政治経済レポート:OKマガジン(Vol.359)2016.5.9

4月28日の日銀金融政策決定会合での追加緩和見送りを受けて円高、株安が進行。基調が変わったように感じます。GW(ゴールデンウィーク)明け後の市場動向から目が離せません。今回は基調変化の要因である日米中それぞれの動向を整理します。


1.人民網「日本病」

第1は中国要因。つまり、中国の景気減速です。日本での中国人観光客爆買報道に接していると実態を見誤りがちですが、中国国内の消費は低迷傾向が顕著になっています。

4月8日、中国政府は海外購入品の国内持込み税率を引き上げ。例えば、腕時計の税率は30%から60%に倍増。

中国国内消費を促すための対策であり、日本での爆買い減少要因。4月の日本の百貨店売上高は減少しており、影響が出始めていると見るべきでしょう。そもそも、円安が中国人観光客増加の主因。円高になれば、爆買減少は必定。

消費以上に懸念されるのが製造業。過去20年間に蓄積された過剰生産能力の結果、中国による鉄鋼等の海外ダンピング販売が横行。欧米諸国で問題視されています。

消費も製造業も低迷の背景は株と不動産のバブル崩壊。購買余力や鋼材需要の減少を中心に、今年の中国経済の総需要は昨年比約2割減少する見込みです。

株式市場に導入したサーキットブレーカー制度も奏効せず。株価のみならず人民元も下落。こうした中国経済の基調変化を受け、日本の株価も軟調に転じました。

中国国内の報道では自国の経済変調をあまり取り上げない一方、5月3日の「人民網」(人民日報ネットニュース)日本語版で日本経済に対する警鐘を鳴らしました。

記事のタイトルは「日本経済の停滞はすでに常態」「もはや日本病」。モルガン・スタンレー元アジア会長、スティーブン・ローチ氏のインタビュー記事として伝えています。

同氏は、FRB(米連邦準備制度理事会)、ブルッキングス研究所、ワシントン連銀、モルガン銀行、モルガン・スタンレー等を経た米国を代表するアナリストのひとり。

曰く、日銀は2年ぶりに景気判断を引き下げ、賃金上昇幅が昨年の半分にとどまり、物価上昇の兆しはなく、日本経済は「出口の見えないトンネル」の中。

「日本病」は過去の「オランダ病」「英国病」「ギリシャ病」などと酷似。物価低迷、内需縮小、投資不振、負債増大、歳入不足、産業空洞化、競争力低下、政策失敗、デフレや低成長から抜け出せない等々、トランプ氏並みの罵詈雑言といった感があります。

「平壌放送」ほどではないにしろ、「人民網」ですから割り引いて読む必要があります。しかし、日本経済の現状を鑑みると、真摯に受け止めるべき点も少なくありません。

つまり、第2は日本自身の要因。第1四半期(1月から3月)のGDP(国内総生産)は5月18日発表予定ですが、GW前に公表された直近の鉱工業生産や家計調査等の統計から推測すると2期連続マイナス成長は必至。

とくに消費支出が前年比5.3%減、7カ月連続の落ち込みは深刻です。鉱工業生産指数は前期比1.1%低下。出荷減少幅が大きく、在庫積み上がりが顕著。生産調整が長引く可能性が高いうえ、外需寄与度もマイナスの見通し。

今年2月は閏年のため、0.3%程度のGDP押し上げ効果。しかし、閏年要因を除くと第1四半期は実質マイナス成長の予想であり、第1四半期GDP成長率発表後は消費税率引き上げの再延期論が高まるでしょう。

第2四半期(4月から6月)もほぼゼロ成長の見通し。熊本地震によるサプライチェーンへの影響でマイナス成長になる可能性もあり、その場合は3期連続。

そうした中、4月27日、28日の日銀金融政策決定会合での追加緩和見送り。事前の期待が大きかっただけに、反動も大。期待を煽りすぎた黒田総裁の「身から出た錆」。

「目標達成のために何でもする」との大言壮語とは裏腹に、目標未達成を放置しての追加緩和見送り。黒田総裁の決意に対する市場の信頼は揺らいでいます。

黒田総裁は明言しませんが、マイナス金利政策の狙いのひとつが円安誘導であることは明々白々。にもかかわらず円高が進んでいることは、黒田総裁にとっては深刻です。

2.FANG

中国、日本、それぞれの要因が影響しているものの、今回の基調変化の第3、かつ一番根本的な要因は米国です。

米国景気も減速。第1四半期のGDP成長率は年率0.5%増に減速。設備投資と輸出も2期連続で減速し、個人消費も伸び率鈍化。4月28日のFOMC(米連邦公開市場委員会)は景気に対する表現を「減速」と下方修正。

そうした中、アップルの動向が気になります。同社の第1四半期決算は売上高が前年比13%減、純利益が同22%減。減産し、株価も急落。アップルの不振は日本の関連メーカー等にも影響しています。

アップル以外でも、米国市場をリードしてきたFANG株が変調。FANGはフェイスブック、アマゾン、ネットフリックス、グーグルの頭文字。

昨年の株価は、ネットフリックスが2.5倍、フェイスブックが4割上昇。割高なFANG株は利益確定売りを浴びやすく、高騰した反動で下落。PER(株価収益率)をみると、ネットフリックスは295倍、アマゾンは405倍。売られるはずです。

因みに、ネットフリックスは1997年創業のオンラインDVDレンタル及び映像ストリーミング配信会社(本社カリフォルニア州)。日本でも昨年9月からストリーミングサービスが開始されています。

英語の「FANG」は狼の「牙」、犬の「犬歯」、蛇の「毒歯」等の意味。先の尖った危ない物という含意。好調を牽引していたFANG株は市場にとっては「FANG」かもしれません。

日本への影響という意味で、米国要因最大のポイントはドル安円高。米国に投資マネーが集中し、ドル高円安となっていた流れは転換しました。

主要25通貨に対する通貨インデックスをみると、利上げ観測が広がる中でも米景気が堅調であったため、ドル高が1年半ほど継続。年初には2002年以来の高値を記録。

FRB(米連邦準備理事会)は昨年12月に9年半ぶりに利上げしたものの、追加利上げは見送り。利上げが遅れるとの観測もドルに向かっていた投資マネー逆流を誘発。

FRBは4月に景気判断を引き下げ、市場では年内利上げは1回にとどまるとの見方が増えており、「主要国唯一の利上げ国」というドル高を支えていた要因は変調。

ドルは引締め(利上げ)で買い、円は追加緩和で買い。市場の論理は矛盾に満ちていますが、過去3年のドル高円安の流れは米国の金融政策正常化(利上げ)志向と日銀の異次元緩和が生み出していたのは事実。両者の基調が変わったため、再び円安基調に戻ることは短期的には困難でしょう。

さらに、米国政府当局の姿勢も変化。ルー米財務長官が4月のG20(20カ国・地域財務相・中銀総裁会議)で円売り介入を牽制。4月29日に公表された報告書では日本を通貨政策の「監視リスト」入りさせました。

こうした当局の変化には、大統領選やTPP(環太平洋経済連携協定)批准を控え、ドル高を避けたいという米国の国内事情が影響しています。

中でも影響が大きくなりつつあるのが「トランプ現象」。日本に厳しい姿勢を示すドル安論者、言動が予測不能のトランプ氏が共和党大統領候補になる可能性が高く、本戦でも予断を許さない情勢。これが円高を呼んでいます。

3.切り札

トランプと言えば、日本人は遊びの「トランプ」を連想します。英語圏では「プレイングカード」と呼ばれています。

英語の「トランプ」の本来の意味はゲームの「切り札」。明治時代、西洋人がカードゲームをしながら「トランプ(切り札)」と発言するのを聞いて、ゲームの名前と勘違いしたのが名前の由来だそうです。

余談ですが、トランプ(カードゲーム)の起源はエジプト説、中国説など諸説ありますが、現在では中国説が有力。

古代中国に「葉子」というトランプの一種があり、これが欧州に伝わったとする説。中国からイスラム圏に伝来し、復員十字軍兵士等によって欧州に伝えられたようです。

日本伝来は室町時代末期。鉄砲等とともにポルトガルから伝来。ポルトガル語の「カルタ(英語のカード)」を音写して「かるた」。つまり「カルタ」は元々「トランプ」でしたが、やがて「和製かるた」に進化。

「カルタ」は賭け事(ギャンブル)として認識され、江戸幕府は「カルタ」を禁止。代わって登場したのが「花札」。本質的には同じ遊びですが、規制逃れのために変化しました。

明治時代に入ると禁止令が廃止され、欧米文化の象徴であるトランプは大流行。この頃から「カルタ」ではなく「トランプ」と呼ばれるようになったそうです。

余談は終わりますが、株価や日本経済の「切り札」になるはずだったマイナス金利。手持ちの「切り札」をゲームの対戦相手である市場に見透かされています。

マイナス金利付き量的・質的金融緩和を「近代の中央銀行の歴史上、最強の金融緩和スキーム」と自画自賛して憚らない黒田総裁。「効果を見極めるまでに3ヶ月から半年必要」と言っていましたが、既に3ヶ月。さて「切り札」の効果は如何に。

日銀の次の一手として、無秩序に日銀券や政府紙幣をばらまくヘリコプターマネーも話題になっています。こんなことが話題になること自体、末期的。「切り札」が「最後のカード」にならないことを祈ります。

株高を支えていた有力プレーヤーであった海外マクロ系ヘッジファンドの日本市場からの撤退も本格化。マクロ系ヘッジファンドとは、経済動向や金融政策を分析して株や為替の先物の短期売買を中心に行う外国証券会社等の投機筋。

4月28日の金融政策決定会合前は買い越し基調でしたが、追加緩和見送りが判明すると、即座に株高、円安方向のポジション解消に動いています。

そう言えば、日銀審議委員の「切り札」として就任した某氏。今日の週刊誌で学歴詐称が報道されています。情けないことです。

日頃、醜聞報道にはあまり関心がない方ですが、しかし、今回はそうはいかないかもしれません。某氏が東大に提出した修士論文(学生証番号5005)のコピーを見ましたが、あまりにも酷い。

タイトルは「ケインズ的経済成長の動学的性格、物価変動と貨幣的経済成長」ともっともらしいですが、本文は400字詰め原稿用紙4枚(80行)。

目次で6行使っています。「1.経済成長理論の問題点」「2.ケインズ的短期モデル」「3.経済成長の動学的過程」「4.問題点と今後の研究計画」。タイトルと目次だけ読むとマトモに思えますが、中身には絶句。作文にもなっていません。

「切り札」が効かない日銀の「切り札」審議委員が東大修士号取得の「切り札」とした原稿用紙4枚の作文。この作文で東大が修士号を授与しているとした場合、国立大学としての東大の責任も問われます。

「切り札」が学歴や理論を騙る(かたる)「カルタ(ギャンブル)」のような人材では洒落になりません。

こういう人物が跳梁跋扈することも「日本病」の病根です。自ら身を処すという「切り札」もありますので、「切り札」の「切り札」を期待しましょう。

(了)


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