第195号(平成30年9月

皆さん、こんにちは。夏本番ですね。健康にはくれぐれもご留意ください。

昨年から知多四国八十八ヶ所霊場についてお伝えしているかわら版、今月は七十八番からです。

★亮山阿闍梨入寂の寺

五つの札所が密集する佐布里に別れを告げ、七十七番から名鉄常滑線古見駅方向に約二・八キロメートル、七十八番は宝泉山福生寺

七十八番と次の七十九番は、知多四国八十八ヶ所霊場を開創した亮山阿闍梨縁の札所として知られています。

亮山阿闍梨は一八四七年、当寺で入寂されました。

一九一三年に火災に遭い、堂宇をほとんど焼失した際、木造の大黒天が運び出され、堂裏の宝泉池の畔に安置すると突然豪雨が降り出し、火災が鎮火したそうです。

以来、防火、厄除の守護神「やけん大黒天」として信仰を集めています。

ご本尊 不動明王

幸よきを 祈りかいある福生寺 不動のこころ 夢な忘れじ

★第十三代住職・両山阿闍梨

七十八番からさらに古見駅近くまで西進すること約一・四キロメートル、七十九番は白泉山妙楽寺

一三九〇年、後花園天皇の勅願所として開創された古刹。七堂伽藍を備えた大寺院だったそうですが、戦国時代に兵火に遭い、豊臣秀吉には寺領を没収されて衰退。

一六三五年に当地に再興され、一八〇六年に亮山阿闍梨が第十三代住職となりました。

境内には四〇〇年以上前に地蔵池から出た「いぼ地蔵が祀られており、いぼの治癒にご利益があると信仰されています。

ご本尊 無量寿仏

磯辺ふく 松風の音も妙楽寺 波はしつやか 光るたのしさ

★開山所

七十九番には亮山阿闍梨を祀る開山所があります

昨年のかわら版でお伝えしましたが、亮山阿闍梨の生涯について復習しておきます。

一七七二年に犬山辺りで生まれ、その後、名古屋東照宮守護寺の天王坊二十六世亮厳法印に師事。

一八〇六年、妙楽寺第十三代住職となり、一八〇九年、お大師様の夢告によって知多四国八十八ヶ所霊場の開創を発願。

十六年の歳月を経て、一八二四年に大願成就。一八四七年三月十八日、奇しくも夢告発願と同じ日に七十八番福生寺で入寂しました。

★すがた弘法(影弘法)

名鉄常滑線に沿って北上、七十九番から約一・八キロメートル、朝倉駅を越えると八十番、海嶋山栖光院

十六世紀半ば以前に開創された古刹。一六二年建立の観音堂に祀られているご本尊、聖観世音菩薩は三十三年ごとに開帳される秘仏です。

大師像の祀られたお茶所。長年お接待用の竈を焚いていたところ、白壁にお大師様の姿が現れたという「すがた弘法(影弘法)」。今も写真で拝観できます。

境内から大師堂に登る石段の両側に続く白壁の築地塀が印象的です。

ご本尊 聖観世音菩薩

ご詠歌 ましませる 里の名さえも寺本の 仏の功徳 世にも遍し

★天室春公首座

八十番から名鉄常滑線と国道二四七号線を跨いで約〇・七キロメートル、寺本駅近くの八十一番は巨渕山龍蔵寺。知多市最後の札所です。

一六一七年、地蔵菩薩に深く帰依する京の公卿が当地に移り住んだことが当寺の縁起です。

近郷に病が蔓延した際、公卿が地蔵菩薩に平癒祈願。たちまち病が癒えたことに村人が感謝し、堂宇を建てて地蔵菩薩を奉安したことが始まりです。

公卿は開基の「天室春公首座」となりました。

ご本尊 地蔵菩薩

ご詠歌 昔より 優しきものと言い伝ふ 仏の御顔 深き慈悲相

★残る札所は七ヶ所

来月から東海市に入ります。残る札所は七ヶ所。頑張りましょう。乞ご期待。

 

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