第193号(平成30年7月

皆さん、こんにちは。いよいよ夏ですね。暑い日が増えますが、くれぐれもご自愛ください。

昨年から知多四国八十八ヶ所霊場についてお伝えしているかわら版、今月は六十七番からです。

★大野城

六十六番から七十一番は名鉄常滑線大野町駅周辺。

大野町駅のひとつ南側の西ノ口駅の東、少し高台になった青海山に大野城がありました。

中世から戦国時代にかけて、大野氏、一色氏、佐治氏の居城となり、伊勢湾を見下ろす海運拠点として当地を支配していました。

佐治氏三代目の信方の正室は織田信長の妹・お犬。跡継ぎ与九郎の正室は、信長の妹・お市の娘、お江。

やがて信長の弟、織田有楽斎が城主となるなど、大野城は重要な戦略拠点でしたが、有楽斎が北方に大草城を建てたために廃城となりました。

早速家族に代参を頼むと、たちまち快癒。この霊験に因んで「むねなで大師」として信仰を集めています。

★三尊安置

六十六番から西に約一・四キロメートル、六十七番は松尾山三光院

一三一四年、小倉山蓮台寺十七坊の一院として創建。大野城の鬼門護持のための阿弥陀如来、聖観音、不動明王の三尊安置に由来して三光院と呼ばれました。

中一色氏、佐治氏の庇護を受けたものの、一六○○年、伊勢の九鬼氏が当地に侵攻し、兵火で寺は焼失。

本堂等の老朽化により、平成二十四年、蓮台寺の境内に移転しました。

ご本尊 聖観世音菩薩

ご詠歌 浮世をば 光照らせる大慈悲は 世にも輝く 小倉かなやま

★火防(ひぶせ)大師

六十七番から約一・○キロメートル、名鉄常滑線の西側にあるのが六十八番、龍王山寶藏寺

六十六番と同じく、聖徳太子創建の宮山金蓮寺九ヶ寺の一寺が縁起。

当寺の大師像は「火防大師」として名高く、篤く信仰されています。堂内には、信者が高野山から持ち帰った「消えずの燈明」が祀られています。

ご本尊 千手観音菩薩

ご詠歌 火のあとと 仏の顔は心して 再び三度 ふりかえりみよ

★願い石

六十八番から約○・四キロメートル、再び名鉄常滑線の渡ると六十九番、宝苑山慈光寺知多市に入りました。

一三九四年、大野城主・一色満範が菩提寺建立を発願。鎌倉円覚寺の清源和尚を招いて開創したのが縁起。境内には満範と清源和尚お手植えの椎の老木二本が並びます。

仏師春日定朝作のご本尊は「厄除観音」として信仰されています。

弘法堂前の「願い石」の細長い穴から大師像を覗いて祈願すると願いが叶うと信じられています。

ご本尊 厄除観世音菩薩

ご詠歌 結びつる 露に縁ある大草の里や慈光に照らされつあり

★大草のお地蔵さん

六十九番からまた東に約○・八キロメートル、七十番は摩尼山地蔵寺

行基菩薩が八世紀に開いたと伝わる古刹。弘法大師が彫ったご本尊は「大草のお地蔵さん」として信仰されています。

江戸時代の享保年間、お竹さんという盲目の女性が七日七夜参篭。お告げに従って井戸を改修すると、目が見えるようになった霊験が伝わります。

ご本尊 地蔵菩薩

ご詠歌 大慈悲の 誓願たてし地蔵寺の 仏の功徳 仰がざらめや

★めがね弘法

七十番から東へ約一・四キロメートル、七十一番は金照山大智院

聖徳太子開創の古刹。十五世紀に大野城主・佐治為永の祈願所となりました。

院の身代大師像は別名「めがね弘法」

一八六○年、目の不自由な老翁が祈願すると快癒。自分の眼鏡を大師像にかけたことがきっかけです。境内には用済みになった眼鏡を納める「めがね塚」もあります。

ご本尊 聖観世音菩薩・前立馬頭観音

ご詠歌 世の人の 仰ぐも高き大智院ふこう功徳の 仏いませば

★梅の名所、佐分里

来月は五札所が密集する佐分里に向かいます。梅の名所しても知られています。乞ご期待。

 

kobosan-kawaraban kobosan-kawarabankobosan-kawaraban kobosan-kawaraban