元日銀マンの大塚耕平(Otsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです。
昨日(7月2日)、日銀の短観(企業短期経済観測調査)の最新データが発表されました。企業の景況感を示す業況判断指数(DI)は大幅に悪化し、景気の一段の減速が確認されました。小泉内閣は先月21日にいわゆる「骨太の方針」を発表し、構造改革の断行を目指しています。構造改革自体は不可避であり、確実にこれを実現していくことが必要です。しかし、社会が耐え切れないほどの混乱や痛みを伴うことのないような手順(政策の組み合わせ)で改革を行うことが期待されます。そうした観点から、構造改革と景気対策(マクロ経済政策)の適切な組み合わせが重要と言えるでしょう。
景気を考える場合、かつては「実質成長率」を基準にするのが一般的でしたが、今問題なのは「名目成長率」です。すなわち、2000年度の「実質成長率」はプラス0.9%、「名目成長率」はマイナス0.6%、「GDPデフレーター(実質成長率と名目成長率の差、物価動向)」はマイナス1.5%です。「名目成長率」と「GDPデフレーター」のマイナスは3年連続であり、このようなデフレ状態は先進国では19世紀後半の英国で発生して以来の出来事です。それでは「名目成長率」を上昇させるにはどうしたらいいのでしょうか?その実現ルートは2つあります。
第1は、通貨供給量を増やすルートです。これを意識して、政府の「骨太の方針」でも、「金融政策については、調整期間におけるデフレ圧力の状況も踏まえ、機動的な量的緩和策をとることが期待される」と明記されています。簡単に言えば、日銀がさらなる超金融緩和政策(国債買い切りオペの増額など)をとること、インフレを意図的に発生させることを意味します。
第2は、需要が増加することによって物価が自然に上昇するルートです。デフレにも良い面があり、生活物価が下がって消費者の購買力が増すことに繋がります。こうしたデフレのプラス効果や、減税に伴う消費余力拡大などによって需要が増加し、物価が自然に上昇していけば悪性のインフレにはなりません。
両者を比較すれば、第2のルートの方が好ましいと考える人がきっと多いことでしょう。しかし、「そんな簡単に需要が増加するのか?」という点がポイントです。結論を先に言えば、政策の手順を間違えなければ需要を増加させることは可能かもしれません(経済政策は「絶対にできる」とは断言できません)。例えば、減税を先行して実施し、その財源は歳出削減によって確保します。削減する歳出の対象が、経済効果の乏しい公共事業や適正に運営されていない特殊法人等への支出であることは言うまでもありません。そして、国民の消費意欲低迷の原因となっている「先行き不安」「老後の不安」を煽るような、社会保障関係の歳出の削減はとりあえず行わないことです。
現在の小泉改革は、この点を軽視して、必要なものも不必要なものも一律に取り扱おうとしている点、そして、第1のルートを想定している(意図的なインフレ発生を容認している)点が問題です。まずは、明らかに無駄な公共事業等を廃し(その過程では、非合法に利権を得ていた関係者の摘発が不可欠)、それを財源に減税を行い、経済が回復軌道に乗った段階、ならびに明らかに無駄な歳出が一掃できた段階で、それでも財政再建の道筋がついていなければ社会保障費等にも手をつけるというのが、適切な手順と言えます。政府の適切な対応を期待したいものです。
上記のレポートでお示ししたとおり、竹中大臣は「金融のさらなる量的緩和」、すなわち「意図的なインフレ」を発生させることを「骨太の方針」の中に掲げました。
当然のことですが、企業経営者は政府の経済政策に敏感です。6月28日(木)の日経新聞朝刊11面に、ある有力な企業経営者のインタビュー記事が掲載されました。「いずれ景気が持ち直してインフレになる。インフレを見込んで現在3700の店舗を早期に1万店に拡張する。これまでは土地はあまり購入してこなかったが、これからは出店のための土地購入も考える」という趣旨の発言が載っていました。そして、その企業の株が7月26日に店頭市場に上場されます。この企業経営者の敏感な読みが的中すれば、上場された株は一気に値上がりするでしょう。
その企業は日本マクドナルド社であり、経営者の名は「ベンチャーの神様」のひとりと言われる藤田社長です。
ここで、ちょっと気になることがあります。竹中大臣が日本マクドナルド社の未公開株を所有していることです。藤田社長にも、竹中大臣にも、きっと悪意はないことと思います。しかし、「経済担当大臣がインフレ志向の政策を立案する」、「そのインフレを見込んで企業経営者が株式上場、土地取得、経営拡大を目指す」、「その企業の未公開株式を経済担当大臣が所有する」という構図はいかがなものでしょうか?
上記のレポートのとおり、現在の日本は19世紀後半の英国と同様に、未曾有の状況に直面しています。国民に改革の痛みを甘受することを求め、世界第2の経済大国の命運を左右しようとしている経済担当大臣が、万が一にも国民から疑念を抱かれるような事態は避けなければなりません。竹中大臣は、所有する未公開株を国庫や福祉事業、環境事業などに寄付してはどうでしょうか?そのぐらいの覚悟がなければ、軽々に「国民に痛みを我慢しろ!」という資格はありません。「李下に冠を正さず」このことを竹中大臣に切に期待しています。
プラザ合意(1985年)後の円高不況対策として、当時の竹下大蔵大臣や宮沢大蔵大臣(おふたりとも、その後総理大臣にも就任)が長期に亘る低金利政策を採用し、その結果、インフレに伴うバブル経済が発生しました。そのバブル経済の中でリクルート事件や東京佐川急便事件などが発生し、多くの閣僚が未公開株の所有等によって不当利得を得ていたことは記憶に新しいことと思います。竹中大臣に悪意はなくとも、形式的にはそうした事件と同じような現象が発生する可能性があります。国民の一層の政治不信を招くことのないよう、竹中大臣には英断を期待しています。その覚悟をお示し頂ければ、さらに政策論議を深める意欲が湧いてきます。
不良債権処理に「公的資金再投入」を主張する塩川財務大臣と、「再投入は必要ない」とする森金融庁長官の間で意見が割れています。
既刊のOKマガジンでお伝えしたとおり、金融機関の不良債権のかなりの部分が、RCC(整理回収機構)に集められることになりそうです。しかし、RCCが最終的に損失を被る場合には、その穴埋めのために公的資金(国民の税金)が投入される可能性があります。また、個別の金融機関にも再度公的資金が投入されるかもしれません。
たしかに、日本経済の金融機能を維持するためには必要と言える面もあります。しかし、政府が訴えている「官から民へ」「自己責任原則」「市場原理による企業淘汰」といった方針に照らせば、公的資金の投入がなければ維持できない金融機関も「淘汰されるべき企業」に入るのではないでしょうか。契約者との予定利率を引下げなければ経営を維持できない(つまり、当初の契約を守れない)生保にも同様のことが言えます。
金融機関の破綻を招くことはできる限り回避すべきですが、以下の2点を堅守できるかどうかが小泉改革への国民の支持を左右します。
a.市場原理に基づく改革を徹底するならば、例外のない対応を堅守できるか(「一般企業は淘汰される、金融機関は淘汰されない」では国民は納得しない)
b.例外を認める(金融機能の混乱を回避するために金融機関は保護する)ならば、公的資金を投入する金融機関の経営責任を明確化する(最終的にRCCに大量の公的資金が投入される場合、RCCに不良債権を移した金融機関の経営責任も含む)
(了)