参議院議員・大塚耕平(Ohtsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです
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21日、中国元の切り上げが発表されました。これまでの1ドル8.28元が約2%切り上げられ、8.11元になりました。詳細(仕組み)は明らかではありませんが、ドル以外の通貨も考慮する「通貨バスケット制」を導入するそうです。
もっとも、引き続き変動幅は上下0.3%以内。事実上の固定相場制が維持されます。今回の切り上げ決定を評価するとともに、中国当局には、通貨政策のさらなる弾力化、国際化に努めるように期待したいと思います。
ところで、今の中国を理解するためにキーワードは「アンビバレンツ=自己矛盾」です。通貨政策も同様です。
中国元の切り上げは、一般には中国の巨額の貿易黒字を是正するためと理解されています。もちろん、それも大きな理由のひとつです。
しかし、理由はそれだけではありません。インフレ対策という意味もあります。
貿易黒字によって外貨が中国国内に貯まります。外貨を民間経済に滞留させず、しかも外貨を集中的に管理するために政府が外貨を買い上げます。この仕組みは、中国も日本も同じです。
政府が外貨を買うと、その代わり金として中国元が民間経済に流れ込み、金融緩和と同じ効果が発生します。しかし、その中国元が民間経済に滞留するとインフレにつながるため、政府や中央銀行(中国人民銀行)が中国元を吸収します。
ところが、中国では、その中国元を十分に吸収することができません。吸収するための手段が未整備なためです。日本円に換算すると年間15兆円近い中国元が過剰供給されています。
中国経済が過熱気味であることは読者の皆さんもご承知のとおりです。国内経済がインフレ気味のうえ、外貨買い上げのために中国元が過剰供給され、ますますインフレ懸念が高まっています。
中国政府は当初「外圧に屈して切り上げは行わない」と言っていましたが、実は外圧だけが切り上げの背景ではありません。外圧には屈したくない、でも自国の事情から切り上げは必要という、アンビバレンツな心情を抱えていたのです。
2%という切り上げ幅もアンビバレンツな選択です。
多くの人が中国元はもっと切り上げが必要と考えています。今回の2%は、期待した切り上げ幅に比べるといかにも小さいという評価が一般的です。
しかし、あまり切り上げ過ぎると中国経済はたいへんなことになります。「それはそうだ。貿易黒字が減るからね」という読者の皆さんの声が聞こえてきそうです。もちろん、その指摘は間違いではありませんが、ここで申し上げようとしていることとは少し違います。
今の中国経済の好調さは大量の外資が流入していることに支えられています。外国による直接投資です。その資金が元手になってビルや工場が建設されています。そうした外資は中国元が切り上げられることを期待しています。つまり、中国元が切り上げられれば、その分だけ自国通貨に戻した時に儲かるからです。
中国元がまだ切り上げられるという期待があるうちは、さらに外資が流入し、既に流入している外資も出ていきません。しかし、「もう切り上げられない」という打ち止め感が出ると、外資の流入が止まるだけでなく、外資の流出という事態も発生します。
そうなると、中国国内の金融情勢は一変し、金利が上昇し始めます。中国は多額の財政赤字と不良債権を抱えています。実態は必ずしも明らかではありませんが、日本よりはるかにヒドイとも聞きます。金利上昇は財政破綻と金融機関の破綻につながりかねません。
小幅の切り上げでは、「まだ足りない。その程度か」という諸外国の批判を招く一方、打ち止め感が出るほどの切り上げでは外資流出を招きかねないのです。アンビバレンツな事情に配慮した結果の切り上げ幅が2%という選択でした。実に絶妙の選択とも言えます。
しかし、アンビバレンツなのは中国だけではありません。米国や日本など、諸外国も同じです。
中国の貿易黒字が拡大し過ぎるのは困ります。だから切り上げを求めます。しかし、切り上げ過ぎて打ち止め感が出ると中国経済がクラッシュします。中国国内に多額の直接投資をしている米国や日本は、それも困ります。とりわけ、生産拠点を中国にシフトさせた日本はとくに困ります。
日本が困るのはそれだけではありません。日本の企業が中国に移した生産拠点は、中国国内向けの製品をつくる先と、中国から輸出をするための先に大別されます。後者の生産拠点は、中国元が大幅に切り上げられると輸出に影響します。
日本に比べると米国はクレバー(したたか)です。いつでも撤収できるように、自らの生産拠点を設けることは抑制し、キャピタルゲインを主眼とした直接投資を行っています。少しは見習うべきでしょう。
生産拠点や技術を海外に移転し、多くの国民を外国に居住させるということは、国民の生命と財産をその国に委ねているのと同じことです。アンビバレンツな事情を抱えている日本は、アンビバレンツな国際関係を理解して行動しないと、墓穴を掘ることになりかねません。
急速に発展し、過熱気味の中国は、国内に多くの矛盾を抱えています。都市と農村の経済格差、都市内における経済格差など、貧富の差が拡大して国民の不満は鬱積しています。共産主義国家なのに貧富の差が広がるという矛盾は、放置すれば大きな混乱につながります。
中国各地が経済発展を競いあう結果、中央の統制が効かなくなってきています。各地の官僚や共産党幹部の間では、土地(農地)収容や、開発、事業に伴う強権発動や汚職が横行していると聞きます。社会保障制度も同様です。中国では、医療、年金等の社会保障制度は企業単位で行われています。しかも、制度の利用は「金次第」という風潮が一部に顕現化しているそうです。
本来、中央集権的な共産主義国家において地方の統制が効かなくなっているというアンビバレンツな風景。本来、農民や勤労者の代表であったはずの官僚や共産党幹部が私利私欲や利権に走るアンビバレンツな状況。本来、社会保障制度が最も充実していなくてはならない共産主義国家で制度が未整備のまま放置されている実情。こうした事態は中国のカントリーリスクを高めつつあります。
日本の最大の貿易相手国となり、GDPでも2020年には日本を抜くと言われている中国。国家としてのプレゼンスは日本を凌駕しているものの、一部の経済的成功者を除くと、国民ひとり1人の感情の中には「日本人よりまだまだ貧しい」という思いが潜伏しています。中国国民のこうしたアンビバレンツな心情を理解する必要があります。
経済的な鬱屈、社会的な鬱屈は、中国社会に蓄積しつつある「可燃性のガス」。充満しつつある「ガス」は噴き出し口(=はけ口)を探しています。そのひとつが反日運動であり、日中間の政治問題は「ガス」を爆発させる「火種」と言えます。
いかに正論であっても、中国国内のアンビバレンツな状況を理解しない日本の行動は、結果として中国に大量に委ねている日本国民の生命と財産を危険な状態に晒すというアンビバレンツな結果を招くことになりかねません。
(了)