政治経済レポート:OKマガジン(Vol.281)2013.2.12


2012年の「モノ」の貿易総額の世界一が中国になりました。米国を抜いたということです。2010年にGDP(国内総生産)で日本を抜いた中国。領土問題などで物議を醸(かも)しながらも着実に存在感(プレゼンス)を増しています。好き嫌いは別にして、この巨大な隣国とどう向き合うのか。古来より日本(かつては倭国)の課題です。


1.新陳代謝

輸出と輸入を合計した「モノ」の貿易総額。2012年の中国の実績は前年比6.2%増の3兆8668億ドル(約358兆円)で米国を約40億ドル上回りました。世界トップです。

サービス分野の貿易を含まないベースであり、あくまで「モノ」に限った貿易総額。しかし、世界経済における中国の存在感(プレゼンス)向上は続いています。

中国の貿易は2001年のWHO(世界貿易機関)加盟を契機に加速。WTO加盟によって欧州やASEAN(東南アジア諸国連合)など、貿易相手国が拡大したことに起因します。

中国経済の課題や特徴も明確になっています。輸出額に限れば中国は2兆489億ドルと米国を大きく上回るものの、景気減速で原材料輸入の伸びが鈍化。2012年の輸入の伸び率は前年比約4%増と前年の同24%増を大きく下回っています。

サービス分野を入れた輸出入全体の2012年総額実績は米国が4兆9000億ドルと引き続きトップ。サービス分野では米国の後塵を拝しています。

しかし、サービス分野でも中国の「新陳代謝」は著しく、その動向からは目が離せません。

サービス分野といっても多岐にわたりますが、その中で異彩を放っていた馬雲(通称ジャック・マー)氏という著名な経営者が第一線の引退を表明。まだ48歳です。

馬雲氏は、企業間電子商取引で大成功を収めている今や世界的に知られる経営者。2007年暮れには米国「FORTUNE」誌の表紙を飾り、一躍注目を集めたのは記憶に新しいところです。

引退の理由は「急拡大する分野でビジネスを行うには、自分はもう若くない。後進に道を譲る」との弁。何とも含蓄があり、考えさせられる発言です。

48歳の馬雲氏の第一線引退は、中国経済の「新陳代謝」の高さ、サービス分野でもやがて世界一になる日が遠くないことを感じさせる出来事です。

もっとも「私はとてもアクティブ(活動的)で完全に引退することはできない」とも述べています。会長職にとどまり、後進社長や幹部にアドバイスをしていくようです。

2.馬雲(ジャック・マー)

馬雲氏について、よくご存じの人も多いと思いますが、あまり詳しく知らない皆さんのために少し紹介しておきます。

日本がバブルで浮かれていた約20年前、馬雲氏は中国杭州の大学の講師でした。

1964年浙江省・杭州市生まれ。1988年に杭州師範学院外語系を卒業し、同年から1995年まで地元の杭州電子工学院で英語と国際貿易の講座を担当。

ところが1995年、訪米中に見聞したインターネットにヒントを得て、中国初のインターネットを活用した中国語ビジネス情報サイト「イエローページ」を開設。馬雲氏は中国における企業向けインターネットビジネスの草分けです。

1997年、仲間と一緒に杭州から北京に上京。政府経済貿易部と接点をつくり、同部の公式サイトやインターネットモール等のウェブサイト開発に注力。

1999年、実績を重ねた馬雲氏は杭州に戻り、資本金50万元で中小・零細企業を中心とする「B to B」の電子商取引サイト「アリババ・ドット・コム」(中国名・阿里巴巴企業集団)を18人で創業。

中国メーカーと外国バイヤーの電子商取引を中国で初めて手がけ、そのサービスにシリコンバレー企業やインターネット投資家が注目。「アリババ」は中国を代表する「B to B」サイトとなります。

折からの中国経済の成長と相俟って電子商取引は急拡大。2012年の取引総額は1兆元(日本円で約15兆円)。中国全体の小売総額の約5%に達しています。今や世界全体の電子商取引のトップシェア市場です。

また、2005年には中国に進出していた米国ヤフー(Yahoo)の現地法人を買収。世界のビジネス関係者に衝撃を与えました。

馬雲氏は単に運が良かっただけなのか。タイミングが良く、時流に乗っただけなのか。ここまでの大成功を収めた立志伝中の人物。運だけではなく、その経営手腕や考え方に秘訣があるはずです。

馬雲氏に関する本を読むと、「中国一の企業になる」という仲間との共通の固い目標、「信念は最後まで貫き通す」といった強靭な精神力が支えだったと言います。

曰く「最大のキーポイントは、社員が共通の使命感をもつこと」。最強のチームづくりの秘訣は「中国一の企業になる」という使命感を共有し、それが社員一人ひとりに根づいていたことだと述懐しています。

ポータルサイトが主流を占めた当時の中国で、あえて「B to B」ビジネスモデルを選択。「周囲はアリババが失敗すると決めつけていたが、私たちは一度も考えを変えなかった」と振り返っています。

2002年にはインターネットバブルが崩壊。多くのインターネット企業が撤退した中で、馬雲氏はアリババの欧米拠点を維持して市場開拓に腐心。海外バイヤーの信用を勝ち取り、今日の成功につながったと言われています。

3.カオス

その間も今も、馬雲氏はビジネスの方向性について「わからない」「はっきりしない」という趣旨のことをよく発言するそうです。

頼りなさそうに聞こえますが、馬雲氏に関する本を読むと、その真意は「型にはめた考え方や方向性を押しつけない」ということのようです。

私見ですが、「混沌(こんとん)」の中から「何か」が生まれることを期待しているように感じられます。中国自身が「混沌」とした変化の過程にあり、世界のビジネスも「混沌」としている現代。その可能性を無限大に引き出そうとする経営手法と言えそうです。

馬雲氏を取材した中国人ジャーナリスト呉暁波氏が次のように述べています。曰く「馬雲はアリババを型にはめようとは思っていないということだ。すなわち、アリババにはあらゆる可能性があり、魚が水中を泳ぎ回るように、中国人の知恵をインターネットの世界で存分に展開できると考えている」(「馬雲のアリババと中国の知恵」日経BP社)。

「混沌」の英語Chaos(カオス、ケイオス)は古代ギリシア語から派生した単語。語源はギリシア神話に登場する原初神。「大口を開けた」「空(から)の空間」の含意です。

難解ですが「カオス」は「有限なる存在全てを超越する無限を象徴している」ということです。最初に「カオス」が存在するという意味ではなく、そこから「全て」が生まれる、「何か」が生まれることを示唆します。

科学の世界の「カオス理論」は「予測できない複雑な現象」を扱います。「予測できない」というところがキーポイント。

「混沌」とは「予測できない」ということであり、だからこそ「混沌」の中では経営者やリーダーが固定観念や既成概念に囚われて牽引すると、結局「全て」も「何か」も生まれない確率が高くなるということです。

世界は「混沌」としています。その中で、日本では個人も企業も政府も「秩序だったもの」を求め過ぎているような気がします。ダイナミズムに欠けるということでしょうか。

「新陳代謝」と「混沌」。いずれも日本人や日本社会が不得手とする現象です。個人や企業の挑戦に「寛容」と「蛮勇」が求められる時代。その先に日本社会全体の「飛躍」があります。

そういえば、幕末と明治維新後の日本でも、「混沌」の中で「新陳代謝」が高まり、「寛容」と「蛮勇」の中から多くの偉人が生まれ、日本の「飛躍」をもたらしました。

もっと前へ、ニッポン。頑張りましょう。

(了)


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