政治経済レポート:OKマガジン(Vol.433)2019.12.5

グーグル共同創業者のラリー・ペイジ氏とセルゲイ・プリン氏が退任。ともに46歳。後任はインド出身のスンダー・ピチャイ氏、47歳。年齢や国籍を問わない米国の企業・産業・社会のダイナミズムは、日本にないものです。メルマガ前号の外国人労働者問題も含め、日本をどういう国にしていくのか。立法府、行政府ばかりでなく、経済界や日本人自身の覚悟も問われています。


1. カーボンナノチューブ

技術革新、産業構造の変化が加速しています。その中で、新技術に日本が先鞭をつけながら、実用化では後れをとる失態が続いています。このメルマガの関心事項のひとつです。

日本は1980年代から90年代にかけて、世界に先駆けた第5世代コンピュータ開発プロジェクトに染手。しかし、戦略や投資方針が曖昧であったこと等を背景に失敗。成功していれば、AIでは日本が先行したでしょう(メルマガ396号<2017.12.4>)。

グーグルが実証実験に成功した量子コンピュータ。日本企業は20年も前に同種の実験に成功していながら、今や後塵を拝しています(同397号<2018.1.2>)。

EV(電気自動車)に必須のリチウムイオン電池。数年前には日本企業が世界トップシェアを誇っていましたが、昨年、中国新興企業に先行を許しました(同413号<2019.1.9>)。

半導体産業も激動(同410号<2018.11.24>)。英国アーム社(同364号<2016.7.15>)の半導体設計、オランダASML社(同431号<2019.11.14>)の半導体製造装置等の分野では、日本企業が追走できなくなりつつあります。

4Gまでは常にアジアの先頭を走っていた日本。5Gを巡る動きにも繰り返し着目(同365号<2016.8.9>409号<2018.11.13>421号<2019.5.10>431号<2019.11.14>)。5G商用化はとうとう中国に後れをとりました。

それでも、半導体素材であるシリコン分野ではドイツとともに依然として優位を保つ日本。しかし、シリコン半導体の微細化も限界に達しつつあることから、代替半導体素材を日本が開発することの重要性を指摘してきました(同410号<2018.11.24>)。

ここにきて、代替素材についても日本が先行していたのに、今や米中の後塵を拝していることが顕現化。カーボンナノチューブ(Carbon Nano Tube<以下CNT>)です。

先月25日の経済紙に「日本発素材のCNT、脚光浴びるも研究開発は米中牽引」との記事が報じられました。この記事を契機に株式市場でも関連銘柄が注目を集めています。

CNTは「カーボン(炭素)」「ナノ(ナノメートル<nm>)」「チューブ(円筒)」の合成語。文字どおり、炭素がナノメートル単位の細さで管になっている構造が名前の由来です。

CNTの直径はナノメートル単位であるため、電子顕微鏡で観察する極小世界。「ナノ」はギリシャ語で「小人」という意味。人の髪の毛の5万分の1の太さです。

1ナノメートルは10億分の1メートル。分子や原子と同程度のサイズであり、生物のDNA分子の直径は2ナノメートル程度です。

CNTに関する研究は、1952年にソ連で始まっていたと言われています。この頃の資料に、ロシア人科学者によるCNT関連と思われる写真や文献が残っています。東西冷戦の中、その詳細が西側諸国に紹介されることはなく、研究の詳細はよくわかっていません。

それから約20年後の1976年のフランス。日本の遠藤守信フランス国立科学研究センター客員研究員(当時、信州大学工学部助手)がCNTの存在を世界で初めて実証。

1982年、遠藤氏はCNTの生成を連続的に行う量産方法(触媒化学気相成長法)を考案し、1987年に特許取得。しかし、CNTの構造解析は未了の状況が続きます。

この間、米国では、1979年にペンシルベニア州立大学の米国科学者がCNTの特殊性を解析、1981年にはソ連科学者がCNT表面の幾何学構造を解析、1987年には再び米国科学者がCNTの太さや応用性について分析する等、研究は徐々に進展。

そして1991年、物理学者で化学者でもある飯島澄男NEC筑波研究所研究員(現在は名城大学終身教授)が透過電子顕微鏡(TEM)を駆使してCNTの構造解明に成功しました。

因みに、炭素原子による球状の「フラーレン」の発見は1985年、筒状の「CNT」発見は1991年、シート状の「グラフェン」分離に成功したのは2004年。

フラーレン研究の3科学者は1996年にノーベル賞受賞、グラフェン分離に成功した2科学者は2010年にノーベル賞受賞。

CNTの構造を解明した飯島澄男博士もノーベル賞候補と聞いています。

2.オールマイティ

炭素で組成された物質は多数あり、身近なものでは鉛筆の芯(黒鉛)やダイヤモンド。同じ炭素でも、結晶構造が違うと軟らかい黒鉛になったり、硬いダイヤモンドになります。

黒鉛はシート状に結合したグラファイト構造。結合が弱く、すぐに剥がれます。一方、ダイヤモンドはピラミッド状(正四面体状)に結合。上下左右の結束が強い構造です。

黒鉛は掌(手の平)を合わせたイメージ。ダイヤモンドは両手を組んで、しかも周りを結束バンドで固めたようなイメージ。そのぐらいの強度差があります。

CNTも炭素から組成されており、いくつかの特長があります。第1は耐久力と強度。導電材料の銅と比べると、CNTは銅の1000倍の耐久力。さらに、ダイヤモンドより強く、鋼鉄の20倍の強度を有しています。

第2は軽さと柔らかさ。重さはアルミニウムの半分。引っ張っても千切れることはなく、放すと元に戻る柔らかさを兼ね備えています。

第3は通電性。CNTは銅の1000倍以上の通電性。銅が発熱して断線するような電気を流しても問題なし。銅の中を電子が通り抜ける時は散乱して電気抵抗が高く、早く移動できません。一方、CNTでは散乱もなく、高速で抵抗なく移動できます。

第4は微細性。現在のコンピュータLSI(大規模集積回路)の配線は銅。基板に溝を彫り、銅を流し込んで作ります。微細化が限界に達しつつありますが、配線素材としてCNTを使えば、直径がナノサイズなのでさらに微細化が可能です。

第5は熱伝導性と耐熱性。LSIは発熱します。配線はその熱を基板に逃がす機能も果たしています。CNTは銅の10倍も熱伝導性が高く、かつ空気中で摂氏750度、真空中で同2000度にも耐えられます。

オールマイティ(全能)な特長をもった素材ですが、欠点もあります。それは健康への影響。微細繊維状であるため、アスベストと同様の危険性があります。直接触れないようにする等の留意が必要です。

CNTの有害性は2008年の英科学専門誌「ネイチャー・ナノテクノロジー」が指摘。日本でも動物実験によって確認され、厚労省も発癌性物質に認定しました。

多くの特長を有するCNT。プラスチックやセラミックの強化材として使うことで、航空・宇宙等の分野で使用可能な複合材料を作ることが可能。また、電池材料としても有用性が高いと見込まれています。

そして、何といっても電子材料。新しい半導体として期待されています。CNTには金属型と半導体型の2種類があり、金属型と半導体型をうまく作り分けられない状況が続いていました。

最近、半導体型だけをうまく生産・利用できる技術力を有する企業が登場。代表例は米国ベンチャー企業ナンテロ(マサチューセッツ州)。同社はCNTを記憶素子に応用する技術を実用化したそうです。因みに、日本の富士通と協力関係にあると聞きます。

現在主流のフラッシュメモリーと競合しますが、CNT記憶素子は消費電力が4分の1以下。あらゆる電気機器が繋がるIoT時代に適した記憶素子と言えます。

今年8月、米マサチューセッツ工科大学(MIT)はCPU(中央演算処理装置)の回路を1万4千個以上のCNTを集積して開発。中国でも北京大学や清華大学等がCNTを使う演算素子を開発中。米中貿易戦争を背景に、両国の開発競争は加速かつ過熱するでしょう。

LSI以外では、携帯電話基地局の増幅器にも有用。5G実用化に伴って通信データ量が激増し、増幅器への負荷、加熱対策が課題。CNTはこれらの課題解決にも適しています。

日本のCNT研究は他の分野と同様、大学等での先端研究への国の支が乏しく、実用化に挑戦する企業も少ないと聞いています。本来は、産学官一体となって技術革新や産業構造改革に取り組む局面です。

複合材料、電池材料、電子材料以外の分野では、構造材料としても注目されています。アルミニウムの半分の軽さ、鋼鉄の20倍の強度、ダイヤモンドを凌駕する強度と弾性力は、宇宙エレベータ(軌道エレベータ)のケーブル素材に利用可能と期待されています。

宇宙エレベータは静止衛星と地上を結ぶというもの。静止衛星と地上を結ぶためには、それに足る軽くて強い素材が必要ですが、その素材として期待されているのがCNTです。

3.宇宙エレベータ

宇宙エレベータはロシアの物理学者ツィオルコフスキーがエッフェル塔から着想し、1895年に自著に記した構想。天に向って塔を建てていくと、静止軌道上で遠心力と重力が釣り合うと考えました。

1959年、ロシアの技術者アルツターノフは、静止軌道上からその上下にケーブルを伸ばす方法での宇宙エレベータ建設構想を発表。

当初は空想夢物語でしたが、近年、理論的には実現可能であり、技術革新によって手の届く域に達しつつあります。

宇宙エレベータにはロケットのような墜落、爆発リスクがないほか、大気汚染の心配もありません。

興味本位でポイントを整理すると、次のとおりです。人工衛星は地球の重力で下(内側)へ引っ張られる力と、遠心力で上(外側)に飛び出す力が一致して均衡。高度を維持して周回し続けます。

赤道上の高度約3万6千㎞を周る人工衛星は周期が地球の自転と同じ。地上に対して天の一点に静止しているように位置するため、静止衛星と呼ばれます。

静止衛星から地上へケーブルを垂らすと、ケーブルを吊り下げた分だけ下に引っ張る力が強くなり、落下します。

そこで、反対側にもケーブルを伸ばしてバランスをとれば、衛星は静止軌道高度を維持して回り続けます。このケーブルに取り付けられる昇降機が宇宙エレベータです。

技術的に宇宙から地上へ下ろす強度を持つケーブル素材がなかった間は空想夢物語。ところが、グラファイト・ウィスカー(針状炭素)等が発見されたのに続き、CNT発見によって実現性が高まりました。

まず静止軌道上に人工衛星を設置。地球側に伸ばしたケーブルが地上に達した後、それをガイドにしてさらにケーブルを何本も張って構造物を構築。大真面目に考えられています。そのケーブル素材がCNTです。

ケーブルの想定全長は約10万 km。下端(地上)、静止軌道、上端の3ヶ所に発着拠点を設置。上端の移動速度は当該高度での地球重力脱出速度を上回り、燃料なしで地球周回軌道から脱して惑星間軌道に飛び出すことが可能です。

化学ロケットは地球重力圏から宇宙空間に進出するのに莫大な燃料が必要です。原理的には、ロケット重量の90%以上を燃料が占めます。恒常的に大量の物資・人員を輸送するには非効率であり、それに代わる経済的輸送手段が宇宙エレベータです。

CNT発見後、実現に向けたプロジェクトが米国でスタート。嘘みたいな本当の話です。1999年にNASA、2000年にロスアラモス国立研究所が各々計画書を作成し、それらに基づいて開発企業(リフトポート社)がシアトルに設立され、研究開発、実験を継続中と聞きます。

また米国では、2031年実現を目指し、全米宇宙協会等が中心となって、関連国際会議や技術開発のための競技コンテストを毎年開催しているそうです。

日本でも2009年から宇宙エレベータ協会主催の技術競技会が開催され、2012年には大手ゼネコンが2050年実現を目指す計画を公表しています。

宇宙エレベータには、低軌道の人工衛星やスペースデブリ、航空機等との衝突リスクがあります。スペースデブリ回収や衛星情報共有等、国際的協力の下での対策が必須です。

宇宙空間は過酷な環境であり、宇宙エレベータも太陽光や宇宙放射線等による劣化が懸念されます。建設や維持管理のコスト水準は現時点では見積もり難く、宇宙エレベータの建設・利用に伴う便益に見合うか否かが問題です。

因みに、国際宇宙ステーションの建設・運用にはこれまでに1000億ドル(10兆円)以上の費用がかかっています。資材を全てロケットで打ち上げているため、専門家は国際宇宙ステーションの方が宇宙エレベータよりも高コストと見ています。

夢のような話ですが、きっかけは夢ではない日本の技術開発や企業・産業を巡る厳しい環境の話。日本の研究者やエンジニア、若者が夢を抱ける状況を生み出さなくてはなりません。

(了)

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