政治経済レポート:OKマガジン(Vol.284)2013.3.31


明日から4月、新年度です。月日が経つのが本当に速く感じられます。先週28日(木)、参議院財政金融委員会で日銀の黒田新総裁と初質疑。メルマガ本文(下記)でポイントをお伝えしますが、黒田日銀の舵取りは長期低迷が続く日本経済の今後の帰趨を左右します。政府・財政当局と中央銀行の関係から目が離せません。


1.IS・LM分析とマンデル・フレミング理論

IS・LM(アイエス・エルエム)分析とは、マクロ経済学において、実物(財)市場と貨幣市場が均衡するメカニズムを説明する理論です。

Iは投資(Investment)、Sは貯蓄(Saving)、Lは流動性選好(Liquidity Preference)、Mは貨幣供給(Money Supply)を表します。

1937年、英国の経済学者ヒックスが、ケインズの「一般理論」(1936年)の内容を図示するために考案した分析ツール(手法)。横軸に国民所得、縦軸に利子率をとり、IS 曲線と LM 曲線の交点を求めます。ヒックスは1972年にノーベル経済学賞を受賞しました。

IS・LM分析は僕の学部時代の卒論のテーマ。たいへんおもしろく、もっと詳しくご説明したいところですが、これ以上深入りするとメルマガが長くなりすぎますので、詳細は割愛。ご興味がある方は経済学の基本書を是非ご一読ください。

結論だけ申し上げれば、IS・LM分析は政府の財政政策や中央銀行の金融政策の効果を説明するのに非常に有用なツールです。

但し、IS・LM分析は閉鎖経済モデル。つまり、貿易や為替レートの影響を加味していない分析ツールです。

IS・LM分析の枠組みを、開放経済モデルに拡張したのがマンデル・フレミング理論。つまり、貿易や為替レートの影響を加味した分析理論です。

カナダの経済学者マンデルと米国の経済学者フレミングが1960年代後半のほぼ同時期にこの分析理論を考案したことから、両者の名前を冠しています。マンデル・フレミング理論も、1999年にノーベル経済学賞を受賞しました。

マンデル・フレミング理論は、僕の博士論文の重要なパーツを構成しています。これまた興味深く、もっと詳しくご説明したいところですが、これ以上の深入りは回避。やはり、ご関心がある方は経済学の基本書をご一読ください。

結論だけ申し上げれば、マンデル・フレミング理論は、開放経済・変動相場制の下における財政政策や金融政策の効果を説明するのに非常に有用なツールです。

2.財政金融政策の成功と失敗

さて、今回のメルマガ。何だか難しそうだと思って、ここで読むのを断念しないでください。マンデル・フレミング理論は、巷間話題のアベノミクスと日銀の黒田新総裁の考え方を整理するのに、非常に重要なのです。

黒田総裁は有能な金融マフィア(国際金融・通貨政策の世界的なキーパーソン集団の一員という意味)ですが、学者ではありません。

理論書や学術書はあまり出版していませんが、日本の財政金融政策や国際的な通貨交渉に関する史実的、時事的整理や論評を行った著書は何冊か出版しています。

そのうちの一冊、「財政金融政策の成功と失敗」(2005年、日本評論社)は黒田総裁の考え方がよくわかる著書であり、日本の財政金融政策の過去を整理するうえで参考になる内容です。

とりわけ、第12章「30年間の財政金融政策を振り返って」、付論1「デフレの原因と責任の峻別を」は、黒田総裁のアベノミクスに対する姿勢や今後の言動を分析するうえで非常に重要な記述がいくつも含まれています。

そのうちのひとつ、同書176頁の一節。曰く「マンデル・フレミングの理論が示すように、財政拡張と金融引き締めというポリシーミックスは為替レートを上昇させ、デフレをもたらす傾向がある」と述べています。

こうした認識の下で、バブル崩壊後の1990年代前半の大蔵省(当時)と日銀は、財政拡張と金融引き締めという典型的なポリシーミックスの失敗を犯したと評しています。

マンデル・フレミング理論は、開放経済・変動相場制の下での財政拡張は自国通貨高による輸出減少と輸入増加をもたらすため外需(純輸出)を減らし、財政支出によって増加した内需を相殺すると教えています。要するに、開放経済・変動相場制下の財政政策は無効ということです。

黒田総裁著書の176頁の一節は、黒田総裁がマンデル・フレミング理論のこうした考え方を肯定しているように読めますので、先週28日の参議院財政金融委員会でその点を質問しました。

黒田総裁は「財政政策の効果が変動相場制の下である程度減殺されるということはそのとおりだと思います」と答弁しました。

同じく同書171頁のもうひとつの一節。曰く「財政政策は短期的には効果があるものの、中長期的には債務累積を招くという意味で持続可能でないので、常に中長期的な財政フレームに沿って抑制的に運営する必要があるのに対し、金融政策はインフレやデフレを決定する最大の要因であり、中長期的にも対称的に運用できるという違いがあります。この意味からも、通常の景気循環に対しては金融政策が全面的に経済安定機能を果たし、裁量的財政政策は大きな経済ショックが生じたとき、例外的・一時的に発動されるというのが正しい姿だと思われます」と述べています。

つまり、財政政策はあまり裁量的に駆使すべきではないという認識です。僕も同感。そもそも委員会質疑の冒頭で、黒田総裁に日本の財政状況に関する認識を伺ったところ、「(現在のような)異常な状況は持続不能」と明言。

以上のやり取りから、僕としては黒田総裁は財政政策に対しては抑制的なスタンスであると感じ、「総裁が金融緩和によって財政ファイナンス的対応をするリスクはないですか」と質問。

黒田総裁曰く「中央銀行の総裁として、財政ファイナンスになるようなことをやるつもりは全くございません。それは、財政の規律を失わせるだけでなくて、中央銀行のクレディビリティにも影響するというふうに思っております」と答弁。

黒田総裁の基本的な考え方、姿勢に納得しました。以後、しっかりと注視していきます。

3.鬼神は敬して遠ざかる

もっとも、そうした基本的考え方、姿勢とは裏腹に、総裁就任前の所信聴取の質疑において、気になる答弁があったことも指摘しておきました。3月4日衆議院議院運営委員会における中田議員からの質問に対する答弁です。

中田議員が「財務省や政治との距離感」を質したのに対し、黒田総裁は次のように述べています。

曰く「政治との距離感というのは十分認識していかなければならないが、他方で、政治情勢、あるいは政治家を通じて得られる国民の声というものも十分に聞いていかなければならないと思っている」。

もっともなことであると思える一方、聞きようによっては、政治家からの要求に対しては融通無碍(ゆうずうむげ)、弾力的に対応するとも聞こえる元財務省高官らしい答弁ぶりです。

片方で財政健全化を謳いながら、放漫財政の片棒を担いできた財務省(旧大蔵省)。その間、財務省高官として在職した黒田総裁には、その遺伝子と訣別することが求められます。

そうでなければ、マンデル・フレミング理論が無効と教える財政政策を裁量的に運用することを、金融政策が結果的にサポートすることになりかねません。そうした対応が中央銀行による財政ファイナンスという事態を招きます。

賢明な政府、健全な財政当局には、中央銀行とは「敬して遠ざかる」存在であることを再認識してもらいたいものです。

論語の一節に曰く「民の義を務め、鬼神を敬して、之に遠ざかる。知と謂うべし」。「知」とは、知性、良識、なすべきことを知っているというような含意です。

「鬼神」とは、当時の人々の信仰の対象。「鬼神」を祀れば願いごとが叶(かな)うと信じ、あさましい者は、祀れば祀るほど利が求められると考えました。

孔子は「鬼神」を否定しませんでしたが、人々が利得を求めて「鬼神」に接することは「鬼神」冒涜するものであり、理性的ではないと考えていたようです。

なお、原文の「遠之」は「之に遠ざかる」と解するほか、「之に遠ざく」「之に遠ざける」とも読めます。自分から「鬼神」を遠くに押しやって、安易に利益(りやく)を求めないという意味です。

中央銀行を「鬼神」に見立てると、何となく含意がわかります。「中央銀行とは喧嘩するな」という市場(マーケット)の格言的な鉄則にも、市場関係者が中央銀行に「鬼神」的な要素を感じてきた経験が垣間見えます。

全然関係ありませんが雑学をひとつ。日常的に使われる「敬遠」という言葉は論語のこの一節に由来しています。プロ野球も開幕したこの週末。作戦的な四球(フォアボール、米国では「give a walk」)の「敬遠」の語源も同じです。

政府と中央銀行、財政当局と中央銀行。「アコード(協調)」も必要ですが、過ぎたるは及ばざるが如し。「アコード」と「敬遠」のバランスが重要です。

「敬して遠ざかる」どころか「脅して近づける」が如くの最近の政府と中央銀行の関係には、「知と謂うべし」ものが感じられません。黒田総裁の舵取りを国会でもしっかりとフォローしていきます。

(了)


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