参議院議員・大塚耕平(Ohtsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです
相反する2つの主張の板ばさみになることを「ジレンマ=dilemma」と言います。「dilemma」の語源はギリシャ語。「di」は「2」、「lemma」は「仮説」「前提」を意味し、「二重の問題」とも訳されます。今回は、現在の内外経済が抱えているジレンマのいくつかについて、考え方を整理してみます。
日銀が量的緩和政策の解除のタイミングを模索しています。量的緩和政策は、景気が底割れしそうな局面で緊急避難的に行われた異常な政策。政府も日銀も景気は回復基調にあると説明しているのですから、解除を目指すのは当然のことです。経済が正常化したならば、異常な政策も正常化させる。論理的な対応と言えます。
ところが、政府は反対しています。関係閣僚のみならず、総理大臣までもが直接口をはさむ異常な事態。自民党の中川政調会長に至っては、「日銀法を改正してでも言うことをきかせる(つまり、量的緩和政策を解除させない)」と興奮気味。いったいどうしたのでしょうか。
結論から先に申し上げれば、異常な事態がまだ続いているから異常な政策も止められないということ。正直にそう説明してくれれば、政府の主張も理解できますが、なかなか素直になれない人たちです。
では、異常な事態とは何でしょうか。量的緩和政策を導入した時のような、景気が底割れし、デフレが断続的に続くような異常な事態はたしかに収まりました。しかし、別の異常な事態が深刻化しています。
日本経済を人間の健康状態に喩えると、熱が出て、悪寒が走る病状は解消した一方で、表面的には正常に見えても、深刻な内臓疾患を抱えてしまった状況といったところでしょうか。
量的緩和政策を解除すると、金利が上昇する可能性が高まります。政府はそれが困るようです。金利が上昇すれば、既に発行された国債の価格が下がるとともに、新規に発行する国債のコスト(金利負担)が高まるからです。要は、過去に大量の国債を発行し、現在も国債発行に依存している政府の財政運営姿勢。それが深刻な内臓疾患です。
その証拠に、年金資金運用基金が国債を満期まで持ち切ることを理由に保有国債を時価評価しない方針を打ち出しました。日銀も既に同様の対応をとっています。いずれも、金利上昇=国債価格下落を予測した動きです。
景気が回復したと主張する一方で、量的緩和政策の解除には反対するジレンマ。このジレンマを生み出したのは誰でしょうか。異常な政策の背後では異常な事態が生まれます。金利機能が停止した状態を続けて、さらなる矛盾、トリレンマを抱え込まないうちに、量的緩和政策を解除することを推奨します。
中国の貿易黒字が拡大しています。かつての日本円のように、中国元に対する切り上げ要求も続いています。
去る7月21日、従来の1ドル8.28元が約2%切り上げられて8.11元になりました。非常に小幅な切り上げです。
メルマガVol.101(2005.7.24日号)でもご説明しましたが、中国元の切り上げは貿易黒字縮小のためだけではありません。中国国内のインフレ対策という意味もあります。
小幅な切り上げ率にも複雑な理由があります。現在の中国経済は大量の外資が流入していることに支えられていますが、外資は中国元が切り上げられることを期待しています。中国元が切り上げられれば、その分だけ自国通貨に戻した時に儲かるからです。
中国元の切り上げが予想されるうちは、さらに外資が流入し、既に流入している外資も出ていきません。しかし、切り上げに打ち止め感が出ると、外資の流入が止まるだけでなく、外資の流出という事態も発生します。
その場合、中国国内の経済情勢は一変し、金利が上昇し始めます。中国経済は多額の財政赤字と不良債権を抱えていることから、金利上昇は財政破綻と金融機関の破綻につながります。
小幅の切り上げでは諸外国の批判を招く一方、打ち止め感が出るほどの切り上げでは外資流出を招きかねないというジレンマ。このジレンマの結果が切り上げ幅2%という絶妙の選択でした。
さらにもうひとつ。大幅な切り上げを本音では望んでいない諸外国、とくに米国と日本の立場があります。
かつて日本も、貿易黒字を縮小するために大幅な円切り上げを余儀なくされました。1985年のプラザ合意が契機でした。円高不況という言葉が生まれたぐらいですが、円高対策としての金融緩和がバブルを発生させ、それでも進んだ円高と相俟って日本の資金力は劇的に拡大。その結果、日本企業が米国の不動産や企業を次々と買収したことは記憶に新しいところです。
中国元の大幅切り上げにかつての日本円と同様のリスクを感じているのが米国です。もちろん日本も人ごとではありません。中国元の切り上げが中国経済の資金力を高め、日本の不動産や企業が次々と買収される事態。現実的な話です。
切り上げを要求しつつ、大幅には切り上げてほしくないという日米のジレンマ。切り上げたくはないが、切り上げないとインフレが心配な中国のジレンマ。いずれもお家事情は複雑です。金利にしろ、為替にしろ、経済政策には深い理解と戦略が必要です。
ジレンマと言えば、金利や為替ばかりではありません。経済活動のルールづくり、制度面の対応でもジレンマを抱えています。
例えば、東証。22日、東証は上場企業に対して黄金株を禁止する案を発表しました。ちょっと分かりにくい話ですが、黄金株の正式名称は「拒否権付き株式」。1株だけで合併・買収(M&A)などの重要な株主総会決議に拒否権を発動できる権利が付いている特別な株のことです。
黄金株を友好的株主に対して発行している企業は、敵対的買収に対する防衛手段を持つことになります。黄金株を持っている株主は特別な存在となり、他の株主よりも優位な立場に立ちます。しかし、M&Aを積極的に行いたい投資家や企業にとっては、黄金株は株式会社制度の根幹を否定する仕組みです。
東証は、投資家や株主の平等性と公平性、資本市場のダイナミズムを守るために、この案を発表しました。適切な判断だと思います。一方、政府は東証の案に反対しています。
この問題、黄金株自体が「企業経営の安定性」と「企業経営の活性化」という視点からジレンマを抱えていることは、ここまでの説明でご理解頂けるものと思います。しかし、ジレンマはそれだけではありません。
東証は、現在、自主規制機能を東証自身が有するべきか否かという論争の渦中にあります。この論争の詳細は、メルマガVol.96(2005.5.14号)、Vol.99(2005.6.24号)をご覧ください。
ジレンマのポイントは、東証が発表した案は東証に上場する企業に対してのルールだという点です。つまり、自主規制の一環です。東証自身は、「東証は自主規制機能を有するべき」と主張していますので、その主張の正当性、実効性を証明するためには、政府の主張に屈するわけにはいきません。
仮に政府の主張に屈して自らの案を撤回すれば、実質的に自主規制機能を有していないことの証明です。そうなった場合には、自主規制機能に関する主張も撤回しなければなりません。さて、東証はこのジレンマ、どのように乗り切るでしょうか。注目しています。
今回のメルマガ、最初の話題として取り上げた量的緩和政策の解除に関して、日銀も東証と同じようなジレンマを抱えています。「中央銀行の独立性」を金科玉条とする日銀。量的緩和政策の解除に反対する政府に屈した場合、「中央銀行の独立性」の主張自体に説得力がなくなります。このジレンマ、日銀の対応からも目が離せません。
日銀と東証、どちらもジレンマを抱えた組織です。バブルの発生と崩壊、大企業の粉飾決算や破綻などを経験してきた日本経済において、重要な役割を担ってきた日銀と東証。過去の失敗への洞察と責任、現在と未来への分析と戦略に基き、国民に対して十分に説明責任を果たしたうえで、誤りなき判断を期待したいものです。
(了)