元日銀マンの大塚耕平(Otsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです。
今回の話題は3つです。最初の話題はちょっと長いですが、けっこう重要なテーマです。最後まで読んで頂ければ幸いです。
今週に入って株価の下落が続いています。日経平均は昨日(4日)は159円安、今日(5日)は156円安で9475円、また1万円割れが定着してしまいました。景気の低迷が一段と深刻になる中、12月の失業率は5.6%まで上昇し、6%台が視野に入ってきました。デフレ傾向も顕著になっています。
景気の「気」の字に象徴されるように、景気はムードに左右される要素が小さくありません。企業や消費者が「この先、きっと景気はよくなるだろう」という「期待」があって、はじめて前向きな企業行動や消費行動につながります。株価も同じです。
バブル経済の時期(1990年代初め)ぐらいまでは、政府や政策当局が持っている「情報」と国民(企業、消費者)が持っている「情報」には格差があり、「きっと政府はいろいろな情報を有しているので、財源を適切に使って有効な景気対策を行ってくれるだろう」という「期待」が、景気のアクセル効果をもたらしました。言わば、「情報」格差が景気対策に対する信頼を生み、先行きに対する「期待」を生み出したのです。
しかし、バブル経済の頃を境に、企業や消費者が接する経済に関する「情報」量は格段に豊富になり、官民の「情報」格差は縮小しました。企業も消費者も、根拠や裏付けのない楽観的な政府の見通しを信用しなくなりました。これが、90年代以降、130兆円以上に及ぶ景気対策を行ったにもかかわらず、一向に景気が回復しない要因のひとつです。
もちろん、十分な財源もないのに、経済効果の薄い(ちょっと専門的ですが、投資乗数効果の低い)公共事業ばかりを行ったことも景気回復につながらなかった要因です。景気回復につながらなかったばかりではありません。本来は企業の設備投資や個人消費に使うことのできた民間資金を、税金や国債として政府が吸い上げ、無駄な公共事業に費やした訳ですから、むしろ景気を悪化させたと言えます。
そんな中で登場したのが小泉さんでした。「無意味な公共事業を止め、皆さんの税金を無駄遣いしません。改革します」と絶唱して登場した小泉さん、「情報」格差がなくなって萎んでしまった国民の「期待」を、「言葉」で蘇らせてくれました。
しかし、よく考えてみれば、「言葉」によって生み出された「期待」も、結局は「情報」格差の問題と言えます。「小泉はやります」という本人が発した「言葉」による「情報」と、「実際はどのぐらいの実行力があるのか」という「情報」の間に格差があり、この「情報」格差が「期待」を生み出したのです。
(ちょっと独り言)小泉さん、自分のことを「小泉はやります」と3人称でしゃべるのって、子供みたいで、ちょっと「変」ですかあ・・・。あっ、でも、だから「変人」なのか。しかし、自分のことを3人称でしゃべるスタイルって、農水省や外務省のことを「他人事」のようにしている政治姿勢と首尾一貫してますよね。さすが、信念の人。
しかし、「言葉」によって創造された「期待」が「幻想」だったと分かってしまうと、「マイナスの期待」を生みだし、景気の「気」には、かえってブレーキ効果が働きます。「デフレスパイラルを止める、信用不安は断固として阻止する」と、施政方針演説でいくら「言葉」を発してみても、「じゃあ、どうやって止めるの、阻止するの」という具体的な内容が何もなかったので、「期待」は「幻想」に変わりかけています。
(またまた独り言)信用不安に関しては、そもそも、小泉さんも、柳沢さんも、「日本の金融機関に信用不安はない。大手銀行の自己資本比率は十分な水準を維持している」と再三発言していますよね・・・。どうして信用不安の心配をするんですか。それとも、「信用不安はない」という発言はウソだったんですか。ウソはよくありませんよね、ウソは。
小泉さん、「期待」を「幻想」に変えないでください。日本経済が現在のような状況にある中で、「期待」を裏切る罪は思いですよ。しかも、国民が勝手に抱いた「期待」ではありません。自らの「言葉」によって生みだした「期待」ですから、その罪は一段と大きいですよ。
「スパイラル」とは「螺旋(らせん)状」という意味です。ある傾向が、コイル(ばね)のようにグルグルと強くなったり、深まったりすることを意味します。株価のスパイラル的下落、デフレスパイラル、景気のスパイラル的悪化、不良債権のスパイラル的増加、政治不信のスパイラル的高まり・・・・・、日本経済はスパイラル的に悪化しています。小泉さん、あなた自身の「言葉」が生みだした「期待」を裏切れば、後世の歴史家は、21世紀初頭の日本の政治経済の混乱と低迷を、きっと「小泉スパイラル」と命名することでしょう。
読者の皆さん、「小泉スパイラル」の話は、けっして小泉さんに愚痴を言うための話題ではありません。「経済」が経済主体(企業や消費者)の抱く「期待」によって動いているというのは、経済理論の本質なのです。小泉さんが、日本国民の「期待」を萎ませないためには、「言葉」ではなく、自らの「責任」を示す必要があります。「責任」ある態度が、新たな「期待」を生み出します。
先週末にニューヨークで開催された世界経済フォーラム(通称、ダボス会議)で、参加者のひとりでもある米国国際経済研究所所長、フレッド・バーグステン氏が記者会見をしました。バーグステン氏は、米国きっての日本通、知日派です。
「日本はバンクホリデー(銀行の一時休業)を宣言、金融システムを一時止めて約半分の金融機関を閉鎖し、残った銀行に公的資金を注入するべきだ」と発言しました。
小泉さんは、バーグステン氏の発言をどのように受け止めているのでしょうか。バーグステン氏の発言は大袈裟で、日本の金融システムがそれほどの状況にあるという指摘はウソなのでしょうか。ウソであるとするならば、事実を明らかにしなくてはいけません。今回の外務省騒動で日本国民が体得した教訓です。
事実を明らかにしないまま信用不安が起きた場合には、「小泉スパイラル」を一層深刻なものとするでしょう。小泉さん、そろそろ、腹を据えて金融問題に一緒に取り組みませんか。
今日(5日)の日経新聞朝刊(5面)に、「交付税特会の札割れ防止、日銀に協力要請、財務省・借入証担保に」という、タイトルを見ただけで読む気のなくなるような記事が出ていました。読む気はなくなるかもしれませんが、これって、実は凄い内容なんです。
地方交付税特別会計の資金が足りず、民間から資金を調達するために入札を行ったけれども、入札に応じる人がいないので「札割れ」(入札に応じる人がいなくて、入札額に応札額が足りない状況)が発生したという話です。
しかも、それでも何とか借金をするために、「政府の借入証を日銀の担保にして欲しい。日銀が担保にすれば、資金の貸手は借入証を日銀で現金化できるので、貸してくれるかもしれない」という話です。長期国債オペの額を増やすとか、日銀が国債を直接引受けるという話と、本質的には同じです。でも、ちょっとマニアックな内容ですから、なかなか気がつきませんよね。
バブル時代以上の超金融緩和政策によって日銀が供給しているマネーは、銀行を経由して国債のファイナンスに回っています。資金繰りに苦しんでいる企業には回っていません。そのうえ、国はさらに日銀から資金調達をしたいということでしょうか。
小泉さんは、先週成立した平成13年度2次補正予算の財源を、国民全体の財産であるNTT株式売却益で調達しました。法律では、NTT株式売却益は国債の償還に当てることが決まっていました。小泉さんは、「うまいへそくりがあった」と悦に入った顔をして見せましたが、「へそくり」というのは、使い道が決まっておらず、使っても困らないお金のことを言います。国債償還に当てるべきNTT株式売却益は「へそくり」とは言えません。ここでも「言葉」で「期待」を生みだしていますね、小泉さん。
日銀は、この記事について、「現在、事務レベルでの検討を行っているところである」という公式見解を表明していますが、7日、8日の政策決定会合でアッサリ決定しないことを「期待」します。記事どおりの決定をすれば、日本の公共部門をさらに肥大化させるだけです。そんなことをするぐらいなら、日銀は企業金融市場に直接資金を供給するべきでしょう。困っているのは、国ではなくて、国を支えている民間経済です。財政法を事実上破るぐらいなら、日銀法を破って国民のために蛮勇をふるうことを日銀に「期待」します。
(了)