政治経済レポート:OKマガジン(Vol.120)2006.5.14


参議院議員・大塚耕平(Ohtsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです


Vol.116(2006.3.6)、Vol.118(2006.4.14)に続いて、イラン情勢のその後から、日本外交の構造問題を考えたいと思います。Vol.116とVol.118のバックナンバーはホームページのメルマガコーナーでご覧ください。

1.外交スキル(テクニック)

日本がゴールデンウィークの最中、イランの核問題を巡って水面下で激しい動きが続きました。

国連安全保障理事会の常任理事国であるイギリスとフランスは、5月1日、イランに対する決議案を提案。その内容は、イランの核開発を「国際平和と安全に対する脅威」と明記し、核兵器開発につながる可能性のあるウラン濃縮の停止を求め、場合によっては制裁を可能とするものです。要するに、けっこう厳しい内容です。

同じく常任理事国であるロシアと中国は、この提案に素早く反対。Vol.116とVol.118の内容を踏まえれば、英仏の提案の背景に米国の存在があることは容易に想像がつきます。米国が提案してしまうと、ロシアと中国の反対は米国との直接対決を招きます。だからこその英仏の提案。英仏は米国の「ダミー」です。役割分担が実によくできています。

翌5月2日、イランは従来よりも高濃度(4.8%)の濃縮ウラン製造に成功したことを発表。核兵器製造のために必要な濃度(80%以上)には足りない水準ですが、英仏の動きに対して、「ヤル気になればやるぞ(=いつでも必要な濃度まで濃縮できる)」ことを示す間髪を入れない見事な「カウンターアタック」。是非は別にして、外交スキルとしては唸らざるを得ません。

その後、常任理事国5か国(米ロ中英仏)にドイツを加えた6か国協議がスタート。米英仏独4か国は、イランがウラン濃縮を停止しない場合には、制裁発動勧告を含む新たな安保理決議案を策定することを主張。一方、制裁を含む決議案には、露中2か国が当然難色を示しています。

米英仏独は外交スキルの常套手段である「アメ」と「ムチ」も忘れていません。イランがウラン濃縮停止に応じた場合には「包括的見返り」を提供する一方、拒否すれば濃縮拡大を阻止することを提案。5月8日、露中2か国はこの提案に合意。露中2か国が合意したのは、「包括的見返りは何か」という「条件闘争」に持ち込めたことで、この提案に応じることは「相打ち=互角=痛み分け」と判断したためです。「条件闘争」に持ち込むことも外交スキルの常套手段です。

米英独仏側から見ると「アメ」と「ムチ」、露中から見ると「条件闘争」の交渉は、明日5月15日からブリュッセルで開かれる欧州連合(EU)外相理事会に舞台を移します。

日本のゴールデンウィーク中のこの動き、米英仏独、露中のどちらにとって利のある展開だったのか。イランはその背後でどのような利を得ているのか。これらの事実は後世の歴史が証明しますが、そこには経済大国を自負する日本の「プレゼンス(存在感)」は全くありません。

2.プレゼンス

ところで、ドイツが急に登場したのは「さすがドイツ」という感じです。国際社会で「プレゼンス」を示すことの重要性を良く認識した外交行動だと思います。

「プレゼンス」といえば、インドネシアとマレーシアがイラン核問題に絡んで突然登場したのにも驚かされました。米英仏独露中6か国が「包括的見返り」の検討に合意した5月8日の翌々日(10日)、イランのアフマディネジャド大統領はインドネシアを訪問。

アフマディネジャド大統領はインドネシアのユドヨノ大統領と会談し、インドネシアは「イラン核問題解決に向けた仲介役を務める」ことを表明しました。

インドネシアの隣国マレーシアも、イラン核問題の外交的解決に向けて協力することを表明。マレーシアのアブドラ首相はブッシュ米大統領に「外交交渉を通じてイラン核問題を解決することを求める」と伝えたと報道されました。

インドネシア、マレーシアがイラン核問題に関する「プレゼンス」を一躍高める一方、日本の姿はどこにも見えません。今回のメルマガで「日本は仲介役を務めることでプレゼンスを示すべきだ」と主張しようと思っていた矢先だけに、インドネシアとマレーシアに感服すると同時に、日本の外交スキルの拙さに苛立ちと危機感を感じています。

「独自の立場と力学」を創出し、「プレゼンス」を高めることも外交における常道です。そのことによって、自国に関わる外交問題を有利に展開できる国際世論を形成することにも寄与します。

インドネシアとマレーシアはイスラム教国です。だからこその仲介役。日本も仏教・儒教・神道という欧米諸国にはない文化的背景をもった国家として、欧米諸国の価値観、外交方針に一石を投じる潜在力はあるはずです。そうした対応を積極的に行わなければ、「独自の立場と力学」の創出、「プレゼンス」の向上は図れません。

このままでは、やがて北朝鮮問題の仲介役を東南アジア諸国や欧州諸国に頼むことになりそうです。日本外交は「借り」を作るばかり。他国に「貸し」があってこそ、国際社会で「イニシアティブ(主導権)」を握ることができます。

3.説明責任(アカウンタビリティ)

日本が「プレゼンス」を発揮できない原因は「自主性」「独自性」に欠けるからと言わざるを得ません。諸外国は日本の考え方や行動に関心を抱いていません。なぜならば、米国の言動を見ていれば日本の対応は想像がつくからです。

それを象徴するのが3兆円問題。4月25日、米国のローレス国防副次官が「米軍再編(トランスフォーメーション)に関する日本の負担は260億ドル(3兆円)」と発言。物議を醸しました。

日米同盟の関係上、ある程度の負担はやむを得ません。沖縄海兵隊のグアム移転費用の日本の負担は全体の6割にあたる60億ドル。本来は折半が合理的だと思いますが、6割も何とか理解可能な範囲内です。

しかし、在日米軍全体の再編コスト300億ドルのうち、米国側が負担するのは沖縄海兵隊のグアム移転費用のうちの40億ドルだけ。残りの260億ドルは日本というのはどうも合点がいきません。世界的な米軍再編の全体コストが判然としない中、3兆円には他の地域(例えば欧州)の再編コストも含まれている可能性があります。

日本の財政状況が深刻な折柄、これほど多額の経費を日本国民が負担する理由、その積算根拠を明確にすることが不可欠です。先週、国会ではその点の説明を求める衆参本会議が開催されましたが、小泉首相をはじめ、関係大臣から明確な説明はありませんでした。国民に対する「アカウンタビリティ(説明責任)」を果たしているとは言えず、問題ありです。

しかし、日本が米国の一部を構成していると考えれば説明の必要はありません。事実上の国内問題だからです。こういう状態では、諸外国が日本の考え方や行動に関心を抱かないのも当然です。

3兆円は日本外交の構造問題を象徴しています。日本外交というよりも、日本という国家の構造問題かもしれません。日米同盟が日本外交の基軸であることは紛れもない事実です。しかし、そのことは外交の「自主性」「独自性」を放棄してもよいということと同義ではないはずです。

毅然とした態度は、中国、北朝鮮、韓国に対してばかりでなく、米国に対しても必要です。

「ダミー」、「カウンターアタック」、「アメ」と「ムチ」、「条件闘争」、「プレゼンス」、「独自の立場と力学」、「イニシアティブ」、「自主性」と「独自性」、「アカウンタビリティ」。外交のキーワードを思い浮かべることで、日本外交の構造問題が容易に想像できます。

外(諸外国)に対しては「外交スキル」を駆使して「プレゼンス」を高め、内(国民)に向かっては「アカウンタビリティ」を果たす。外交の常道です。

ゴールデンウィーク中の世論調査によれば、「日本が戦争に巻き込まれる危険性がある」と感じている人は7割以上に達しています。賢明で巧みな外交によって、国民の生命と財産の安全、子供たちの未来を守らなければなりません。

(了)


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