政治経済レポート:OKマガジン(Vol.173)2008.8.3


内閣改造が行われました。新内閣の最優先課題は景気対策であり、その手腕を注視したいと思います。もっとも、景気対策は首相自らがリーダーシップを発揮して決断できることです。新内閣での検討を待たなくてはならないところに、一抹の不安と疑問を感じます。


1.成長率下方修正

先月、内閣府が今年度の成長率見通しを下方修正しました。実質ベースは2.0%から1.3%へ、名目ベースは2.1%から0.3%への大幅下方修正です。

日銀も実質成長率見通しを1.5%から1.2%に引き下げ。その一方、予想消費者物価上昇率は1.1%から15年振りの水準である1.8%に引き上げ、企業物価上昇率は2.5%から4.8%に大幅上方修正しました。

その結果、内閣府の来年度成長率見通しは実質ベースで1.6%、名目ベースで1.7%と名実逆転の解消を展望。景気減速見通しは的確なうえ、久し振りに内閣府と日銀の見通しが整合的となりました。

ところがその直後、大田弘子前経済財政担当大臣が「米経済が持ち直すにつれて日本経済も緩やかに回復していく」と発言。内閣府の成長率下方修正と矛盾する内容のうえ、米経済の持ち直しを前提にした発言には首をかしげざるを得ません。

ちょうどその頃、折しもFRBのバーナンキ議長がサブプライムローン問題に関連して投資銀行の破綻処理の仕組みづくりに言及。その矢先にインディマック(資産3.4兆円)が破綻。1984年のコンチネンタルイリノイに次ぐ大規模破綻です。

さらに、ポールソン財務長官が米政府支援機関(GSE)である連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)と連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)への公的資金注入を表明。サブプライムローン問題が表面化した昨夏以降の米大手金融機関の関連損失も増嵩し、シティグループ500億ドル、メリルリンチ400億ドルという数字が明らかになりました。

この問題の深刻化は日本経済の足も引っ張ります。ファニーメイとフレディマックの長短債務とサブプライムローン関連商品の保有額は5兆ドル超。日本のGDPや市場性米国債残高(4兆5000億ドル)を上回る規模です。

外国人のGSE債保有額は約1兆3000億ドル。日本は約2300億ドル(約25兆円)を保有し、うち10兆円が金融機関保有分です。今後2年間の世界の金融機関の関連損失が4000億ドル(約43兆円)に達するとしたOECDの予想が現実味を帯びてきました。

景気対策もサブプライムローン問題対策も、新内閣の手腕が問われます。

2.倒産増加

倒産も増加しています。とくに、不動産・建設関連の倒産が急増。上半期の不動産関連倒産件数(東京商工リサーチ調べ)は約2400件、負債総額約1兆2千億円。前年同期に比べ、件数で約1割、負債で約3割の増加です。

背景要因は2つ。ひとつは、2003年以降、都市部で局地的に値上がりしてきた不動産価格が2006年秋頃にピークアウト。以後、ジリジリと値下がり。値上がり期待で在庫を手当してきた関連企業の資金繰りは昨年から顕著に悪化。今年に入って倒産に至るケースが増加しています。

もうひとつは、金融機関の不動産・建設向け融資の減少。2006年秋頃から昨年前半にかけて、金融庁が金融機関の不動産・建設向け融資の審査やリスク管理の実情を調査。これを契機に金融機関の融資姿勢が後退し、貸し渋り・貸し剥がしも発生。バブル当時を思い出させる展開です。

1990年3月、大蔵省(当時)が不動産向け融資の伸び率を総貸出の伸び率以下に抑える「総量規制」と不動産・建設・ノンバンク向け融資の監視を強化する「三業種規制」を導入。これを契機にバブル崩壊が始まりました。 過剰な不動産投機で経済が歪められることを抑止するのは当然ですが、1990年代と同じ轍(てつ)を踏むわけにもいきません。金融機関の貸し渋り・貸し剥がしは、倒産増加を招き、不良債権を増嵩させるという自己矛盾も内包しています。

原油高騰に伴う倒産も急増。原燃料のコストアップを主因とする倒産件数(帝国データバンク調べ)は上半期で235件、前年同期比の1.5倍、既に昨年1年間の合計229件を突破しています。

不動産関連倒産と原油高倒産が本格的な景気後退を招き、不況倒産が急増する事態にならないように対策を講じなくてはなりません。これも新内閣の手腕が問われます。

3.物価上昇

不動産高騰、原油高騰の背景には投機マネーが存在し、日本の金融緩和も影響しています。その金融緩和はバブル崩壊後の不良債権処理の過程で行われたゼロ金利政策や量的緩和政策に起因。こうした経緯を考えると、日本経済はバブルの発生と崩壊の呪縛からまだ解かれていないと言えます。

このメルマガで一貫してお伝えしている原理原則のひとつに「経済は中長期的には合理的なことしか発生しない」ということがあります。異常な金融緩和政策を行えば、中長期的には必ずその影響が顕現化します。

総務省が先月末に発表した6月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比プラス1.9%の上昇。10年5か月振りの上昇率です。インフレが加速する潜在的エネルギーが確実に蓄積されています。

しかし、その一方、これほどの金融緩和を長期間行っている割にはインフレになっていないとも言えます。しかし、その理由もよく考えて見れば合理的です。

「お金を借りれば利息を払う」のは当たり前のこと。合理的な経済現象です。名目ベースでゼロ金利や超低金利を続けていると、その状態でも利息が発生するようになるのが合理的結末。つまり、デフレ(物価下落)が発生し、元本だけを返してもらっても事実上の利息を受け取れる状態になります。

ここ10数年、「デフレ脱却を目指して超金融緩和政策を継続する」としていたことが、実はデフレを発生させていたという仮説も成り立ちます。このことも、このメルマガで一貫してお伝えしている問題提起です。

そう考えると、これほどの超金融緩和政策を継続していても、CPIが前年同月比プラス1.9%程度にとどまっていることも理解できます。

現状の背景を冷静に分析、認識することが、的確な対策を講じるための前提です。論理的思考に優れている与謝野馨新経済財政担当大臣には、十分に説明責任を果たし、迅速かつ的確な経済政策を立案することを期待したいと思います。

(了)


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