政治経済レポート:OKマガジン(Vol.25)2002.5.28

元日銀マンの大塚耕平(Otsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです。


通常国会はご承知のとおりの状況です。有事法制、医療制度改革、個人情報保護法と懸案山積です。衆議を尽くして、誤りなき対応に努めたと思います。しかし、有事法制に代表されるように、最近の閣法(内閣が提出してくる法案、つまり官僚の仕事のアウトプット)は詰めが甘いものが多くなった気がします。官僚の皆さん、官僚制度の悪い部分は改革が必要です。しかし、官僚制度なくして国は動かないというのも事実です。法扉(ほうひ)の名に恥じない仕事をしてください。誇りを持って、もっと頑張ってください!!

1.東京スタイルの株主総会

皆さん、村上世彰氏という方をご存知でしょうか。去る24日に新聞紙上を賑わした方です。僕もまだ面識はありませんが、以前から村上氏の活動には注目しています。

村上氏は元通産官僚で、現在は企業の合併・買収(M&A)を手掛ける投資会社を運営しています。投資「会社」というより、投資「ファンド」と言った方がいいかもしれません。村上氏は、投資家が本当に利益があがる企業に投資できる環境を日本でも構築したいという思いで活動していると伺っています。

その村上氏が、自らが実質筆頭株主となった婦人服大手の東京スタイルの経営方針を巡って、23日の株主総会で現経営陣と対立し、結局、現経営陣側が勝った格好となりました。日本では珍しい委任状争奪戦(プロクシーファイト)が展開されたようです。

村上氏は、「同社の現預金と有価証券は1200億円(年商の2年分)もあり、会社の資本や資産を有効活用した経営をしていない。そんなことなら株主に大幅に利益を還元してはどうか」という考え方から、1株500円配当を主張しました(従来は1株12.5円)。

一方、現経営陣は、巨額配当を行うと経営基盤が揺らぐ、過去の蓄積を現在の株主に還元するのは問題、といったことを主な理由として、村上氏の主張に反対しました。株主総会では、結局、現経営陣側の多数派工作が奏効し、村上氏の主張は否決されました。

今回の一件は、日本経済の再生に向けて重要な論点を含んでいます。

2.経済活動の3要素

基本的なことですが、経済(企業)活動は、技術力、労働力、資本力の3要素から成り立っています。

かつて、日本企業の技術力は世界一と言われていました。しかし、バブル崩壊後の低迷の中で、日本の技術力は「応用力」に過ぎず、基礎技術力やオリジナリティに欠けることが指摘されています。最近では、「応用力」の世界でも中国やNIES諸国に追い上げられ、製造業の空洞化が懸念されています。こうした状況を打開するためには、「セル生産方式」等に目を向け、発想の転換を図ることが必要であることは、過去のメルマガでも指摘したとおりです(2002年1月6日付、Vol.16参照)。

労働力については、高コスト化が問題になっています。日本の労働コストは今や世界一です。中国等に対抗するためには、労働コストの軽減は避けて通れません。但し、ただ単に労働コストを「低くする」ばかりでなく、勤労者ひとりひとりの生産性を向上させ、労働コストを「高くなくする」という選択肢もあることは、メルマガVol.11(2001年9月22日付)でお示ししたとおりです。

東京スタイルの件は、もうひとつの生産要素、つまり資本力に関して日本経済が抱えている構造問題を象徴しています。

3.「リスクマネー」が育たない国、日本

資本力に関する構造問題は、結論的に言えば、「日本ではリスクマネーが活かされない」ということです。「リスクマネー」とは、投資家がリスクのあることを承知のうえで、起業家や企業に投資する資金のことを指します。

「リスクマネー」が経済活動の中で有効に機能するためには、投資に対するリターン(報酬)が十分に得られることが必要です。「必ず儲かる」ということを意味しているのではありません。「リスクマネー」の提供者は、往々にして資金力のある資本家や投資ファンドです。「必ず儲かる」ことは期待していません。儲かることもあれば、損をすることがあってもいいと考えているはずです。但し、投資した先の業績がいい場合には、十分なリターン(報酬)が得られることがポイントです。ハイリスク・ハイリターン指向と言ってもいいかもしれません。そういうことを許容する企業経営が定着しないと、「リスクマネー」が経済や企業を活性化させることはないでしょう。

そうした観点から考えると、今回の村上氏の主張には一理あります。年商の2年分もの現預金と有価証券は、どのような経営的な意味があるのでしょうか。もちろん、いざという時の経営のバッファーとしての役割はあると思います。しかし、かなり過大ですね。これだけの「遊休資産」を有しているということは、現経営陣が経営資源を有効活用していないという指摘に繋がります。経営資源を極力活用して企業活動を活発に行うこと、あるいは、不要不急の経営資源は株主、つまり「リスクマネー」の提供者に還元することによって、「リスクマネー」が企業投資に向かうインセンティブを高めます。

現経営陣の主張にも理解できる面はあります。過去の蓄積を全て現在の株主に還元することは、公平性の観点から問題があるという反論はそれなりに合理的です。村上氏の主張は、この点でやや極端だったような気がします(「過ぎたるは及ばざるが如し」という感じです)。しかし、過去の蓄積がこれほど過大に存在するということは、これまでの経営陣が、株主への利益還元を十分に行っていなかった証左とも言えます。

日本経済が再生するためには、3つの生産要素のひとつである資本力に関する構造問題を直視し、これを解決することが必要だと思います。「リスクマネー」の投資インセンティブが高まるような資本市場や企業経営を実現すること、それが資本力に関する日本経済の課題です。

4.資本市場活性化の障害=銀行等保有株式取得機構

話はこれで終わりではありません。東京スタイルの株主総会は、日本の資本市場のもうひとつの構造問題も顕現化させました。

株主総会では、株主である銀行、生保が現経営陣側の保守的な考え方に賛成しました。日本経済の特徴である持合株主間の「連帯」を示した格好です。

ところが、不良債権問題に端を発し、ここ数年、金融機関が持合株式を手放しています。これが、過去数年の株式相場の軟調地合いのベースにあることは、読者の皆さんもご承知のとおりです。そこで、昨年秋の国会で、政府・与党は銀行等保有株式取得機構という組織を新設しました。銀行が放出する企業の株式を政府が買い上げるという仕組みです。

銀行が企業の株式を手放すことに対応し、企業側も「連帯」の証として保有していた銀行の持合株式を放出し始めています。銀行の株式相場が低下すると、銀行経営や不良債権問題にも影響するため、政府・与党は、上述の銀行等保有株式取得機構に企業が放出する銀行の株式も買い上げさせる法案を現在準備中です。

銀行と企業が株式を持ち合い、お互いに物分りのいい大口株主となり、経営資源の有効活用等を厳しく要求しないという「連帯」構造を構築していました。これが、日本経済が一般株主を軽視してきた原因であり、今日の日本経済低迷の一因です。いや、主因と言ってもいいかもしれません。村上氏は、この構造にメスを入れようとしているのです。

ところがどうでしょう。今度は政府が、銀行と企業、双方の株式を保有しようとしているのです。政府が物分りのいい大口株主になって、一般株主を軽視する構造を継続することになります。いったい、こんなことで、どうやって資本力に関する構造問題を解決することができるのでしょうか。どうやって、日本経済を再生できるのでしょうか。おまけに、銀行は持合株式を放出した分だけ、国債の保有量を増やすかもしれません。これでは、政府・与党と銀行の「株式・国債の持合構造」です。

小泉首相、あなたは構造改革を断行するのではなかったのですか。銀行等保有株式取得機構が銀行の株式まで取得することになれば、日本経済の再生はまた遠のきます。銀行等保有株式取得機構は、資本市場活性化の障害以外の何ものでもありません。それとも、そもそも法律名に「銀行等」と「等」の字が入っているということは、最初からその気だったということでしょうか。


「大本営発表」への独り言

竹中経済財政担当が景気底入れ宣言をしました。たしかに第1四半期のGDP統計はプラスになると思います。しかし、そもそも4期連続でマイナス成長だったために、発射台が低くなっています(竹中さん、就任時に「2四半期続けてマイナス成長にしない」とおっしゃたような気がしますが、僕の空耳だったんでしょうか・・・)。在庫調整が進んだだけという気もします。

森金融庁長官、昨日(27日)、銀行の不良債権問題の処理は終結したと宣言しましたね。ところで、森さん、大手4行の決算の内容、知ってますか(・・失礼しました。そりゃあ、知ってますよね。金融庁長官ですからね)。自己資本(TierⅠ)の89%は税効果相当分と公的資金ですよ。自己資本14兆2千億円のうち、正味自己資本は1兆5千億円しかないんでしょ。しかも不良債権額は過去最高になりましたね。自己資本の内容がこんなことでは、不良債権の処理原資がありません。どうして「不良債権問題の処理は終結した」と言えるんでしょうか。不思議ですねぇ。

読者の皆さん、この2つの「大本営発表」、覚えておいてください。

(了)


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