オバマ氏が大統領に当選しました。祝意を表したいと思います。4年前の民主党大統領候補指名大会(ボストン)に出席しましたが、その際、壇上で演説していたのは上院議員の「候補」であったオバマ氏(当時は州議会議員)。アッという間に大統領に上りつめました。米国のスピード感、ダイナミズムに感服します。
新大統領の最初の腕の見せ所は、深刻化、長期化する金融危機対策です。しかし、今世界で起きていることは単なるバブル崩壊ではなく、世界の政治経済の新しい秩序を模索する動きと捉えるべきでしょう。
今月中旬、金融サミットがワシントンで開催されます。サルコジ仏大統領は、米国一極主義を転換して、新ブレトンウッズ体制を目指すと明言。世界の政治経済の覇権を米国から欧州にシフトさせると意気軒高です。
米国のカジノ資本主義を批判するサルコジ仏大統領のパフォーマンスは、欧州が今回の金融危機の被害者のような印象を与えていますが、実際は大いなる共犯者。とくに直近2年間は主犯とも言えます。
2006年9月、アマランスという米ヘッジファンドが破綻。前年から住宅価格下落が始まり、バブル崩壊を懸念していた米証券取引委員会(SEC)は、これを契機にヘッジファンド規制を強化。
ヘッジファンドへの投資家に対し、100万ドル以上の純資産、20万ドル以上の年間所得という従来の条件に加え、投資可能な自由資産250万ドル以上という新たな条件を課しました。
その際、欧州委員会は「規制強化は投資家の利益を損なう」として米SECの動きと逆行。規制強化を見送り、投資資金の欧州への呼び込みを企図しました。
以来、ヘッジファンドを中心とする投資資金は米国から欧州にシフト。その結果、欧州の被害が拡大し、欧州各国政府や中央銀行の対応が大規模で迅速という構図になりました。
言わば自業自得。サルコジ仏大統領の発言は割り引いて受け止める必要があります。
外交は虚々実々の駆け引きの場。金融サミットでは単なる欧米協調や追随ではなく、日本は独自の主張を行うべきです。
麻生首相は先月30日の記者会見で、国際的な金融機関監督の仕組みをつくることを提唱。結構なことですが、問題は実効性。日本が主導する監督組織を東京に開設すべきです。
金融危機対策として日本の資金負担も求められます。IMF、世銀、あるいは欧米各国や新興国に資金支援を行う場合、被支援側が円建て債を発行することを義務付けるべきでしょう。
円建て債は、過度の円安抑制対策になるうえ、円の基軸通貨化にも資するスキームです。もうそろそろ、国際社会の「便利な財布」の役割を果たすことに歯止めをかけなくてはなりません。
国際協調と戦略的な対応を両立させる今後の日本の基本方針として、日本に援助を求める場合には円建て債発行を条件とすることが必要だと考えます。
日本は、金融サミットで、(1)日本主導の監督組織の東京での開設、(2)円建て債発行を条件とした資金支援を強く主張することを求めます。麻生首相のお手並み拝見です。
その麻生首相ですが、第2次補正予算編成に向けて、総額27兆円の経済対策を発表しました。金融危機の影響が実体経済に及ぶことが懸念される中、経済対策を行うことには賛意を示したいと思います。
しかし、その内容は手放しでは評価できません。基本的な問題点を3つ指摘します。
ひとつは、国民に対する説明のあり方です。メルマガVol.169(2008.6.10)で英国名宰相ベンジャミン・デズレリーの名言をお伝えしました。曰く「嘘には3つある。軽い嘘はただの嘘。重い嘘は真っ赤な嘘。最も罪の重い嘘は政府の嘘」。
今回の経済対策は事業規模ベースで27兆円。実際に政府が財政支出を行うのは5兆円。27兆円というイメージが浸透すると、「27兆円も経済対策を行ってもこの程度か」とう心象につながるリスクがあり、今の局面では逆効果です。
もうひとつは、すぐにできる対策ばかりではないという点です。法律改正や来年度にならないとできないものが、たくさん含まれています。指摘すればキリがありませんが、1点だけ例をお示しします。
「介護報酬改定による介護従事者の処遇改善」という項目では、介護報酬改定プラス3%が強調されています。しかし、介護報酬改定は、来年4月からの改定を目指して9月にスタートした介護報酬分科会(厚労相の諮問機関である社会保障審議会の分科会)で検討中。
今回の対策に盛り込んだということは、分科会の結論を今月中にも前倒しで出すということでしょうか。しかし、実際にはそのようには聞いていません。
ついでで恐縮ですが、この介護報酬改定の財源は保険料引き上げで賄うことになっています。これでは、経済対策にもなっていません。家計の負担増であり、むしろマイナスです。
「総額27兆円の経済対策で介護報酬3%アップ」と聞けば、当然、介護政策の予算増というイメージ。ここにも意図的な「政府の嘘」が垣間見えます。
もうひとつの問題は、政策の企画立案が政治主導になっていない点です。これが最大の問題と言えるでしょう。
日本の官僚は優秀です。最近はやや劣化しているとは言え、日本の官僚組織は世界に誇るシンクタンクです。とくに、高度成長期のように、方向性が定まっている局面では官僚組織はその力を大いに発揮しました。
しかし、今日のように、世界の政治経済が新しい秩序を模索し、日本の社会や経済もビジネスモデルの転換を求められる局面では、官僚組織はあまり力を発揮できません。
官僚も基本的にはサラリーマン。1年か2年のローテーションで人事異動する彼らには対応できない局面です。新しい秩序やビジネスモデルの成果を確認するには5年、10年という歳月がかかります。政治主導でなければ舵取りができない局面です。
こういう局面こそ、官僚の出番ではなく、政治家の出番。ここで働かなくては政治家の存在意義はありません。
その大事な場面での今回の経済対策。具体的な政策決定プロセスやタイミングの精査もせず、お家芸の「政府の嘘」に頼った大本営発表の内容は頂けません。
残念ですが、明らかに、各省庁が来年度に向けて検討中の通常の政策を官邸に集め、それをホッチキスでとめただけの内容です。金融危機に直面し、新しい秩序とビジネスモデルを模索する局面での政治主導の経済対策には全くなっていません。
麻生首相の祖父は吉田茂首相、そして数代前の祖先は大久保利通翁。いずれも日本の転換期の舵取りを政治主導で行いました。麻生首相には、毎晩ブランデーと葉巻にいそしみ、週にマンガを20冊読み、週末にゴルフをする時間があるならば、もう少し真剣に考え、悩んで頂きたいと思います。
この局面でそれができなければ、首相としてばかりでなく、政治家としても存在意義が問われます。
(了)