元日銀マンの大塚耕平(Otsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです。
10月30日、総務省が発表した日本の9月の失業率は5.3%と過去最悪を記録しました。その直後、11月2日には米労働省が10月の失業率は5.4%となり、前月よりも0.5%ポイントも上昇しました。日本の不良債権問題と構造不況、米国のITバブル崩壊とテロ事件に端を発した経済の低迷は、どうやら世界同時不況の様相を呈し始めました。
米国では、株価低迷の折柄、90年代の米国経済を支えてきたストックオプション経営にも見直し機運が出始めており、ストックオプションを賃金制度の補完的位置付けに改める企業も見受けられます。一方、日本でも、これまでの経済政策や企業と社員の関係の限界が露呈しています。こうした事態に直面し、日本の政府・行政は、市場原理主義の徹底やストックオプション制度など、従来の米国型経営スタイルの導入によって構造改革を図ろうとしています。
しかし、本家の米国が従来型経営スタイルを変更しようとしているのです。日本の政府・行政の目指す方向性は、本当にこのままでいいのでしょうか。欧米諸国の先例を追い続ける日本の政府・行政の政策立案スタイルこそ、限界がきている気がします。今必要なのは、日本の現状にあった経済政策と企業と社員の新しい関係です
経済政策は、基本的な枠組みを変更することが必要です。これまでのOKマガジンでもご説明しましたように、経済政策は供給サイドの政策と需要サイドの政策に大別されます。これまでの日本の経済政策は、そもそも需要は十分にあるということを前提として、供給サイドの政策、つまり産業政策に力点を置いてきました。しかし、現在では、そうした過去の産業政策、つまり企業への様々な施策がかえって企業の競争力を弱めています。一方、かつてのように、需要はもはや十分にはないのが実情です。いくら企業が経営努力をしても、需要がなければ業績はあがりません。日本の経済政策は、供給サイドから需要サイドに力点を置く時期にきています。
このように申し上げると、「今までの日本は、典型的なケインズ政策、つまり減税や財政支出で需要創出型の経済政策を行っていたのではないか」と疑問に思う方もいるかと思います。しかし、日本の過去の経済政策の実態は、表面上は需要創出型でも、内実は供給サイド重視の産業政策中心であったのです。この点の理解が、国民の皆さんのみならず、政治家、官僚、学者の間でも定まっていないことが議論を混乱させています。
なお、いわゆる「サプライサイドの経済学」というのは、日本の過去の供給サイド重視の産業政策とは異なります。前者が企業の生産意欲向上を促す減税志向型であるのに対し、後者は、産業保護的な規制・補助金志向型だったのです。
それでは、日本の現状に合った企業と社員の新しい関係とはどのようなものでしょうか。経営側が社員の生産性向上のための教育に経営資源を投入し、社員側もそれに応えて真剣に生産性・効率性向上のための努力をする。こうした経営側と社員の相互努力、いい意味での家族的な企業の復興の必要性については、過去のOKマガジンで指摘したとおりです。今回は別の視点で考えてみたいと思います。
10月27日の日経新聞の12面に、「日本ゼオン労組、自社株1億円分購入、経営参画で発言力強化」という記事が載っていました。ストライキ用に積み立てている「闘争資金」の一部で購入したもので、労組が経営に参画し、株主総会での発言権や株主代表訴訟権を強化する狙いがあります。
(参考)「闘争資金」と言ってもピンとこない方も多いと思います。これは、労働組合がストライキを行う際に、ストライキ中の社員(=組合員)の給与を賄うために、予め積み立てている資金です。労働組合によって積み立て規模は異なりますが、少ないところで数日分、多いところでは1〜2か月分になります。非常時に備えた、労働組合の「引当金」のようなものだとお考えください。
「何、労働組合の発言権強化・・・」と顔をしかめる経営者の方もいるかもしれませんが、今や労使一体の時代に突入しています。会社がなくなれば社員も組合も困ります。しかし、社員を大切にしない会社では、社員の勤労意欲は薄れ、結局、生産性や効率性が低下して会社は繁栄しません。会社と社員は共存共栄の時代です。会社の業績のことを考えれば、安易にストライキなどできません。業績があがれば、社員も潤うのです。それでは、長年積み立てていた「闘争資金」を有効に使うにはどうしたらいいでしょうか。
過去には、「闘争資金」を運用して金利収入をあげ、社員の福利厚生に役立てるケースが目立ちました。また、こうした積み立て資金が増えすぎると、いろいろと問題も起きるかもしれません。
このように考えると、今回の日本ゼオン労組の選択は合理的です。「闘争資金」の一部と言わず、もっと大胆に自社株買いに投入することも一考に値すると思います。これまでも、上場企業を中心に社員持株会というものがありました。ただ、持株会は、社員側からすれば自社株の値上がり益獲得が目的であり、経営への参画ということは意識されていなかったような気がします。
これからは、社員が経営に参画する時代です。社員持株会や労組を通じて社員の持株比率を高め、社員代表を役員にするという発想が必要ではないでしょうか
今の日本経済、日本企業の構造問題のひとつは、経営陣の資質です。もちろん、有能な方もいると思います。しかし、高度成長期末期に中堅サラリーマン時代を過ごし、現下の厳しい環境への対応能力に欠けた人も少なくないと言われています。社員代表として中堅世代が経営陣入りすれば、顧客ニーズや業務の現場の問題により敏感に対処でき、かつ社員の志気を高める経営の実現に資するかもしれません。もちろん、役員にする中堅社員の資質、ローテーションにも細心の注意が必要です。
しかし、社員側がこんな工夫をしなくても、経営陣が自発的かつ実質的にそうした経営を行う会社がベストであることは言うまでもありません。
国の運営も会社の経営と同じだということは、常々申し上げているとおりです。そうしてみると、日本株式会社の経営陣である行政や内閣にも同じことが言えるのではないでしょうか。霞ヶ関は旧態依然たる年功序列でいいのでしょうか。内閣はなぜ高齢者が多いのでしょうか。塩爺が内閣の一員に座している場合でしょうか。石原行革担当大臣や中谷防衛庁長官は、中堅社員(=これから日本を支えていく世代)の代表として行動してくれているでしょうか。
本年4月の政府の「緊急経済対策」の中での要請を受け、過剰債務を抱えたり、経営が立ち行かなくなった企業の再建を進め易くすることを目的にした「私的整理に関するガイドライン」が策定されました。
6月7日に、金融界、産業界、学界、官界等の出身者によって構成される「私的整理に関するガイドライン研究会」という検討組織が立ち上げられ、9月19日に研究会の最終案が確定・公表され、ただちに適用されることとなりました。熊本県の中堅スーパーの寿屋が適用第1号となります。
「私的整理に関するガイドライン」とは何でしょうか。ちょっと堅い説明をしますと、私的整理とは、破産法・民事再生法・会社更正法などの法的破産処理手続によらずに、多数債権者と債務者の合意により、集団的に債権債務を処理する手続です。早い話が、昨今、大手ゼネコン等に対して行われている「債権放棄」に関するルールのようなものです。これまでは、そうしたルールがなく、ケース・バイ・ケースで内容が決められていました。
こうしたことがルール化されたこと自体は評価できます。しかし、今後、実際の運用に際して、様々な問題が出てくると思います。今回は、2点だけ指摘しておきます。
(1) 国税庁は、このガイドラインに基づいた債権放棄であれば金融機関の無税償却を認める方針です。一方、対象企業の選定条件は民事再生法よりも厳しくなっています。無税償却、すなわち金融機関に対する税負担軽減を行う訳ですから、対象を厳しく選定することは理にかなっています。しかし、問題は、誰がそれを認定するかということです。ガイドラインでは、認定は「主要債権者」が行うこととなっており、通常は金融機関です。金融機関が自ら「私的整理に関するガイドライン」の対象企業を選定する、つまり、貸出金を無税償却する対象企業を選定するということです。判断の公平性を如何に確保するのか、認定の恣意性を如何に排除するかが重要なポイントです。
(2) 債権放棄する債権者には政府系金融機関も含まれます。政府系金融機関が損失を被れば、結局は公的資金によって穴埋めされます。研究会の座長の高木新二郎氏(弁護士)は、「政府系金融機関の債権放棄は国民負担の増加に繋がるのではないか」という質問に対し、新聞紙上で次のように回答しています。「懸念はしている。ただ指針作りには財務省、金融庁、預金保険機構、経済産業省なども参加した。指針に基づいた債権放棄を政府系金融機関が拒否すれば、政府は自ら合意した事項を否定することになる」(10月16日付・日経新聞朝刊13面)。
この回答には、論理矛盾があります。合意したのは「私的整理に関するガイドライン」です。一体、いつ、誰が、「政府系金融機関の負担増=国民負担の増加」に繋がる「公的整理」の内容を合意したのでしょうか。そういうことなら、9月19日に最終案を確定・公表する前に、然るべき手続を経るべきではないでしょうか。ちょっと変だと思います。
民間金融機関にも既に公的資金が投入されていることを考えると、民間金融機関の債権放棄の場合でも公的資金に影響が及ぶことになります。そのように考えてみると、結局は「私的整理に関するガイドライン」という纏め方をするよりは、民事再生法の改正や特例として制度を整備した方が透明性が高かったと言えます。このガイドラインの今後の運用については十分な注視が必要です。
来年4月からペイオフが解禁される予定です(本来は本年4月から解禁の計画でしたが、信用不安回避を目的に1年延期されました。現在、与党内で再延期の議論も出ています)。ペイオフが実施されると、金融機関が破綻した場合、定期預金は1千万円までしか保護されません。お気をつけください。
預金保護に関しては、公金預金も例外ではありません。そこで、東京都は、公金預金を預けている金融機関の健全性を独自にチェックする第3者機関を作り、経営の実態等を金融機関から聴取し、経営状況に懸念があると判断した場合には公金預金を引き上げるとしています。いかにも石原知事らしいですね
しかし、この方針には少々疑問があります。その第3者機関はどのような権限に基づいて金融機関の経営情報を聴取するのでしょうか。他の預金者が知り得ない経営情報を、東京都だけが入手することは如何なものでしょうか。その情報をもとに東京都が公金預金を引き上げ、それがきっかけで当該金融機関が破綻した場合、他の一般預金者の預金が焦げつくことは公平性の観点から問題はないでしょうか(あなたの預金かもしれませんよ)。そもそも、そういう金融機関の監督は金融庁の仕事ではないでしょうか。第3者機関の設立・運営のために都の予算を使うことは、金融機関監督に関する行政の重複支出ではないでしょうか。
小さなニュースの中にも、いろいろな問題が見え隠れしています。
(了)