2回シリーズの講演会を東京(6月23日、6月30日)と名古屋(7月22日、8月5日)で開催します。第1回のテーマは「景気の現状を読む、転換点を展望する」、第2回は「企業とは何か、経営とは何か、政府とは何か」です。ご参会賜れば幸いです。お問い合わせは事務所(末尾参照)までお願い致します。ホームページからもお申し込みできます。
マキアベリズムはイタリアの政治家マキアベリの主張した現実主義的な政治手法を指します。目的のためには手段を選ばず、権力と策略を駆使するという含意です。
近代になると、国際社会は表面上マキアベリスムを否定。大義名分を掲げつつ、実際は権謀術数を駆使して自国に有利な方向に誘導するバーゲニングパワー(交渉力)が問われるようになりました。
パワーポリティクスという考え方が普及したのは第1次、第2次大戦の戦間期。明確な定義や定訳はありませんが、言わば「国家運営の政治手腕」です。
21世紀に入り、国際社会は東西冷戦期から米欧中印露5極時代に移行。利害関係は複雑さを増しています。国家を誤りなく運営するためには、一層の分析力、構想力、実践力が要求されます。
「百年に一度の危機」を乗り切るために各国はパワーポリティクスの限りを尽くしているのが現状です。日本はそのことを明確に意識して交渉に臨まなくてはなりません。 G20では米中が共同して欧州と日本に財政出動を要求。危機克服に向けた国際協調が大義名分ですが、何を求められても「Yes, we can」だけでは国民が浮かばれません。外交はカードゲームです。
米国は中国に米国債購入を要求。その矢先、中国は南シナ海で米軍調査船の航行を妨害。北朝鮮のミサイル発射の動きにも寛容な姿勢。一方、チベット騒乱1周年で中国内陸部に不穏な空気が流れる中、人権重視の米国はその動向を注視。
経済カード、軍事カード、人権カードを駆使してバーゲニングパワーを競い合っているように見えます。
この間、資源大国ロシアの武器輸出額が過去最高を更新中。資源と武器がロシアの経済復興の切り札です。
中印両国はロシア製武器の二大顧客。しかし、中国は輸入からライセンス生産に軸足をシフト中。地政学的に印露に挟まれる中国にとって、印露関係は気になるカードです。
ロシアと隣接する欧州。欧露融和は米国を牽制する重要なカードです。米中の財政出動要求に対してロシアカードを手の内に秘めています。
5極時代を生き抜かなければならない日本。カードゲームの「腕前」が問われます。
経済が一段と減速しています。IMF(国際通貨基金)が2009年の世界の実質成長率見通しを前年比プラス0.5%(1月公表値)からマイナス0.5~1.0%に下方修正。戦後初めてのマイナス成長です。
日米欧の中で日本の悪化は劇的。マイナス3.2%からマイナス5.8%に下方修正されました。米国のマイナス2.6%、欧州のマイナス3.2%と比べて悪化が著しいうえ、欧米が2010年にはプラス成長になるのに対して日本は2年連続のマイナス見通し。由々しき事態です。
もっとも、深刻なのは日本だけではありません。米国もFRB(連邦準備制度理事会)が今後半年で最大約29兆円(3000億ドル)の国債購入を決定。財源調達が限界に達しつつあることを表しています。
日本にも米国債購入の要請があるかもしれませんが、財政状況は日本の方が深刻です。日本の国債発行残高(686兆円)の対GDP(国内総生産)比は1.38倍であるのに対し、米国は0.42倍(約561兆円)。信用保証などの金融措置も含めると日本の経済対策は既にGDP比14.5%に達しており、米国の7.2%に比べても大規模。安易に「Yes, we can」とは言えません。
今や米国債の二大保有国は中国と日本。その中国は昨年から米国債保有額を削減し、新規購入にも慎重姿勢。対米外交のバーゲニングパワー(交渉力)を高める工夫のように見えます。
20世紀後半の世界は東西対立(2極)からG7体制に移行。今世紀に入って米欧印中露の5極構造となり、「百年に一度の危機」を契機にG20のプレゼンスも高まっています。世界は多極化時代に入り、パワーシフト(覇権構造の変化)が起きています。
日本外交も当然進化すべきです。米国追随だけでは日本の外交行動を予測することは極めて簡単。予測が容易であるほどバーゲニングパワーは低下します。
日米同盟を基本としつつも、独自の主張をすることが多極化時代の外交の要諦。その結果としての日本のプレゼンス向上は日米関係にも好影響。
良好な日米関係は、日本の対中交渉力強化にもプラス。そして、親密な日中関係は欧米に対するアジア全体の地位向上に寄与。
これからの日本外交には、深い洞察と思慮に基づいた輻輳(ふくそう)した戦略が必要です。
世界が経済危機に右往左往する中、北朝鮮はお家芸の「瀬戸際外交」。4月4日から8日の間に「人工衛星ロケット」の打ち上げ実験を行うと事前発表しました。
政府はこれを「長距離弾道ミサイル」の発射実験と断定。月内にも迎撃のための「破壊措置命令」を閣議決定するとしています。安全保障に万全を期す心意気は評価したいと思いますが、いくつか気になる点を列挙しておきます。
第1に、北朝鮮が「人工衛星ロケット」と主張し、打ち上げの事前発表という国際ルールを守っている以上、日本政府の対応はアンバランスという見方もあります。
第2に、「破壊措置命令」は日本上空を通過するだけでも迎撃するということではなく、日本周辺に落下する場合の迎撃を想定。そういう場合には、何も事前に「破壊措置命令」を出さずとも最善を尽くして迎撃するのは当然です。
第3に、地対空誘導弾パトリオットミサイル(PAC3)の射程距離は約20Km程度で、性能にやや疑問あり。イージス艦からの垂直発射型弾道弾迎撃ミサイル(SM3)は大気圏外での破壊を想定。SM3を使って本当に迎撃した場合、大気圏外の北朝鮮の「人工衛星ロケット」が日本周辺に落下したであろう蓋然性を事後的に証明することが難しそうです。
いずれにしても、国民は日本周辺に危害が及びそうな場合には政府が適切に対応することを期待していますし、その対応は受け入れられるでしょう。わざわざ現段階で「破壊措置命令」を出す必要はない気がします。何か「他の意図」が込められているならば話は別ですが・・・。
北朝鮮の動向に耳目が集まる中、浜田靖一防衛相が訪中。浜田大臣に対して、中国国防相は北朝鮮の「人工衛星ロケット」に対する日本のミサイル防衛(MD)運用に難色を示したうえで、中国海軍が空母を建造することを明言したそうです。
防衛面を含む国家の外交には、常に意図と戦略がなければなりません。そうした面で疑問符のつきがちな日本外交のレベルアップは喫緊の課題です。
ところで、政府は北朝鮮の「人工衛星ロケット」発射に備えた初動マニュアルを作成しました。何でも、発射後10分程度で官房長官、外相、防衛相が首相官邸に集まり、1時間以内に首相を交えた緊急会議を開く予定とのこと。
その頃には「人工衛星ロケット」はどこかに着弾していることでしょう。事前発表してまで「破壊措置命令」を閣議決定するぐらいならば、発射予告期間(4月4日から8日)前の4月1日ぐらいから10日ぐらいまで関係閣僚は首相官邸に寝泊まりするべきです。
ご存じ「孫子の兵法」の名言。「彼を知り己を知れば百戦危うからず。彼を知らずして己を知れば一勝一敗。彼を知らず己を知らざれば戦うごとに必ず危うし」。
情報の重要性を指摘した名言ですが、 「彼を知らず己を知らざれば戦うごとに必ず危うし」 は単なる情報不足のことではなく、情報処理が不適切で的確な判断が行われない場合は失敗することを諭しています。
今回の政府の対応に「他の意図」が混入していれば、不用意に相手国や周辺国を挑発し、外交的失敗につながるリスクを高めます。
第2次大戦における日本のインパール作戦は、自らの戦力を誤認(過信)するとともに、国内の不満と不安の矛先をかわすために作戦強行を命じて悲惨な結末を迎えました。
経済、食料、防衛、文化、各国の国内事情、これらが混然一体となったものが外交(国際政治)力学です。日本外交の再構築にも取り組まなければなりません。
(了)