参議院議員・大塚耕平(Ohtsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです
今年もあと僅かになりました。主要な民間シンクタンク15社の来年度の経済予測が出揃いました。成長率の15社平均は、実質で1.2%、名目で0.6%、いずれも、今年度実績見込みの2.1%、0.7%を下回ります。日本経済にとって気になることは、景気の先行きだけではありません。企業のディスクロージャーを巡る不祥事です。
今年10月、パリで開催されたOECDのコーポレートガバナンスに関する会議に出席してきました。その際、英国の国会議員を含む複数の出席者から「日本企業のディスクロージャーは著しく信頼性に欠ける」と指摘され、日本からの出席者としていたたまれない思いでした。それなりに反論もしましたが、西武鉄道や日本テレビ等の有価証券報告書虚偽記載事件が発覚し、彼らの指摘が正しかったことを認めざるを得ません。残念なことです。
こうした事態の背景、とくに西武鉄道事件の遠因を理解するためには、1990年(バブル経済)頃までの日本経済を支えてきた2つの特徴を認識する必要があります。
ひとつは、ストック経済です。ストックとは主に土地と株です。企業が土地や株を取得し、それらが値上がりすることで資産価値が高まります。それを担保に借入し、その借入でさらに土地や株を取得します。この繰り返しでスパイラル的に企業体力、ひいては国全体の経済力を増してきたのが1990年頃までの日本経済の仕組みでした。
もうひとつは、株式持合いです。企業規模の拡大に伴って、多くの企業が資金調達のために株式市場への上場を目指しました。しかし、市場で資金調達するということは、発行済み株式数を増やすということであり、株主の数が増えるということです。そのため、経営の安定確保を図って、多くの企業が安定株主づくりに腐心しました。その手法が株式持合いです。持合いの相手は、銀行やグループ企業でした。
西武鉄道はこの2つの特徴を見事に活用した企業です。正確には、西武鉄道というよりも、その親会社のコクドを中心としたコクドグループです。次々と土地を取得し、資産規模を高めていきました。その原資は借入や市場調達です。そして、発行済み株式数の増加に伴い、安定株主づくりに腐心した結果が今回の事態です。
日本経済とコクドグループの栄光と挫折は、インフレ体質のストック経済、株式持合いに象徴される不透明なディスクロージャー、この2つの特徴を抜きにして語ることはできません。
是非は別にして、2つの特徴を強みにして日本経済は現に繁栄しました。ご存知のとおり、バブル経済の頃には、ジャパン・アズ・ナンバーワンなどと言われるまでになりました。
国際社会は、基本的に経済的繁栄を競い合っています。日本のひとり勝ちを黙って見ているわけがありません。2つの特徴を打破するために対抗策が講じられました。
ひとつは、ストック経済対策としてのBIS規制です。土地や株をたくさん保有している企業が強いのは、それを銀行が担保にするからです。そこで編み出された対抗策が、銀行の自己資本に対する規制強化でした。土地や株を担保にした貸出を抑制するメカニズムを組み入れた規制です。地価や株価が上昇している時にはあまり効き目がありませんでしたが、バブル経済崩壊とともに、この規制が強烈に効いてきました。読者の皆さんも今やよくご承知のとおりですので、これ以上の説明は必要ないと思います。
もうひとつは、会計基準やディスクロージャーの厳格化を中心としたコーポレートガバナンスの強化です。基本的には誰も反対できない流れですので、1990年代以降の国際経済社会はこの方向に沿って進んでいます。
株式会社は社会的存在であり、株主や顧客に対して経営内容等に関する説明責任があります。上場企業になれば、さらに厳格なディスクロージャーや説明責任が求められます。当然のことです。
したがって、例えば、資金調達ニーズの乏しいオーナー企業などは、本音では株式会社化や上場を望んでいない先が多いのではないでしょうか。なぜなら、必要以上のディスクロージャーを望まないからです。しかし、上場企業でなければ一人前ではないという根拠の薄い「企業社会の信仰」が、意味もなく企業経営者を上場に駆り立てます。
コクドグループは、2つの特徴や2つの対抗策、これら全ての呪縛にはまりました。2つの特徴を活用していた以上、2つの対抗策がストレートに効いてきました。
典型的なオーナー企業ですから基本的には上場インセンティブはありません。しかし、子会社の西武鉄道は資金調達のために上場してしまったので、ディスクロージャーを求められました。その結果、持合いの実態を明らかにしたくないコクドグループは、必然的に有価証券報告書の虚偽記載を行ったと言えます。
国際経済競争はスポーツのようなものです。ルールが決まっています。スポーツに詳しくない方には恐縮ですが、喩えて言えば、1990年頃まで、ボールを抱えて走ることが許されていたラグビーをやっていた日本企業が、1990年代以降、サッカーのリーグ戦に参戦したようなものです。ボールを抱えて走れば、当然、審判から反則を告げられます。
ところで、今回の件では東証が審判にあたります。正しいジャッジをしているでしょうか。残念ながら2つのミスを犯しています。
東証が西武鉄道の上場廃止を発表した記者会見(11月16日)の席上、東証に対して、ある記者が「西武鉄道の再上場はあり得るのか」という質問をしました。東証は「一般論としてはあり得る」と回答しました。「あれっ?」という感じを抱いたのは僕だけでしょうか。
ルール違反のペナルティを課している矢先にそういう発言をすることは、ぺナルティの抑止効果を著しく低下させます。今回の事件はイエローカードではありません。現に東証が上場廃止を決めたということは、自ら超レッドカード級と判断したことを示しています。一発退場です。本来ならば「取引所から永久追放すること(=サッカー界からの永久追放)もあり得る」と警告すべき場面で将来の再上場に言及したことは、一般論とは言え、不適切と言わざるを得ません。審判を自認する東証の重大なミスジャッジです。
さらに、同じ事態を引き起こした日本テレビは上場廃止にしませんでした。東証曰く、「理由が悪質ではない」とのことです。
西武鉄道と同様にボールを抱えて走ったことに変わりはありません。強烈な故意のハンドを犯しました。ルールの性質上、故意のハンドを行った反則には同じジャッジを下すべきです。観客である投資家や国民に理解不能のミスジャッジを犯した審判には、大ブーイングを送らざるを得ません。
さらに、上述の記者会見の席上、「虚偽記載に気がつかなかったのか」と問われた東証は、「監査法人に分からないことが東証に分かるはずがない」と開き直りました。呆れた発言です。審査能力、つまり審判としての能力の低さを公言する驚くべき正直さです。
正直さには敬意を表しますが、そうであるならば審判を辞めるべきです。東証は来年秋に自らも上場します。言わば、審判自身がゲームに参加するということです。どうやって公正なジャッジを行うのでしょうか。
この際、ジャッジを辞めて、腕の良いグランドキーパーに徹してはどうでしょうか。つまり、ゲーム(取引)のインフラ(取引所)の提供者、整備者に徹することです。現に、欧州の主要な取引所はそうしています。
企業のディスクロージャー問題とともに、取引所のあり方についても、今後議論を深めていく必要がありそうです。
(了)