1月20日、バラク・オバマ氏が第44代米国大統領に就任。世界経済の帰趨はオバマ大統領の政策にかかっています。当面は「最初の百日間」と言われる世論とのハネムーン期間にどれだけの成果をあげられるかがポイントでしょう。
第1に注目される点は、金融危機、不況、雇用悪化という「負の連鎖」から脱出の糸口を見い出せるかどうかです。
金融危機対策は、金融機関への公的資金投入と不良債権切り離しが2本柱。昨秋成立した金融安定化法によって公的資金(7000億ドル)が確保されていることから、不良債権を買い取るバッドバンクの設立が次の課題です。
バッドバンク設立は不良債権切り離しの必須条件ではありませんが、有力な選択肢のひとつ。設立しない場合には、他の選択肢を提示する必要があります。
不況対策としては、総額8250億ドル、国内総生産(GDP)の5%強規模の景気対策を表明済み。今後2年間で公共投資5500億ドルと減税2750億ドルを行うという内容です。
しかし、公共投資は即効性に乏しく、ハネムーン期間には効果が顕現化しません。したがって、「最初の百日間」に具体的効果を体感できるためには減税策がポイントとなります。
ところが、2009会計年度(08年10月から09年9月)の財政赤字は不況対策分の歳出を除いても約2兆ドルに達する見通し。厳しい財政状況の折柄、議会対策上、減税見合いの高所得者層への増税とセットでなければ実現は容易ではありません。オバマ大統領の議会対策の手腕も注目されます。
短期間で雇用対策の成果をあげようと思えば、日本で行われているような失業者への緊急対策(派遣村、自治体の臨時雇用等)が考えられますが、自由主義、市場原理、自己責任が定着している米国でどこまでその領域に踏み込めるかが問われます。
とりわけ、金融産業と自動車産業の失業への対応が急務ですが、他の産業とのバランスもあり、難しい判断を迫られるでしょう。
かつて、レーガン大統領が改革に成功して強い米国を再生できた背景には「レーガン・デモクラッツ」と呼ばれた民主党支持層のクロスサポートを得たことが影響していました。
超党派を指向するオバマ政権の政策実現能力も「オバマ・リパブリック」の支持が命運を握ります。
あまりに社会主義的な「負の連鎖」対策を選択した場合、「オバマ・リパブリック」が離反し、政権の支持率、ひいては政策実現能力が低下するリスクを否定できません。
第2に、米国一極主義、金融資本主義、ドル基軸通貨体制という「パックス・アメリカーナ」が揺らいでいることへの対応も注目されます。
カーター政権の大統領補佐官だったブレジンスキー氏は、近著「セカンドチャンス」の中で「世界において米国がPIP(primus inter pares、同等な者の中の首席)として適切に行動できれば、米国の覇権再生(セカンドチャンス実現)が可能」と論じています。要するに「ゴリ押し」をするなという意味です。
オバマ大統領の従来の主張はPIP的な米国を想起させますが、「パックス・アメリカーナ」が崩壊すればドル暴落に直面し、「パックス・アメリカーナ」を強硬に維持しようとすればオバマ政権のイメージダウンにつながるでしょう。
第3に、政策的指向性を明確化できるかどうかです。オバマ大統領は「大きな政府でも小さな政府でもなく、目指すのは賢い政府だ」と述べ、主義主張にこだわらずに実利を追求する姿勢を打ち出しています。
「白人でも黒人でもなく、あるのは米国人だけだ」という有名なフレーズと同じロジックですが、二律背反を否定して従来とは異なる価値観や判断基準を持ち込もうとする手法は現実肯定と対症療法に終始する「悪循環」に陥るリスクを孕んでいます。
イデオロギー性は必要ないものの、判断基準があまりに不明確なままであれば、政権の求心力が低下する事態も想定されます。
「最初の百日間」にこうした点への対処に失敗すると、米国経済、ひいては世界経済の回復に悲観的なムードが広がる可能性があります。
オバマ大統領の支持率が8割近くに達しているのに対し、日本では麻生首相の不支持率が8割に届こうとしています。定額給付金を巡る麻生首相の発言が二転三転したことも影響しているようです。
当初は「高額所得者がもらうことは『さもしい』。人間の矜持(きょうじ)の問題だ」と発言。しかし、その後は「全員がもらうべき」、「自分がもらうかどうかは決めていない」、「高額所得者はもらった額以上に盛大に消費すべき」と変わってきました。
貧しい境遇から頑張って高額所得者になった人もいます。お金の大切さが身にしみている人にはそれぞれ考えがあることでしょう。麻生首相の主張が当然の考え方とは限りません。「前の前の前」の小泉首相の「人生いろいろ」発言が妙に懐かしく感じられます。
麻生首相が大好きな「矜持」という言葉は、辞書によれば「自分をエリートだと積極的に思う気持ち」。しかし、高額所得者=エリートではありません。
麻生首相は高額所得者の自分をエリートと思っているようですが、今度は「前」の福田首相の「あなたとは違うんです」という発言が頭をよぎりました。エリートが指導者という意味であれば、それは所得の多寡で決まるものではありません。
麻生首相自身がもらうかどうかについて「予算が通る前から決められない」との答弁。通すつもりで提出した予算ですから、通った場合のことを聞かれているのです。「通らないかもしれない」と思っているようでは、首相としての「矜持」が問われます。
元祖KY(空気が読めない)と言われた「前の前」の安倍首相。辞任表明記者会見で「自分が首相でいることがマイナス。辞任して局面を打開したい」と発言したことが、今となってはすがすがしく、潔く思い出されます。最後はKYではなかったようです。
定額給付金の総額2兆円は、年収200万円の人を100万人雇用できる金額。消費税に換算すれば年間1%分。雇用対策に充当したり、消費税引き下げを行う方が景気対策には効果的でしょう。
余談ですが、辞書の「矜持」の隣には「驕児(きょうじ)」という同音異義語が掲載されています。曰く「わがままな子。うぬぼれが強く、わがままを押し通そうとする意味にも用いられる」。「矜持」より「驕児」に要注意です。
オバマ大統領であれ、麻生首相であれ、「矜持」と「驕児」は国の指導者がわが身を省みるために常に心にとどめるべき単語かもしれません。
(了)