参議院議員・大塚耕平(Ohtsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです
北朝鮮情勢が緊迫しています。北朝鮮は核を保有していることを宣言しましたが、本当でしょうか。このメルマガでもかねてから申し上げているとおり、外交はカードゲームと同じです。さて、日本はどんなカードの切り方をするべきでしょうか。「ゲーム理論」のセオリーをヒントにして、頭の整理をしてみたいと思います。読者の皆さんも、是非一緒にお考えください。
「パレート最適って何?」という方や、「パレート最適かぁ、そんな単語、学生時代以来、久しぶりに聞いたなぁ・・・」という読者の方もいらっしゃることでしょう。「パレート最適」とは、イタリアの経済学者ビルフレード・パレートによって生み出された概念です。「自分が得をするためには、他人が損をしなくてはならない」状態のことを指します。
この問題で「日本が得をする」状態とは、北朝鮮が核を放棄する、北朝鮮が話し合い外交に応じるなど、日本のリスクが軽減するいくつかのケースが考えられます。いずれの場合も、その結果として、北朝鮮も日米韓から経済援助を受けたり、国際的孤立から解放されるなどの「得」を得ることができます。と言うことは、日本を基準にして考えた場合、現在の北朝鮮情勢は「パレート最適」とは言えません。
ところが、北朝鮮を基準にすると、風景が変わってきます。「北朝鮮が得をする」状態とは、核を廃棄したり、米中との交渉に応じることで、経済援助を勝ち取り、国際的孤立から脱出することです。その場合、日本に経済的負担が及ぶ(「損」をする)ことはほぼ確実ですから、北朝鮮からみると、日朝関係は「パレート最適」です。
どうやら非対称的な関係にあるようです。何か変ですね。どうしてでしょうか。
「またよく分からない言葉を・・・」と呟かれている読者の皆さん、申し訳ありません。もう少しお付き合いください。
「ナッシュ均衡」とは、ノーベル経済学賞を受賞したジョン・ナッシュが定義した概念です。「ゲームの参加者全員が最善の努力をしている」状態を指します。自分だけがその状態を抜け出す行動をとると「損」をすることになるような状態です。さて、日朝関係はどうでしょうか。
少し違う言い方をすると、日本が今と異なる行動をとると、「日本自身は何も得をしない、または損をする」あるいは「北朝鮮が得をする」状態を指します。米中朝の3カ国協議を尻目に、仮に日本が北朝鮮に強攻策をとると、日本自身が非難を浴びたり、3カ国協議における北朝鮮の交渉カード(「日本が挑発している」との口吻)にされる可能性があります。逆に懐柔策をイメージすると、日本から北朝鮮に経済援助を行うことになるでしょう。日本を基準にして考えると、何となく「ナッシュ均衡」のような気がします。
ところが、北朝鮮を基準にすると、やっぱり風景が変わってきます。北朝鮮が国際協調姿勢を示せば、諸外国からは賞賛を浴び、経済援助を勝ち取ることでしょう。逆に、更なる強硬な態度を示す場合、イラクと同じ運命を辿る可能性もありますが、日本や韓国が経済援助等の懐柔策に走ることも考えられます。いずれにしても、日本を基準にした場合と比べると、随分とその後の展開が異なるような気がします。
ここでも、日本と北朝鮮は非対称的な関係にあるようです。不思議ですね。
もうひとつ、「ミニマックス戦略」という概念をご紹介します。教科書的には、「マックスをミニにする」ということですが、「何のことやらサッパリ分からない」とお怒りの皆さん、あと少しご辛抱ください。別の表現の仕方をすると、「損失を最小にする」ということです(より正確に言えば、「最大の損失を最小化する」という意味です)。この方が理解し易いかもしれません。
さて、日本にとっての「ミニマックス戦略」は「北朝鮮からの攻撃による被害を最小にすること、極東情勢緊迫に伴う経済的打撃を最小にすること」でしょう。どんな戦略が考えられるでしょうか。例えば、ミサイル防衛網が整備されているとか、具体的、技術的な防御策が整備されていれば、それらの精度や性能を向上させることで被害を最小化するといった発想も考えられます。しかし、日本の現実を直視すると、おそらく、北朝鮮に対して懐柔策をとることによって、紛争勃発回避や緊張緩和を図ること以外に選択肢はないかもしれません。
一方、北朝鮮はどうでしょうか。北朝鮮の現体制にとって、「最大の損失」とは政権崩壊にほかなりません。政権崩壊を防ぐためには、イラクと同じ状態になることを避けることと、国民の支持を維持するために経済状況を好転させることが必要です。そのためには、強硬姿勢を維持して経済制裁が強化されることは得策とは言えません。「ミニマックス戦略」的には、明らかに国際協調姿勢に転換すべきでしょう。
日本、北朝鮮とも、「ミニマックス戦略」においては相手に対して柔軟な対応をすることが求められます。こうなると「チキンゲーム」です。ニワトリには申し訳ないですが、「チキン」は英語で「臆病者」を意味します。つまり、「チキンゲーム」とは、「怖くなって先に我慢できなくなった方が降参する」ことを指します。
日本側には北朝鮮を怖れる要因がありますが、北朝鮮側にはそうした要因がありません。ここでも日朝関係は非対称的です。
日朝関係が非対称的な理由は、そもそも持っている「情報」が非対称的だからです。北朝鮮の核保有は本当なのでしょうか。日本政府はその真偽を自ら判断できるだけの「情報」を持っているのでしょうか。過去の様々な出来事から判断する限り、日本政府が十分な「情報」を持っているとは思えません。米国に確認するしか手段はないのではないでしょうか。
仮に「情報」を持っていたとしても、明らかに北朝鮮の方がゲーム巧者です。米中朝の3カ国協議のテーブルに日本を座らせないことによって、北朝鮮は日本より多くのカード(例えば、米国カード、中国カード)を持っています。ゲーム運びの「実力」が違います。
日本政府、とりわけ外務省は、外交機密費など多額の予算を散在している割には「情報」収集能力や外交交渉の「実力」に疑問符がつきます。在外公館では、駐在武官(防衛庁職員)の収集した情報が外務省内部で滞留し、防衛庁や政府になかなか伝達されないとの内部批判も聞かれます。
日本が自立した国家として外交安保政策を行うためには、外務省をはじめとした構造改革がまだまだ必要です。民間ばかりに構造改革を強いることなく、政府自身に「まず隗より始めよ」の心構えがなければ、日本外交の機能不全は今後も続きます。
(了)