政権交代選挙を前に、日本の構造問題を象徴するような劣悪な内容の補正予算案の審議が続いています。日本の何を変えなければいけないのか、読者の皆さんと認識を共有できれば幸いです。
民主党新代表に鳩山由紀夫氏が就任。奇しくも、今度の総選挙は戦後政治の創世記を担った鳩山一郎元首相と吉田茂元首相の孫同士の因縁対決となりました。
鳩山氏は政治家として、吉田氏は官僚として、戦前から国政に深く関与していました。終戦に伴い、鳩山氏は自由党を結成して初代総裁に就任。吉田氏は東久邇宮内閣で外務大臣に登用されました。
1946年(昭和21年)4月10日、戦後初の総選挙で自由党が第一党となり、幣原首相が宮中に参内して鳩山氏を後継首相に上奏(当時は旧憲法下であり、天皇による首班指名、組閣大命が行われていました)。
組閣にとりかかった矢先の5月4日、戦前も大臣経験者であった鳩山氏に対してGHQ(連合国軍最高司令部)が公職追放指令を発出。鳩山内閣は幻となります。
紆余曲折の末、鳩山氏は吉田氏に自由党総裁と首相への就任を打診。5月22日、吉田氏は旧憲法下の天皇組閣大命による最後の首相に就任。以後、片山内閣、芦田内閣を挟んで1954年(昭和29年)まで首相を務めました。
一方、1951年(昭和26年)に公職追放解除となった鳩山氏は1954年(昭和29年)に民主党を結成。長期政権の弊害とワンマン政治によって不人気となっていた吉田首相退陣後に首相に就任。1956年(昭和31年)まで首相を務めました。
その間の1955年(昭和30年)に自由党と民主党が合併して現在の自民党となり、いわゆる「55年体制」が確立。戦後日本の高度成長期へとつながっていきました。
それから半世紀が過ぎ、今度は「55年体制」の弊害を是正し、再び新しい枠組みを構築する局面での孫同士の対決です。
吉田氏は後輩官僚を政界に誘い、「吉田学校」は多数の官僚出身政治家を輩出。官僚組織を熟知した彼らがリーダーとなり、公共事業中心の経済運営が奏功したのが高度成長期でした。
しかし、徐々に政治のリーダーシップが劣化。既得権益を増殖させる官僚組織の弊害が顕著となり、政治も経済もその仕組みをリセットさせる局面が到来。
改革のタイムリミットは目前です。孫同士の鳩山代表と麻生首相にマゴマゴしている暇はありません。
戦後最大14.7兆円の補正予算の審議が佳境を迎えていますが、内容には大いに問題ありとの認識が大勢です。
財務省のデータに基づいて予算の支出先をみると、独立行政法人1.6兆円、公益法人0.3兆円、地方公共団体6.0兆円、民間団体等1.2兆円、基金4.4兆円、その他1.2兆円となっています。
その他には、厚労省所管の中央職業能力開発協会への0.7兆円や農水省所管の農業会議所への資金も含まれており、大半は「官」向けの支出。
さらに、「民間団体等」の定義が曲者(くせもの)。政府に確認したところ、「現時点で事業主体の特定が困難な支出先」を「民間団体等」と分類し、「独立行政法人、公益法人、特殊法人等も含む」との回答。
要するに「民間団体等」も大半が「官」。つまり、今回の補正予算のほぼ全額が「官」に支出される「官から官」への補正予算。驚きです。
また、地方公共団体への支出は補助金であり、悪名高き「国直轄事業」向けのものがたくさん含まれています。補助金を受けた地方公共団体は「負担金」を拠出せざるを得ず、地方財政はますます悪化。まるで、江戸幕府が諸藩の財政力を削ぐために命じた「普請奉行」のような仕組みです。
さらに、基金はとりあえず各省庁に資金を渡すことが目的。使い切れない余資は国債運用に回ります。今回の補正予算にはその利払費まで計上されており、まるでタコが自分の足を食べるかのような状況です。
政治学は政権交代が日常茶飯事のイタリアで発展しました。そのイタリア政治学の中に「パルチザン理論」という考え方があります。政権交代を迫られている政府は、次の政権の財政余力をなくすために、事前に財源を持ち出し、使い尽くすという行動を説明しています。今回の補正予算は「パルチザン理論」の実例を見るようです。
先進国の中で群を抜く財政赤字を抱える日本で、このような補正予算に加担した官僚には、厳しいようですが、「恥を知れ」と言わざるを得ません。
身に覚えのある官僚は、首を洗って政権交代を待つか、わが身を恥じて自ら職を辞することを勧告します。
官僚組織は国にとって不可欠の存在です。国を思い、国を担う「真の官僚」を再生させることも、政権交代後の重要な課題となるでしょう。国民から尊敬される官僚組織の再構築が急務です。
「吉田学校」出身の政治家と呼応して日本の高度成長期を下支えした官僚組織は、その後、徐々に自己増殖を始め、自らの権益拡大と組織維持のために予算と財政の健全性を損ない続けています。
大半の官僚(とくに中堅、若手)は実直に職務に精励していますが、一部の現役官僚やOBは自分の仕事が利権の維持獲得を図っていたという自覚症状があることでしょう。また、多くの官僚が組織の自己増殖を認識しつつも、為す術もなく傍観しているというのが実情でしょう。
今回の補正予算では、約200億円を投入してお台場に建設される「アニメの殿堂」がその象徴。財政事情が厳しいといって母子加算200億円を削減する一方で、同額の予算を投じてハコモノ建設を続ける官僚組織は悪代官の誹りを免れず、国民の尊敬を集めることはできません。
「アニメの殿堂」が経済危機に便乗した官僚の「悪ノリ」であることの証拠は、文化庁の「アニメの殿堂」検討会議の議事録に残っていました。補正予算案提出直前の4月21日の議事録です。
青木保文化庁長官の発言です。以下、原文どおりです。
「こういう予算が急につくというのもあれですけれども、こういう機会というのは、まず今後50年は来ないでしょう。100年は来ないかもしれませんね。しかも、だって今まで国立系の美術館というのは5つしかないわけでしょう。それで、しかも東京に3つあって、今度4つ目の関連施設ができるわけですから、これはやはりよほど頑張らないと、通常のものでまたかというようなものではやっぱり困る」
空いた口が塞がりません。財政赤字や地方経済の疲弊など露ほども頭になく、「派手な企画を打ち上げてまた東京にハコモノを作ろう」という発想に聞こえるのは僕だけでしょうか。
今後の日本文化の担い手である若者が職を求めて苦しんでいる中で、齢(よわい)七十歳の文化人と称する文化庁長官、しかも本来は3月末で任期切れであった暫定留任長官がこんなことを公言して「アニメの殿堂」を建設するとは笑えない話。「アニメ」なのに笑えない、聞けば聞くほど怒りがこみ上げるブラックジョークです。
こうした施設の建設・運営は、寄付税制を見直して民間企業(例えば、高収益をあげている任天堂等)の寄付で賄うことこそ「民」の力を引き出す時代の要請です。
審議会ではそうした視点の議論も行われていましたが、驚きの発言はここでもありました。座長であるH氏の発言です。以下、原文どおりです。
「財政の件なんですけれども、命名権をあげるのと売るのと、両方やったらいいと思うんですよ。メディア芸術に貢献された手塚先生とか、ゲームのミヤモトさん、死んでないから、早く死んでもらって、それでつけるとか、そのときに遺言であそこに寄付しろとか書いておいてもらうとかね」
非常識にもホドがあります。その場の軽いノリで発言し、悪気はないのかもしれません。しかし、公の会議における公人である座長として、許される発言ではありません
多くの国民や企業が途端の苦しみに喘ぐ中、長官といい座長といい、経済危機に便乗した悪ノリと軽いノリで拙速な検討結果をまとめ、国民に新たな借金(国債増発)をさせてまで「アニメの殿堂」を建設することは言語道断。
「アニメの殿堂」が完成すれば館長には天下り官僚が就任することは必至。過日、文化庁長官と直接面談したところ、「天下り施設にしたり、杜撰(ずさん)な運営にならないように、退官後も見届ける」と発言。その言葉、しっかり記憶しておきます。
国の運営には、官僚も官僚組織も必要です。しかし、国を思い、国を担う気概のある官僚でなければなりません。国民から尊敬される官僚組織でなければなりません。
国民が信頼できる政治と行政を再構築するために、全力を尽くします。
(了)