政治経済レポート:OKマガジン(Vol.393)2017.10.20

解散、その後の混乱、告示後の選挙応援等で忙殺され、メルマガ作成の余裕もなく、月前半号がこのタイミングになってしまいました。8月後半の北欧調査では多くの収穫がありました。忘れないうちにメルマガに整理しておきます。このメルマガを読んでいただく頃には選挙後の混迷が始まっていると思います。それはそれとして、政策制度のブラッシュアップには今後とも地道に取り組んでいきます。


1.実験国家

スウェーデンでは、レーン、ランスティング、コミューンという3つの地方自治体が重要な役割を果たしています。1862年の地方自治法が契機となって誕生しました。

日本の都道府県に相当する地方自治体はレーンとランスティングの2つ。同じ地域がレーンとランスティングという2つの異なる地方自治体によって運営されています。

レーンは政府の出先機関。一方、ランスティングは住民の代表組織。両者の地理的境界線はほぼ一致しており、レーンは21、ランスティングは20。バルト海ゴッドランド諸島の扱いがレーンとランスティングの数の違いの理由です。

レーンはランスティングが行う業務以外を担当。例えば、道路建設等の公共事業、法律や行政の許認可、警察等の業務を担います。

レーンの最高議決機関は執行委員会。政府指名の執行委員長(日本の知事に相当)とランスティングが行う選挙によって選出される委員によって構成されます。

一方、ランスティングの業務の大半は医療及び保健(公衆衛生)。教育及び文化関連等の業務もあるものの、中心は病院の管理・運営等の医療。ランスティングの歳出の約9割は医療関連。例外的な民間病院を除き、病院は原則としてランスティングの施設。そして、医師、看護師は原則としてランスティング職員。言わば公務員です。

ランスティングの機能、レーンとの役割分担には地域差があり、地方分権が徹底しています。直接選挙によって選出される議員が医療を中心とした政策の企画立案・運営に携わるため、民意が行政に反映され易く、地方自治の典型と言えます。

レーンとランスティングの最高議決機関の構成人数には差があります。レーンは委員長(知事)を含めて最大12人。一方、ランスティング議会は人口によって定数が異なり、現在は最小31人、最大149人。

以上のとおり、レーンとランスティングは日本の都道府県に当たる地方自治体ですが、日本とは構造が異なり、役割分担も明確。住民自治(直接選挙)、地方分権の原則によって運営されているのがランスティング。

そのランスティングは、日本の市町村に当たる地方自治体であるコミューンの集合体です。住民との密着性の観点から、コミューンを第1次コミューン、ランスティングを第2次コミューンと呼ぶ場合もあります。

制度的には、ランスティングはコミューンの集合体ですが、両者は上下関係ではなく、対等な関係。コミューンの業務の中心は介護(高齢者支援)に関するものです。

コミューンの数は290。1862年の地方自治法の下、当初は3000近くあったそうですが、1952年と1962年の2回にわたって大合併を断行。

1回目の大合併で1037に縮小。2回目の大合併は1962年から12年間に亘って行われ、1969年からは国会決議による強制合併。大合併完了(1974年)時点の数は278。その後、合併に否定的だったコミューンが分割され、現在の290に収斂しました。

最高議決機関はランスティングと同様、直接選挙による議員によって構成される議会。4年毎の9月下旬、ランスティングとコミューンの議員選挙が国政選挙と同時に行われます。

国籍非取得者(外国人)であっても、同一コミューンに3年以上居住していれば、当該コミューンと所属するランスティングの選挙権が与えられます。

政府の出先機関であるレーン、住民の自治組織であるランスティングとコミューン。こうした統治構造の中で、スウェーデンは様々な分野の施策を試行。スウェーデンは「社会科学の実験国家」と言われています。時代や状況の変化に応じて、法律や制度を弾力的に変更することからそのように呼ばれるようになりました。

スウェーデンの女性政治家アルバ・ミュルダール(1902年生まれ、1986年没)が提唱してきた高負担高福祉国家。夫の経済学者グンナー・ミュルダール(1898年生まれ、1987年没)とともに1924年に共同執筆した著書「人口危機(Crisis in the Population Question)」を契機に福祉国家論を展開してきました。

約100年前にミュルダール夫妻の影響を受けて今日に至っているスウェーデン。グンナーはノーベル経済学賞(1974年)、アルバはノーベル平和賞(1982年)を受賞しています。

2.ノルディック・モデル

中央政府、ランスティング、コミューンの役割分担の下で運営されている医療・介護制度の「実験」は、今のところ成功との評価。OECD(経済協力開発機構)は他国が見習うべき成功例と評し、ノルディック・モデルと呼んでいます。

医療はランスティングの担当。医療に関する財政及びサービス提供の権能と責務は中央政府からランスティングに委譲されています。

例外的な民間病院を除き、原則として病院はランスティングが経営。ランスティングは医療サービスの適正化、効率化を担い、施策の詳細はランスティング毎に異なります。

プライマリケアと専門医療を明確に分別。プライマリケアの範囲は医療法で定義され、その9割はランスティング職員である医師(つまり公務員)によって提供されています。

医療サービスを、家庭医療(プライマリケア)、救急医療、選定医療、入院医療、外来医療、専門医療、歯科医療に7分類。精神病院は存在せず、患者は自宅や地域社会の中で療養するのが原則と聞きました。

中央政府の役割は大きくは2つ。ひとつは、診療ガイドラインや医療政策のアジェンダ(検討課題)を設定すること。もうひとつは、ランスティングの比較・評価を行い、そのデータを公開。横並び比較によってランスティングの自発的改善を促します。

医療財政は社会保険ではなく、一般税収を原資としています。医療支出のGDP比は約10%。日本が同水準の場合、50兆円の医療支出になります(現在は約40兆円)。

医療費の自己負担率はランスティング毎に決定。国が上限額を設定しており、外来診療は年間900クローネ(1クローネ14円換算で12600円)、入院は1日80クローネ(同1120円)、薬剤費は年間1800クローネ(同25200円)前後。19歳未満の子供は無料です。

全薬局が情報ネットワークで接続されており、国民は全ての薬局を利用可能。処方データは情報ネットワークで共有され、薬局は処方歴を参照しつつ、必要な薬のみを処方します。

ランスティングは民間病院の価格及び提供サービスの規制権限を有し、ランスティングと契約していない民間病院で医療を受けた場合には国の補助を受けられません。

スウェーデンも高齢化が進んでおり、人口構成比は65 歳以上が約18%、80歳以上は約6%。高齢者の介護はコミューンが所管しています。

病院(ランスティング側)が退院可と判断した患者が療養や介護が必要な場合、コミューンは一定期間内に患者を引き取る義務があります。遅延した場合にはコミューンにペナルティが課されます。社会的入院防止措置です。

1956年の社会福祉法により子供による親の扶養義務が廃止され、高齢者介護の責務はコミューンに課されました。コミューンが高齢者の住居を確保し、介護を担うことから、スウェーデンには基本的に「介護離職」は存在しません。

介護施設は高齢者の「住まい」という位置づけ。見学した施設は、健常者、学生等と同じ居住空間を共有する設計になっており、日本との発想の違いを痛感。「住まい」であることから、高齢者の居室には自宅から家具等を持ち込んで良いことになっていました。

医療・介護等に関連し、休業補償も特筆に値します。病気と診断された患者は、欠勤しても通常賃金を雇用者が保証。15日以上の療養になった場合には政府が賃金を保証します。

医療・介護以外の社会保障制度は各種手当を中心に運営されています。主なものとして、児童手当及び両親手当(16歳迄の子供の養育の金銭的支援、子供1人当り480日分の育児休業支援、子供の疾病及び障害に対する付加手当等)、傷病手当等があげられます。

住宅手当は特に重視されています。スウェーデン政府は国民が良好な住環境と基本的な生活を維持することを担保。例えば、年金生活者が住宅を賃貸する場合、政府が定めた最低生活所得を残し、残額で不足する賃貸費用分が住宅手当として支給されます。上限はありますが、日本の感覚に照らすと十分に良好な住宅が確保されています。

3.バイオ・ハッカー

スウェーデンの社会保障原資の大半は税金。歳出入の特徴を大雑把に整理すると次のとおりです。

国の歳出は、医療・介護等を含む社会保障(約55%)、教育(約15%)で全体の約7割。ランスティングの歳出の約9割が医療、コミューンの歳出の約5割が介護、約4割が保育・教育。歳出面における国民の納得性が高いはずです。

歳入では、GDPに占める租税率は約40%、社会保障負担を含めると約55%。現地で聞いた説明によると、日本円で月収約40万円(1クローネ14円弱で換算すると約3万クローネ)迄は地方税30%を負担するのみ。それ以上の所得には国税20%(高所得者にはプラス5%)が付加されます。

日本でよく聞く「スウェーデンの国民負担率は70%以上」という説明は、上記の租税負担率に雇用者(企業)負担の保険料等を加算したもののようです。現地で聞いた説明は、日本の関係省庁から聞かされる内容と齟齬があり、今後精査しなければなりません。

平均的国民は、納付した税・保険料の約45%相当が納付年中に、約40%相当は将来の各種手当・給付等によって本人に還元(サービス・給付等)され、残り約15%が他者への再分配に回ります。

スウェーデンの医療・介護等の福祉政策、及びそれを支える財政が上手く回っている背景について、いくつか気づいた点がありました。

第1に、医療・介護関係者の当事者意識。医療の場合、医師・看護師は原則としてランスティング職員。独自歳入(地方税)を原資にしており、不適正な医療制度運営をすれば、自らの立場を危うくするため、過剰診療等は発生しません。同時に、直接選挙の議員が決定権、執行権を掌握しているため、住民ニーズを軽視することもありません。介護も同様。コミューンが独自歳入で運営し、医療と同様の現象が起きています。

第2に、医療・介護の財源が潤沢な背景に、不要不急の公共事業等の歳出を抑止する統治構造が寄与しています。

ランスティングやコミューンは日本の都道府県や市町村と異なり、公共事業は行いません。道路建設等の公共事業を担うのはレーン。国の歳入の範囲内で事業を行います。

日本は国の補助金目当てに都道府県や市町村が不要不急の公共事業を行い、自主財源も投入。スウェーデンはそうした現象が生じるインセンティブのない統治構造になっています。

因みに、1960年から2015年(56年間)の日本の公的資本形成対GDP比は7.7%、実額で1389兆円。同時期のG7他6ヶ国合計の同比は3.9%。仮に同比が6ヶ国並みであった場合の上記実額は704兆円。差額685兆円が他の目的に使うことができた計算になります。

これは実額を積算したものであり、現在価値に換算すると1032兆円 。欧米比で言えば、それだけ過剰に公共事業を行っていたことになります。当該予算を教育や科学技術、社会保障等に投下していれば、現在の日本はずいぶん違う姿になっていたことでしょう。試算の詳細は執筆中の拙著で紹介します(来年初出版予定)。

第3は、「国民番号制度」の定着。スウェーデンは「国民番号制度」の導入が最も早かった国。制度に対して国民の抵抗感はありません。

「国民番号制度」は、税、社会保障、運転免許、各種行政手続(自動車登録、建築許可申請、出生届、婚姻届等)、年金や各種手当の申請・給付、医療機関予約等、幅広く使用され、社会保障制度の運営や見直しを円滑かつ容易にしています。つまり、「国民番号制度」が「実験国家」を支えています。

IT技術の発展により、「国民番号制度」は更に進化。最近では、人間の体内に国民番号を記録したマイクロチップを埋め込んでビジネスや行政に活用することを実用化。社員の出退社記録や鉄道の車内検札等に実際に利用されています。驚きました。

スウェーデンには、マイクロチップを体内に埋め込んだ「バイオ・ハッカー」が既に多数存在しており、彼らの一部がそうした機能やサービスを利用しています。

「ハック(hack)」という単語はコンピューターの「ハッカー」「ハッキング」を連想させますが、バイオ・ハッカーの「ハック」は「調べて活用する」というニュアンス。不正侵入等の「ハッキング」は、正確には「クラッキング(cracking)」。バイオ・ハッカーは「人間の生物学的機能を知り、有効活用する人」という意味のようです。

第4は、移民の影響。スウェーデンの人口構成は高齢者1人に対して勤労世代3人。出生率1.94人で少子高齢化が進んでいるものの、人口は移民によって増加を続けています。

移民はスウェーデンの人口増加と文化変容の源泉。2011年の統計によると、総人口の2割強(約200万人)が外国ルーツ。現在の国王(カール16世グスタフ)もルーツは外国。シルヴィア王妃も父はドイツ人、母はブラジル人です。

しかし、移民増加は他の欧州諸国と同様、国内に軋轢を呼んでいます。移民排斥を主張する政党が2010年総選挙で国政に進出(20議席獲得)。2013年には移民問題に絡む暴動が発生し、2014年総選挙で上記政党が49議席に躍進。今後の展開は予断を許しません。

第5は、公務員比率の高さ。勤労者に占める公務員比率は3分の1(33%)超(日本は10%弱)。医療・介護等の福祉事業が公務部門に含まれ、この分野に女性が進出し、女性の労働参加率(勤労比率)向上(約80%)にも寄与(日本は約50%)。スウェーデンにとって福祉国家と男女平等は、それ自体が国家と経済を支える重要な社会構造です。

単純比較はできませんが、日本が参考にすべき点が多々あります。今後も調査を重ね、日本の政策制度への反映を検討したいと思います。

(了)

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