米、とくに米国ではそのように考えている関係者が多いようです。だからこそ、温暖化ガス削減対策と排出権取引所設立に前向きと考えるべきでしょう。

株や債券、つまり既存の金融商品の受給バランスは供給過剰傾向が強く、その価格は長期的に常に下落リスクを内包しています。一方、金融商品としての排出権は、各国が温暖化対策に真剣に取り組むほど、その供給量は減り、希少価値が増します。

排出権を株や債券に代わる21世紀の金融商品の主役に育て、その排出権市場で主導権を握ろうとする欧米の戦略が明確になってきました。

こうした中、日本では、昨年12月の金融審議会報告書が「排出権を金融商品として認定し、排出権取引市場を創設する」ことを提言。日本の対応スピードから考えると、実現には10年かかるでしょう。周回遅れは必至です。日本と欧米の対応の差は、世界の経済システムの構造変化に対する洞察力の違いが影響しています。

削減義務がなく、排出権を「打ち出の小槌」と考えている中国やインドは、排出権供給国としてその構図の中に組み込まれるでしょう。排出権を投資対象とするファンドも急増しています。

不正の横行や過剰規制によって世界の投資家から敬遠され始めている日本の金融証券市場。排出権取引でも完全に出遅れ、辺境マーケットとなるリスクが高まっています。

排出権取引が本当に世界の環境や経済のためにプラスになるのかどうか、慎重な検討が必要であることも事実です。しかし、そのことと、国際金融証券市場の構造変化とは、切り離して考えるクールさが求められているような気がします。

(了)


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