政治経済レポート:OKマガジン(Vol.322)2014.10.26

昨日(10月25日)、日本財政学会第71回大会で「異次元緩和と財政ファイナンス(異次元緩和の功罪と財政の行方)」というテーマで報告を行いました。討論者は井堀利宏先生。来年1月12日開催予定のセミナー等でもその内容をお話させていただきます。さて、臨時国会も中盤戦。とりわけ、労働法制の動向を注視していきます。


1.マグレブ

愛知県の製造品等出荷額(平成24年)は40兆332億円で全国の約13%を占め、36年連続日本一。第2位の神奈川県(17兆4613億円)の倍以上です。

東海3県(愛知・三重・岐阜)全体でも全国の18.9%を占め、東京圏(17.6)、大阪圏(12.7%)を上回っています。

10月中旬、そんな愛知県・東海地方に関連する節目の出来事が続きました。ひとつは10月17日。リニア中央新幹線(品川・名古屋間)の工事計画認可。着工予定は2015年、開業は2027年。大阪延伸は2045年。総工費は9兆円です。

海外で磁気浮上式鉄道を表す用語は「magnetic levitation(磁気浮上)」の省略形である「マグレブ」が一般的。一方、「リニア」とはリニアモーターで駆動する車両全般を指す和製英語です。

円方向に運動エネルギーを伝える回転式(rotating)モーターに対して、直線(linear)方向に運動エネルギーを伝えるリニアモーターを使うことに由来します。

1970年に国鉄が開発計画を正式発表した際に、浮上式鉄道技術開発本部長であった京谷好泰(きょうたによしひろ)氏が命名。京谷氏は「リニアの父」と言われているそうです。

リニアには磁気浮上式、鉄輪式、空気浮上式がありますが、日本では「リニア」は磁気浮上式の代名詞となっています。

日本初の磁気浮上式は1989年の横浜博覧会YES89線。現在営業運転しているのは、日本の愛知高速交通東部丘陵線(リニモ)、中国の上海トランスラピッド、韓国の大田エキスポ科学公園線の3線。ドイツ、英国、米国でもかつては研究開発が行われていました。 一方、鉄輪式は日本の数都市で地下鉄として実働中。カナダ、中国、マレーシア、米国等でも利用されています。空気浮上式の実用線はあまり聞きません。

さて、日本のリニア。開業すると品川・名古屋間の最短時間は新幹線の1時間28分から40分に短縮。品川・大阪間も2時間18分から1時間7分と半分以下になります。

沿線自治体や経済界の期待も高く、成功必達ですが、課題も直視し、解決に取り組まなくてはなりません。

ひとつは採算性。利用客数は東京・名古屋間の往来の必要性や重要性に依存するうえ、建設コストも影響します。電力も新幹線の3倍以上を必要とするそうです。

2020年東京五輪に伴う人手不足・資材不足による人件費・資材費高騰、経済情勢(円安等)を映じたコスト上昇が採算を左右します。新幹線への影響も勘案し、トータルでの採算も気になるところです。

難工事も課題。品川・名古屋間286kmのうち86%がトンネル。南アルプス地下のトンネル建設は容易でないうえ、地震や火山活動、断層の影響等にも留意が必要です。

自然への影響も課題として指摘されています。南アルプスはライチョウや絶滅危惧種のイヌワシの生息地。工事による生態系や水系への影響、トンネル掘削に伴う大量の残土処理等、課題は山積しています。

世紀の大事業です。喜ばれ、活用され、付加価値を生み出す新交通網にしなくてはなりません。とりわけ、東京一極集中が国全体の構造問題となっている日本。リニアで東京一極集中がさらに加速するようでは、成功とは言えません。

だからこそ、名古屋市・愛知県・東海地方の責任は重大。2027年から2045年大阪延伸までの18年間、東海地方が東京一極集中を是正する方向で発展できるか否か。地域の問題にとどまらず、日本全体の未来を左右する一大事です。

2.ストロー現象

東の東京、西の名古屋。リニアで結ばれる東京と名古屋は、18年間、そういう構造で日本の国土軸となります。東京・大阪間で開業した1964年の新幹線とはそこが違います。

そこで気になるのがストロー現象(またはストロー効果)。新交通網の稼働に伴い、人口や産業が特定の地域に吸収される現象を指す言葉です。人口や産業が吸い上げられた都市や地域は衰退します。

この言葉は、瀬戸大橋開通前の備讃地域開発計画に参画した当時の通産官僚(小野五郎氏)のパフォーマンスが発端です。

小野氏は、開発計画の検討会合で「瀬戸大橋が開通すると小さい経済圏は大きい経済圏に吸引される」と説明し、自分(小野氏)を本州側、飲み物の入ったコップを四国側に見立て、ストローで吸引。「このように美味い部分は吸い上げられ、残されるのは氷だけでは困る」と発言したそうです。

「ストロー現象」は小売業における「ライリーの法則」とも関係します。米国の経済学者ライリーは、商業立地の分析を行い、「2つの都市A、Bへ流れる購買力の比は、AとBの人口に比例し、AB間の距離の2乗に反比例する」という法則を提唱しました。

「ライリーの法則」は非現実的、単純過ぎるという批判もありますが、人口、距離、交通網、産業基盤等が都市間競争の勝敗の鍵であることは間違いないでしょう。

さて、リニア開業によって「ストロー現象」は発生するのでしょうか。個人的には、以下の理由から発生しないと思います。

ひとつは距離が遠すぎること。近郊都市が大都市に吸引されるのとは異なり、東京・名古屋間は286km。通勤するにはコストがかかり過ぎ、東京に住むために転社・転職することは容易ではありません。

もうひとつは経済基盤が異なること。東京圏の基盤は商業、名古屋市・愛知県・東海地方の基盤は工業(ものづくり)。東京圏が東海圏を代替することは簡単ではありません。

しかし、そのことに胡座(あぐら)をかくことは禁物。「東の東京、西の名古屋」「商業の東京圏、工業の東海圏」という構造を維持・発展させていくための努力を、リニア開業の2027年までに十分に行うことが肝要です。

また、「ストロー現象」よりも「スプロール化(外延化)」「ドーナツ化(空洞化)」に留意すべきでしょう。スプロール(sprawl)とは都市が無秩序に拡大してゆく状況を表します。

「スプロール化」や「ドーナツ化」が進み、リニアの西の玄関口の都市機能が散漫としたものになれば、いっそ転職してでも東京近郊へ転居という動きがでないとも限りません。

「スプロール化」「ドーナツ化」を回避すべく、都市機能を集積させ、工業地域、居住地域、緑地帯を計画的に再整備することが、結果的に「ストロー現象」を抑止します。

ちょっと息抜きに雑学コーナーです。英語の「straw(ストロー)」の意味は「麦藁(わら)」。元々ストローの材料は麦の穂を切った麦稈(ばっかん)。要するに麦藁そのもの。

西洋では紀元前から麦藁が「ストロー」として使用されていたそうです。日本での発祥の地は岡山県。

前述の小野氏が、瀬戸大橋が岡山(児島)香川(坂出)間で検討されていたことに絡めてストロー吸引を行ったのであれば、なかなかの切れ者(確証は全くありません)。

3.ロールアウト

リニア中央新幹線工事認可の翌日(10月18日)、三菱航空機と三菱重工が開発中の旅客機「MRJ(Mitsubishi Regional Jet)」のロールアウトが行われ、試作1号機が公開されました。

全長約36m、全幅約29m、高さ約10m、全92席。1965年就航のプロペラ機「YS11」以来、半世紀ぶりの純国産旅客機です。

「ロールアウト」は公開、運用開始等の意味を持つ英単語。航空業界では運用開始ではなく、試験機が「ほぼ完成」という意味で使われているようです。来年には試験飛行を開始し、順調にいけば2017年第2四半期に全日空(ANA)に納入されます。

振り返れば長い道のりです。2002年に経産省が打ち出した「環境適応型高性能小型航空機」構想に三菱重工が名乗りをあげ、2003年から事業化がスタート。

2005年のパリ国際航空ショーで構想と縮小モデル機が展示され、競合企業やカスタマー国が注目。当初の2009年型式証明取得の目標から約5年遅れですが、いよいよ正念場。

愛知県を中心とする東海圏に航空宇宙産業国際総合特区を設置した当事者のひとりとして、予定どおり2017年の「ローンチ」(運行開始・発進)を期待しています。

「ローンチカスタマー(運行開始時の顧客)」として、全日空25機、トランス・ステーツ・ホールディングス(米)100機、スカイウェスト(米)200機、エア・マンダレイ(ミャンマー)10機など、現時点で407機を受注していると聞きます。

100席未満のリージョナルジェット機市場は、現時点で約5000機の需要(今後20年間)が見込まれており、競合他社も虎視眈々。ボンバルディア(カナダ)やエンブラエル(ブラジル)の先行機種と肩を並べ、MRJが世界ブランドになることを期待しています。

MRJロールアウトのニュースから4日後の10月22日、財務省が2014年度上半期の貿易収支統計を発表。5兆4271億円の赤字です。

上期ベースでは過去最大、半期ベースでも過去2番目の大きさ(過去最大は昨年下期の8兆7592億円)で、半期ベースでは7期連続の赤字。9月単月の貿易赤字(9583億円)も過去最大。赤字は27か月連続です。

液化天然ガスや半導体電子部品等の輸入額拡大が主因ですが、基調的な輸出不振も響いています。「円安で輸出ドライブ」という短絡的期待は「今は昔」。

主力の自動車は人口減少時代到来で国内需要が低迷。外需対応の生産拠点は海外移転。国内回帰は容易ではありません。となれば、新分野や新産業に取り組むのが合理的な結論。

自動車の新分野と言えば、来年から市場投入される燃料電池自動車(FCV)。普及には水素ステーション整備が不可欠であり、ドイツ、米国等でも急ピッチに設置が進行。日本でも遅ればせながら整備が加速しています。

FCVに不可欠の燃料電池技術は裾野が広く、現状では日本はその分野の先進国。輸出を含め、新分野のひとつとして期待できます。

FCV元年に当たり、この際、愛知県でPHV(プラグインハイブリッド自動車)、EV(電気自動車)、FCVの特区を気合いを入れて実現してみてはどうでしょうか。

リニアの「西の玄関」名古屋市は、PFV・EV・FCVしか走っていない自動車未来都市となれば、世界から見学者・視察者が大量に来名することでしょう。おまけにリニアと航空機の技術集積地となれば、「工業の東海圏」の面目躍如。

航空機では、ボーイング777・787の胴体・エンジン部分は、三菱重工・川崎重工・富士重工・IHI等がボーイング社のTier1企業(1次サプライヤー)として重要な地位を占めています。そこに連なる裾野も広く、中堅・中小企業への波及効果も期待できます。

低圧タービンやファン・圧縮機・燃焼器等のモジュールでは日本企業の伸長していますが、エンジンの最も重要な高圧タービン部分は外国企業(プラット・アンド・ホイットニー等の米国企業)の独壇場。こうした分野でも日本企業の今後に期待します。

名古屋駅が名鉄・近鉄・地下鉄・JR間の乗り継ぎ利便性を高め、セントレア(中部国際新空港)、小牧空港へのアクセスを改善してスーパーターミナル駅として進化。そのうえ、次世代自動車・リニア・航空機産業の集積地となれば、「西の名古屋」「工業の東海圏」は日本経済飛躍の土台となり得ます。頑張りましょう。

(了)


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