政治経済レポート:OKマガジン(Vol.42)2003.2.9

参議院議員・大塚耕平(Ohtsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです


イラク情勢、北朝鮮情勢とも緊迫しています。是非論は別にして、現実論として「外交はカードゲーム」です。各国国民はゲームのプレーヤー(自国首脳)に「賭け」ています。選択の余地のない「賭け=ギャンブル」です。日本国民が「賭け」ているプレーヤー=ギャンブラー小泉の「腕」と「運」がちょっと心配です。自分で考えずに、隣のプレーヤー(ギャンブラーブッシュ)と同じカードばかり切っているような気がします。これって、「他人任せ」とか「丸投げ」っていうことでしょうか・・・・。

1.労働コストと資本コスト:低いことはいいことか?

春闘の季節が近づいてきました。しかし、新聞やTVでは、連日「ベア断念」「定昇圧縮」といったニュースが流れています。

これまでのメルマガで何度もお伝えしましたように、企業と社員は一心同体です。日本企業の労働コストが高くなりすぎたことが国際競争力低下や業績悪化の「一因」であるとすれば、それを抑制するのはやむを得ないことです。社員自らがそうした議論と正面から取り組み始めたことは、日本経済再生にとって大きな前進だと思います。

ここでちょっと問題提起させてください。企業のコストは、労働コストと資本コストから構成されています。賃金抑制は労働コスト低下を企図したものです。社員側の自制心がそれを可能にしています。「勇気ある後退」だと思います。ところで、資本コストはどうだったのでしょうか?

1990年代半ばまで、日本企業は労働コストが高いにもかかかわらず、業績は好調で国際競争力がありました。どうしてでしょう。それは、資本コストが低かったからです。

「資本コストが低いのは結構なことじゃないか。そのうえ労働コストも低くなれば、日本企業もいよいよ復活だ」という声が聞こえてきそうです。しかし、残念ながら、話はそんな単純ではありません。労働コストを低くするのは社員側の自制で実現することです。経営陣はどんな努力をするのでしょうか?

実は「資本コストが低い」ということが、日本の企業経営が欧米企業に大きな遅れをとった「一因」です。「えっ、どういうこと?」と呟かれた読者の方が多いことと思います。

企業に対して資本を提供してくれた人(=投資家)は、当然、配当や利息などの「リターン」を期待しています。資本コストが低いということは、投資家があまり「リターン」を期待していないということです。そんなことってあるのでしょうか?次の項を読む前に、ちょっと考えてみてください。

労働コストが高すぎたことと同時に、資本コストが低すぎたことに日本企業低迷の「一因」があります。

2.自己資本と他人資本:資本コストはなぜ低かったのか?

企業の資本は自己資本と他人資本から構成されています。自己資本とは株が典型例です。一方、他人資本とは負債のことです。社債や借入金がそれに当たります。

自己資本のコストが低かったのはなぜでしょうか?株主は高い配当を期待していなかったのでしょうか?・・・「あっ、そうか」とお気づきの読者の声が聞こえてきそうですね。そうです、日本経済が誇った「株式の持合」が自己資本のコストを抑制していたのです。グループ企業同士、あるいは銀行と企業の間で株式を持ち合い、お互いに高い配当は要求しないという構造が自己資本コストを抑制していました。

それでは、他人資本のコストはどうだったのでしょうか。これも、諸外国に比べると相対的に低かったと言えます。そして、ここにもカラクリがあります。それは、金利水準が政策的に低く抑えられていたからです。護送船団方式の金融行政と金利の規制がそれを可能にしていました。

さて、資本コストが低かった結果、どういうことが起こったのでしょうか?資本提供者=投資家に高い「リターン」を払わなくていいので、経営陣の緊張感は弛緩(しかん)しました。経営陣のスキルアップや資本収益率を上げるための経営の工夫は欧米企業に比べて見劣りし、カルロス・ゴーンさんのような経営者を輩出することは少なかったのです(皆無とはいいません。立派な経営者もいらっしゃったと思いますが・・・)。

資本コストが低いことが、企業経営における「いい意味での緊張感」を失わせる結果になっていたと言えます。もちろん、高度な金融スキルを駆使するといった「自助努力」で資本調達コストを低くしていたのなら「低いことはいいことだ」と思います。しかし、実態は、「株式の持合」と「金利の規制」という「他人任せ」と金融行政への「丸投げ」の結果に過ぎなかったのです。これではギャンブラー小泉と同じです。

さて、社員側の自制心で労働コストの抑制が行われ始めた日本企業ですが、資本コストはどうなるのでしょうか?経営陣の努力やスキルアップはどうなるのでしょうか?経営陣の皆さん、社員の皆さんに「腕の見せ所」ですよ。

3.メガバンクの増資ラッシュ:三菱東京FGの公募増資はザブトン3枚

ところで、ご存知のとおり、メガバンクの増資ラッシュが話題になっています。自己資本不足解消のためには結構なことだと思います。4大メガバンクで2兆円近い増資が行われるそうです。すごいですね。でも、「自己資本は十分ある」と誰かが言っていたような気もしますが・・・。気のせいかもしれません。

増資は結構なことです。しかし、グループ企業や取引先企業に対して増資引受を要請するのはいかがなものでしょうか。それって「株式の持合」ではないですか?銀行は株式保有額に上限が設けられたほか、持合解消を進めていたはずです。その一方でグループ企業や取引先企業に増資引受を要請するのは、何だか矛盾していますね。

銀行の資本コストを低くすることは、当面の銀行の信用不安解消には役立つと思いますが、銀行経営者の緊張感を高めることにはなりません。長期的には、かえって銀行の信用不安を高める結果になるかもしれません。

そうした中で、三菱東京FG(フィナンシャルグループ)だけは、日米欧で公募増資をするそうです。誠に結構なことだと思います。頑張ってください。ザブトン3枚ものです。但し、公募増資を行うということは、高い「リターン」を期待する投資家から資金を集めることになりますので、資本コストは高くなります。

資本コストの上昇を労働コストの低下だけで穴埋めすることは「経営」とは言いません。資本収益率を高めるような経営陣のスキルアップと工夫が期待されます。これは銀行に限ったことではありません。日本企業、日本経済の再生は、社員側と経営陣双方の「自制心」と「自助努力」にかかっています。「他人任せ」と「丸投げ」では問題は解決しないのです。小泉さん、聞いてますか。

4.日本株式会社の労働コストと資本コスト

国の経営も会社の経営と基本的には同じです。日本株式会社の社長は小泉さん、社員は国民の皆さんです。日本株式会社の経営陣は、労働コストを下げる(国民の皆さんの所得を下げる)ことに必死になっているように感じるのは僕だけでしょうか。

資本コストが低すぎると経営陣の緊張感が緩みます。日本株式会社も同じです。それでは、日本株式会社の資本コストとは何でしょうか。

日本株式会社の経営資金=財源の中心は税金と国債です。増税や国債発行が容易にできるということが、日本株式会社にとって資本コストが低いということです。あまり資本コストを低くすると、経営陣(政府・与党)の緊張感が緩みます。経営陣の性根をたたき直し、気合いを入れるためにも、資本コストを高くしないといけません。増税や国債発行を容易にさせるのは好ましいことではないのです。

税金と国債よりも、もっと資本コストが低い財源があります。それは、日銀がお金を出すことです。日銀が安易に国債購入額を増やすことは、日本株式会社の資本コストを過度に低下させ、経営陣を弛緩させます。こうした資本コストの低下は、結果的に経営破綻を招き、将来、社員(国民)に大きなリスクを負わせることになりかねません。

喩え話で恐縮ですが、読者の皆さん、どうか本質をよくお考えください。

(了)


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