政治経済レポート:OKマガジン(Vol.248)2011.9.27


予算委員会が始まり、野田内閣としての本格的な国会論戦がスタート。内閣が頻繁に交代したことを反省しつつ、日本を取り巻く環境、日本が直面している課題等について、改めて熟考してみたいと思います。


1.微妙な舵取り

世界は動いています。このメルマガを通じ、過去10年間、内外の政治経済の動向を注視してきました。改めて現状を深く凝視すると、御し難い変化の渦を再認識せざるを得ません。

第1に国際社会の構造。2010年は経済規模(国内総生産、GDP)で中国が日本を逆転。しかし、それは日本を中心に考えた評価に過ぎません。

中国は清朝末期以降の約100年間を除くと、歴史上、概ね世界の超大国の地位を占めてきました。過去10年間は、その定位置への回帰時期と言えるかもしれません。

しかも、2010年は西側諸国の覇権(ヘゲモニー)、とくに1976年からスタートしたG7(先進7か国)体制が終焉。2010年からG7は公式声明の発表を止め、国際社会の議論の中心はG20(主要20か国・地域)にシフト。

もちろん、中国を筆頭にした新興国を交えて議論するためです。その中で影響力を発揮し始めたBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)。

先週22日、BRICSはG20開催に合わせて5カ国だけの財務相・中央銀行総裁会議を開催。PIIGS(ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペイン)に代表される財政不安を抱える国々の国債購入自粛を申し合わせ。

欧米諸国との駆け引きという側面が強く、G20体制の下では、G7対BRICSという新しいゲームの構造が定着。また、G7、BRICSそれぞれの中心である米中G2時代とも言えます。

その一方、22日以降、ブラジルが自国通貨(レアル)買い介入を実施。レアルが9月入り後に対米ドルで15%下落(レアル安)したことへの対策ですが、これまで自国通貨安は輸出増加につながると歓迎していた姿勢に変化が垣間見えます。

金融緩和、財政拡大、過剰債務に依存した世界経済の体質は続いており、世界景気は依然として後退リスク、クラッシュリスクと対峙。

そのうえ、日本を含む世界の多くの主要国の財政状況が逼迫。いずれかの国の財政危機の顕現化が、世界景気後退のトリガー(ひきがね)になると予想されています。

そのため、各国とも、自国通貨暴落というリスクと、自国通貨安による輸出増加というメリットの両方を睨みながら、自国通貨水準をバランス良く制御する必要性に迫られています。自国通貨安競争を行いながら、通貨覇権も追求するという「微妙な舵取り」です。

少々難解かもしれません。また、超円高に苛まれている日本にとって、彼岸の話のように聞こえるかもしれません。

しかし、国際社会の覇権は通貨覇権でもあります。国際社会において影響力を高めたいと思う国の通貨は、水準はともかく、国際社会から信用されていることが必須条件。暴落懸念があるようでは受け入れられません。

G7対BRICS、米中G2時代、そして自国通貨安競争を行いながらの通貨覇権追求。日本は、その中で自らの立ち位置と戦略を確立しなければなりません。

2.二強体制

第2は産業の構造。産業革命やイノベーション(革新)の定義には諸説あり、分析の視点によって定義は異なります。

例えば、英国に端を発した蒸気機関による工業近代化(18世紀後半から19世紀半ば)を第1次、米国が先導した石油を活用した重工業化(19世紀後半から20世紀半ば)を第2次と定義する場合があります。

あるいは、蒸気機関、電気、通信、エンジン(自動車)という個別の革新技術に着目した定義もあります。

産業学的な定義はともかくとして、過去10年間は、第3次の産業革命やイノベーションの途上にあると言って過言ではないでしょう。国際社会の構造変化、国家間の力学変化と相俟って、驚くべき速さで変貌を遂げています。

その要素のひとつが、インターネットを含むIT(情報技術)であることは疑う余地がありません。

日本がバブル絶頂期の20年前、PC(パソコン)や携帯電話がここまで普及することを予想した人はほとんどいなかったでしょう。

しかし、PCも携帯電話も、揃ってその主役の座をスマートフォン(高機能携帯電話)に明け渡しつつあります。

僅か10年程度で盟主交代というハイスピード。IT革命と言われ始めた1990年代後半に、やはりそれを予想した人はほとんどいなかったと思います。

奇しくも、国際社会がG7体制からG20体制にシフト、米中G2時代に移行し、日本のGDPが中国に抜かれた2010年、世界のスマートフォン出荷台数がPC出荷台数を上回りました。

PCは、仕事、研究、日常生活でアプリケーション(ソフトウェア)を使う人たちには今後も需要され続けるでしょう。

一方、インターネット利用端末を求める人にとって、PCは必須ではありません。したがって、スマートフォン等のモバイル端末は今後も進化し続けます。

そのスマートフォン。米国アップル社と韓国サムスン社の二強体制が確立。携帯電話の規格問題、電波行政の影響もあって、日本がその一角に入り込めていない現状は残念ですが、その中で自らの立ち位置と戦略を確立しなくてはなりません。

アップル、サムソン、いずれのスマートフォンも、使用している電子部品の多くは日本製。当面、この現状(電子部品の多くが日本製という現状)と関係する日本企業の地位を堅守することが、産業政策の重要課題のひとつです。

IT(情報技術)、通信(インターネット等)、端末(PC、スマートフォン等)等を含む広義のIT産業が、他の産業等と、どのようなシナジー(相乗)効果を発揮し、イノベーションを遂げるのか。それも重要な課題です。

自動車・鉄道・航空等の輸送産業、流通・医療・教育等の生活産業や社会保障等のしくみ。いずれも、広義のIT産業と相互に影響し合うでしょう。

加えて、第1次、第2次の産業革命と言えば、化石燃料とは切っても切れない関係。福島第一原子力発電所事故に直面した日本にとって、原子力を含むエネルギー政策は最重要課題です。今後の戦略とロードマップも問われています。

これらの課題に簡単な解はありません。しかし、現在、第3次産業革命、あるいは歴史的イノベーションの真っ只中にある蓋然性が高いことを強く認識し、日本は、的確に、早く、先を見越して(他国の一歩先を睨みつつ)、行動しなければなりません。

3.外交の方程式

第3は外交の構造。もちろん、第1の国際社会の構造と表裏一体。第2の産業構造の変化にも影響を受けています。

19世紀は英国の時代、20世紀は米国の時代。とくに第2次世界大戦後の20世紀後半の米国の覇権は揺るぎない状況でした。

そうした中での日本。日米同盟を基軸とし、アジアで唯一の経済大国、アジアで唯一の西側先進国、アジアで唯一のG7の一員として、政治的、経済的に安定した地位を保障されていました。日本にとって、外交の方程式を解くことは比較的容易であった時代です。

しかし、日本を取り巻く環境は、1990年代以降、日本自身の自覚(認識)を遥かに上回るスピードで変化を遂げ続けています。

米中G2体制への移行は、中国の外交防衛政策にも影響。メルマガ第241号(2011年6月12月号、米国のパートナー、海洋石油空母、空母キラー)でお伝えしたように、中国は南シナ海の制海権強化に向けて軍事力を強化しています。

しかし、米国にとって、今や中国は覇権を争う相手であるだけでなく、巨大な経済市場。共通の利益を追求している面もあり、米中関係は単純な対立関係にはなり得ない時代です。

先週、米国のゼネラル・エレクトリック(GE)とゼネラル・モーターズ(GM)が中国における電気自動車(EV)普及支援策を発表。中国はEVの産業振興を目指しており、米中はウィンウィン(Win・Win)の関係。

同じく先週、米国が台湾への武器売却方針を決めたことに中国政府が抗議。もっとも、同時に中国政府のスタンスを代弁する中国国際問題研究所が声明を発表。曰く「中国は米中関係には大局的な見地から対応する。両国はもはや切り離せない関係であり、両国の交流は中断しない」。

一方、米国も、台湾が求める新型戦闘機(F16C)売却を見送り、現行機F16A/Bの更新にとどめました。米中両国とも、硬軟織り交ぜた巧みな外交です。

また、中国の動きは、南シナ海における米国制海権への対抗であるのみならず、南シナ海の海洋資源獲得を目指した戦略。

そのため中国は、南シナ海沿岸国であるベトナムやフィリピン、さらにはその周辺のASEAN(東南アジア諸国連合)諸国とも微妙な関係にあります。

日米同盟が安定し、日本が、アジアで唯一の経済大国、アジアで唯一の西側先進国、アジアで唯一のG7の一員として、政治的、経済的に安定した地位にあれば、アジア諸国は当然日本を頼りにしてきます。しかし、その地位が揺らげば、日本には頼らず、別の手段を模索するでしょう。

中国は日本にとっても巨大な経済市場。日本としても、中国と単純な対立関係にはなり得ない時代です。日米・米中・日中関係が錯綜する中、アジア諸国がかつてのように単純に日本に頼ることはあり得ません。

さらにインド。中印両国は、今週、北京で初の戦略経済対話を開催。自由貿易協定(FTA)締結に向けた交渉をスタートさせようとしています。

経済(GDP)規模で世界の1位から3位を占める米中日3国に、インド、ロシア、韓国、台湾、ASEAN諸国などを加えた複雑な方程式を解くのが外交です。欧州、アフリカ諸国を加味すれば方程式は一段と複雑になります。

外交の方程式を解く作業は飛躍的に難しくなっています。日本は、その中で自らの立ち位置と戦略を確立しなくてはなりません。

(了)


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