政治経済レポート:OKマガジン(Vol.10)2001.9.9

元日銀マンの大塚耕平(Otsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです。


おかげさまでOKマガジンも第10号になりました。第9号からのインターバルが少々短いですが、今週は日本経済の正念場です。再度、大塚耕平からのメッセージをお伝えします。少々長いですが、是非ご一読ください。

1.不思議の国「ニッポン」

内閣府が7日(金)に発表した4〜6月期の実質国内総生産(GDP)成長率は、前期比マイナス0.8%、年率でマイナス3.2%成長に減速しました。しかし、これに物価の動向を加味した名目GDP成長率はもっと驚くべき数字になっています。前期比マイナス2.7%、年率でマイナス10.3%と1978年以来のマイナス幅になっています。デフレ、すなわち物価下落が進行しているということです。

しかし、このニュースの前の日に、実はもうひとつ非常に興味深いデータが発表されています。国際労働機関(ILO)が6日(木)に発表した主要国の平均労働時間(2000年分、勤労者1人当りの年間平均労働時間)です。日本は、1842時間でした。10年前(1990年)の調査では世界最長だった日本の平均労働時間は、6位に後退しました。1位は韓国の2474時間、2位はチェコの2092時間、3位は米国で1978時間、その後、メキシコ、豪州と続いて6位が日本です。

さて、僕は現在41歳です。来月42歳になります。OKマガジンの読者には僕と同世代の方も多いことと思います。僕が学生時代の頃、あるいは社会人数年目のバブル経済の頃は、「日本はどうしてこんなに物価が高くて、労働時間が長いのか。欧米の勤労者は労働時間は短く、バカンスは長く、しかも物価は安いので生活コストや住宅コストも低い。日本は住みにくい!!」と仲間や同僚と飲みながら愚痴っていたことがよくありました。皆さんは如何ですか?

さて、もう1度、上記の2つのニュースを思い起こしてください。日本はとうとう、僕たちが待ち望んでいた「物価が安くて、労働時間が短い国」になったのです!!万歳!!・・と喜びたいところですが、日本経済が瀕死の状態にあることは皆さんご承知のとおりです。そこで政府は、構造改革を遂行して「失業者増加もやむをえない」と主張するとともに、デフレ対策として「インフレ政策を採用する」方向を打ち出しつつあります。失業者が増加すれば、労働市場の需給が緩和しますので、賃金は低下し、今までと同じ所得を得ようとすれば、より長い時間の労働が必要になります。「物価が安くて、労働時間が短い国」になったと思ったら、今度は「物価を高くして、労働時間を長くする」政策を採用しようとしているのです。一体、どういうことなのでしょうか?

こうした事態が、日本の問題点をくっきりと炙り出しています。日本は、物価が高くて、労働時間が長くないと経済がうまく回らないような仕組みになっていたのです。つまり、物価が高いということは、最終的に経済運営のコストを消費者、生活者に負担させることを意味します。サラリーマンも経営者も自営業者も、学校の先生もスポーツ選手も、みんな消費者、生活者としての側面を持ち合わせています。そして、消費者、生活者としての国民は、高い物価の下で生活していくために、長い時間を労働に当て、十分な所得を得ることが必要だったのです。

それでは、物価が高い原因は何でしょう?それが、構造改革のターゲットです。つまり、製造コストや流通コストを引き上げている様々な規制や慣行、あるいは行政指導といった日本経済、日本社会の仕組みです。そして、規制、慣行、行政指導が複雑多岐に亘っているために、それに携わる様々な公益法人、財団法人、官僚組織が肥大化するのです。いや、むしろ主客転倒していて、肥大化した官僚組織を養うために、規制、慣行、行政指導を意図的に複雑にしている面があるのです。まったく不思議の国「ニッポン」としか言いようがありません。

日本にはもうひとつ重大な問題があります。経済を動かす「燃料」は、企業活動(製造、流通、サービス)から生み出される利益と、その利益から経営者、勤労者(=消費者、生活者)が獲得する所得です。しかし、実は「燃料漏れ」が発生しているのです。そう、税金です。税金という「漏れた燃料」が、加工されてより強力な「燃料」として経済に再投入されれば構いません。「より強力な燃料」とは、生産力を高めるような産業政策とか、経営者や勤労者の労働意欲や生産性を高めるような税制構築とか福祉・教育政策に税金が投入されることを意味します。本来はそうあるべきなのです。そうであれば日本経済という飛行機は飛び続けることができます。しかし、実態はどうでしょうか?「漏れた燃料」は、あろうことか、外務省職員の宴会費用や外車に費やされていたのです。これでは、財政というエンジンが「燃料切れ」になり、飛行機が墜落するのも無理はないですね。

不思議の国「ニッポン」を普通の国「日本」にするためには、高コスト体質の原因を除去し、税金の無駄遣いを止めさせることが必要です。もうあまり時間はありません。飛行機の高度はどんどん低下しています。地上が見えてきました!!

2.ダウンストリーム(下降気流)からの離脱テクニック

そのうえ、日本経済という飛行機は、ダウンストリームにも見舞われています。7日(金)に発表された米国失業率が4.9%と大きく悪化(前月比マイナス0.4%ポイント)したことから、ニューヨーク株式相場も大幅に下落しました。ダウ平均終値は前日比234ドル99セント安の9605ドル85セント、5か月振りの安値です。週明け10日(月)の東京市場は、2週間続けてブラックマンデーの再来を予感させる展開となっています。このメルマガを読んで頂いている頃には、どのような動きになっているでしょうか。既刊のOKマガジンで指摘したように、機長(小泉さん)が月曜日の朝にも構造改革の「証」を示し、飛行機の推進力を回復させてダウンストリームから離脱するテクニック(腕前)を見せてほしいものです。「燃料漏れ」を直す決意を示すのも一案です。「燃料漏れ」の原因となっている部品(外務省)を解体し、新しいものと入れ替えると宣言するのも効果的です。乗客(国民)はきっと「安心」するでしょうね。国民の「安心」も実は「燃料」になるのです。

そんな緊急事態を目前にした週末に、あろうことかコクピットの副操縦士や機関士(塩川さん、竹中さん)がまた不可解な言動をして、内外の不信感を助長しています。塩川さんは、8日(土)、アジア太平洋経済協力会議(APEC)で「今年度の日本経済をマイナス成長にはしないこと」を国際公約としました。4〜6月期のGDP成長率がマイナスになったことは上記1.のとおりですが、一体どういう根拠があって今年度はマイナス成長にしないと言い切れるのでしょうか?小泉さん、竹中さんと調整はできているのでしょうか?約束したのは実質ベースでしょうか、それとも名目ベースでしょうか?国際公約というのは「守らなければならない約束」といことを理解しているのでしょうか?

竹中さんも8日(土)、前橋市内で開かれた「タウンミーティング」で、「不良債権問題は2、3年間での抜本的処理は難しい」と発言しました。「骨太の方針」の時と発言内容が180度変ってきました。柳沢さんの「7年で残高半減」発言と合わせたのでしょうか?方針を変えるのは構いません。しかし、どういう理由で変えたのかということを国民に説明する義務があります。「逃げ水政策」の罪は重いということは、前号のOKマガジンでご説明したとおりです。住宅金融公庫の民営化も難しいと発言しました。これも前言を翻しています。一体どうなっているのでしょうか?

小泉さん、ダウンストリームから離脱するためには、ご自分の操縦テクニックも重要ですが、コクピットのクルーに「信頼できる人」を配置することも大切です。但し、「信頼できる人」とは、小泉さんが「個人的に信頼できる人」ではないですよ。勘違いしないでください。「乗客(国民)が信頼できる人」という意味です。

(了)


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