参議院議員・大塚耕平(Ohtsuka Kouhei)がお送りする政治経済レポートです
小沢代表、菅代表代行、鳩山幹事長に随行して中国を訪問してきました。胡錦涛主席との会談(4日)の翌日(5日)未明、北朝鮮によるミサイル発射の情報が飛び込んできました。早朝から緊急対応を迫られ、鳩山幹事長は直ちに帰国。現地では5日、6日の間に、小沢代表が、中連部(党外交部)の李軍局長、王家瑞部長、外務省の武大偉次官と相次いで会談。北朝鮮に対する中国の適切な対応を求めました。それにしても北朝鮮の行動は不可解ですが、その深層心理を分析してみたいと思います。
外交はゲームのような側面があり、政治学、経済学、心理学などの分野で発展したゲーム理論から示唆が得られることをメルマガVol.47(2003.4.28)やVol.105(2005.9.27)でご紹介しました。バックナンバーはホームページにアップしてありますので、ご興味がある方はご覧ください。
ゲーム理論の中に「しっぺ返し戦略(Tit-For-Tat戦略=TFT戦略)」と呼ばれる考え方があります。簡単に言えば、相手が裏切ったらこちらも裏切るという戦略です。
1970年代後半から1980年代にかけて、米国の研究者の間で様々な思考パターン(戦略パターン)のコンピュータプログラムを対戦させるコンテストが開かれました。このTFT戦略は、心理学者ラポポートが提案したものです。
多くのコンピュータプログラムの中でTFT戦略を用いたプログラムが優勝しました。コンテストの結果を分析した政治学者アクセルロッドは、「しっぺ返し」が成功する4つの条件を提示しました。
第1は、自分からは裏切らないこと。第2は、相手の裏切りを直ちに厳しく制裁すること。第3は、相手が謝ったら直ちに許すこと。第4に、相手にとってこちらの行動が予測できること。この4つの条件を満たした戦略的行動は、ゲームにおいて勝利を収める確率が高いことを論理的に証明したのです。
このTFT戦略に当てはめると、今回の北朝鮮のミサイル発射に対して日本はどのように対応すべきでしょうか。第2の条件から言えば、日本は直ちに制裁行動に出るという選択になります。但し、それには第4の条件が満たされていなくてはなりません。つまり、ミサイルを発射すれば、日本は直ちに制裁行動に出るということを北朝鮮が予測していることが前提となります。TFT戦略に基づけば、これまでの経験から北朝鮮が日本の制裁行動を予測できなかったことがミサイル発射を誘発したとも言えます。
「なるほど、日本はもっと単純明快な外交行動をとるべきなんだな」と思われた読者の皆さん、ちょっとお待ちください。話はそんなに単純ではありません。
次の2つの条件を満たした戦略を「トリガー(引金)戦略」と言います。第1に相手が裏切らない限り協調すること、第2に相手が裏切ったらそれ以降はずっと裏切ること、の2つです。相手の裏切り行動が引金となって自分の行動が一変することから、トリガー戦略と命名されました。
通常、国際政治、外交の世界では、どの国もトリガー戦略の第1条件を採用しているフリをします。つまり、相手が裏切らない限りは協調するという「善人」を装うのです。
TFT戦略とトリガー戦略の両方を踏まえると、北朝鮮と日本の双方にとって、相手のどのような行動が裏切りに該当するかという認識がポイントとなります。
その認識は、歴史を過去に遡ることによって流動化します。小泉首相と金正日主席による平壌宣言をベンチマーク(基準)にすれば、日本からみるとミサイル発射は裏切り行為です。しかし、おそらく北朝鮮は別の時間軸とベンチマークを採用していることから、北朝鮮からみるとミサイル発射は裏切り行為ではないのでしょう。むしろ、日本の何らかの裏切り行為に対する制裁行動、つまりTFT戦略の第2条件を実行したに過ぎません。
外交交渉において、双方が完全に納得するこということは困難でしょう。完全に納得できないまでも、「双方がやむなく合意した内容」を判断基準とすることで、何が裏切り行為かが明確になるのです。
アジア諸国、とりわけ日本、中国、韓国、北朝鮮の北東アジア4か国においては、その判断基準が共有されていないこと、あるいはそれぞれの国が過去に合意した判断基準を独自の理屈で流動化させているところに、今日の混迷の理由があると言えます。
ゲーム理論に照らしてみると、北朝鮮の深層心理に関連して気になる点がひとつあります。それは「逆向き推論戦略」と呼ばれる思考ロジックです。
10回のゲームを行う場合をイメージしてください。10回目のゲームは最後のゲームですから、ここで裏切っても次回相手に裏切られるリスクはありません。だから裏切るのが合理的な行動と言えます。
9回目のゲームにおいて、次回(10回目)に相手が裏切ることが予測できるならば、9回目から自分が裏切り行為を選択しても損はしません。
同様に、8回目、7回目と遡っていくと、結局、1回目から双方とも裏切り行為に出ることが合理的な行動という不思議な結論が導かれます。これが逆向き推論戦略です。
ここで重要なのは、10回目の最後のゲームにおける裏切り行為の内容です。国際政治や外交に終わりはない、つまりエンドレスであるという前提に立てば、最後のゲームという概念はないはずです。したがって、逆向き推論戦略も選択できないはずです。
しかし、「11回目のゲームはない」すなわち「10回目のゲームにおける裏切り行為で自分が必ず勝利する」、あるいは「10回目でゲームオーバーになる」と信じていれば、逆向き推論戦略が有効に機能します。
もし北朝鮮が「最後は核を使用する」、「最後は全面戦争になっても構わない」と考えているとすると、しっぺ返し戦略もトリガー戦略も無意味となり、逆向き推論戦略に基づく裏切り行為の連続こそが合理的選択となってしまいます。
つまり、北朝鮮自身が10回目のゲームにおける裏切り行為の「最後の一手」として何を想定しているかによって、それ以前のゲームの攻防は大きく変わってきます。11回目以降のゲームを想定しているか否か、あるいは「最後の一手」の内容をどのように考えているかは、相手に聞いてみない限り分かりません。ここが外交の難しさでしょう。
さて、ここまではプレーヤーが2人のゲーム、つまり日朝間の外交について分析してきました。しかし、現実の外交は多国間外交であり、2国間の動きだけでは情勢が定まりません。最初に取り上げたTFT戦略はあくまで理論上の話、コンピュータプログラムの話であり、現実はそんなに単純ではありません。
北東アジア情勢も6か国協議によって動いていますが、このことがゲームの帰趨を予測すること、戦略を立てることを困難にしています。
例えば米国。メルマガVol.118(2006.4.14)、Vol.122(2006.6.8)でもお伝えしましたように、米国は国際紛争をきっかけに景気が上向くという経験則があります。もっと言えば、国際紛争を背景とする軍需によって景気循環をコントロールしている傾向が見受けられます。最近では、中近東(イラク、イラン等)情勢から距離を置き始めている米国。その米国の次の関心地域が北東アジアであるとすれば、米国が本音では北朝鮮をどのような方向に誘導したいと考えているかが重要なポイントです。
中国、ロシアは、6か国協議や国連安保理において、北朝鮮に対して日米が主張するような厳しい対応をとることに慎重です。米国との覇権争いを背景とする動きであり、純粋に北朝鮮問題に特化した対応ではありません。
韓国はもっと複雑です。北朝鮮とは同胞、米国とは同盟関係、日本とは競争関係、さらに、中国、ロシアとの関係は日本との競争関係に重要な影響を与える要素です。つまり、純粋に北朝鮮問題に特化した対応はできないということです。
このように、北朝鮮ミサイル発射問題に端を発した日朝外交をゲーム理論を参考にして考える場合でも、TFT戦略、トリガー戦略、逆向き推論戦略などを杓子定規に適用することはできません。それらの戦略に影響を与える「ノイズ(雑音)」が存在することに留意が必要です。
ゲーム理論における「ノイズ」の正確な定義は、「協調しているにもかかわらず裏切ったと解釈されてしまう、あるいは逆に、裏切っているにもかかわらず協調していると解釈される事態」を生み出す理由や要因のことを指します。上述の「ノイズ」とは少し意味が違いますが、ここでの「ノイズ」はそれらを総称することとします。
いずれにしても、米国で誕生し、発達してきたゲーム理論は、単なる学者の玩具ではありません。米国では、実際にこうした理論に基づいた思考ゲーム(シミュレーション)を繰り返し、外交戦略を企画、立案していると言われています。今では、中国やロシアも行っていると言われています。
日本が、独自のインテリジェンス(諜報機関)を駆使して情報を収集し、論理的な思考ゲームを十分に行ったうえで外交を行っているかどうかが気になります。国会内外で、関係者としっかりと検討を加えていきたいと思います。
(了)