政治経済レポート:OKマガジン(Vol.194)2009.6.18


麻生太郎首相の盟友、鳩山邦夫前総務大臣が辞任。そう言えば、もうひとりの盟友、中川昭一前「酩酊」財務大臣も辞任。今さらですが、中川さんが酔い覚ましの「迎え酒」を飲んで記者会見に臨んでいれば、「酩酊」しなかったかもしれませんね。


1.「迎え酒」経済

イタリアで開かれた主要8カ国(G8)財務相会合が「世界経済は安定化の兆し」という共同声明を採択。日本でも8か月振りに日経平均が1万円台を回復しました。

こうした動きは素直に喜びたいと思いますが、現実にはまだまだ楽観的な予断を抱ける状況ではありません。今後は長期金利と商品相場の動向に要注意です。

G8は「危機対応モード」から「平時モード」に移行する「出口戦略」に言及。経済政策を正常化したうえで財政健全化を進める必要性を指摘しました。

昨秋以降の各国の巨額の財政出動によって長期金利は世界的に上昇傾向。米国では4%、日本では1.5%の節目を上回り、企業の資金調達コストへの影響が懸念されます。各国の財政運営に要注目です。

収縮、滞留していた世界の過剰流動性も再び動き始めました。WTI(ウェスト・テキサス・インターミディエート)は1バレル70ドルを突破して8か月振りの高値圏に到達。穀物や金も値上がり。企業の原材料コストへの影響が懸念されます。

1970年代以降、主要国の財政拡大と金融緩和に伴う過剰流動性は世界経済に繰り返しバブル発生と崩壊をもたらしています。今回の金融危機もその延長線上の出来事。

その対策として主要国が採用した対策はさらなる財政拡大と金融緩和。喩えて言えば、飲み過ぎによる二日酔いに「迎え酒」という構図です。

今回は企業業績の落ち込みが激しいため、業績回復の前に資金や原材料のコストが上昇すると、さらなる業績悪化と雇用縮小という悪循環に陥ります。

こうした中、留意を要する過去の局面との構造的な違いがあります。ひとつは、昨秋来の財政出動、金融機関や企業への公的資金投入の結果として、政府の役割が従来以上に重要性を増していること。各国政府の「出口戦略」の巧拙が問われます。

もうひとつは中国の存在。今年度もプラス成長で経済を牽引しますが、世界にとっては初めて服用する強力な「酔い覚まし剤」のようなもの。

そのうえ中国は特に強い「迎え酒」(異常な金融緩和)を飲んでいるため、この「酔い覚まし剤」は副作用に要注意。「迎え酒」経済の今後は慎重な分析が必要です。

2.ティラミス

「迎え酒」として飲まれるカクテルはビールにトマトジュースを加えた「レッドアイ(red eye)」つまり「赤い目」。ビタミン豊富なトマトジュースが滋養に効きます。

「レッドアイ」の由来は二日酔いで目が赤くなった人が飲むからというのが通説。しかし、映画カクテル(1988年)に主演したトム・クルーズの台詞によるとそうではありません。

バーテンダーがビールにトマトジュースを注ぎ、生卵を入れてトム・クルーズに差し出します。そこでトム・クルーズ曰く「生卵を入れなきゃ『赤い目』にならない。目の赤い二日酔いが飲むから『レッドアイ』いうのは間違いだ」。トマトジュースに生卵、たしかに滋養がありそうです。

「迎え酒」は別名「ピックミーアップ(pick me up)」。「元気にする」というような意味ですが「コープスリバイバー(corps reviver)」呼ばれることもあります。

「コープスリバイバー」は「死者が蘇る」という意味。「迎え酒」の金融緩和で「ピックミーアップ」は歓迎できますが「コープスリバイバー」では何だか心配です。

「ピックミーアップ」のイタリア語版が「ティラミス(Tiramisu)」。ご存じ北イタリア生まれのケーキ。豊富な砂糖、卵、チョコレート(ココアパウダー)で「私を元気付けて」という含意。

「迎え酒」のアルコールの力で元気になるのではなく、トマトジュースや生卵のビタミン、チョコレートの糖分で元気になるということです。

アルコール(金融緩和)に依存せず、実需回復につながるビタミンや糖分の役割を果たす産業政策や可処分所得対策、社会保障政策が「出口戦略」のポイントです。

3.アルコール依存症

繰り返しになりますが、財政拡大と金融緩和がもたらしたバブル発生と崩壊。その対策としてさらなる財政拡大と金融緩和を講じている現状は、飲み過ぎで二日酔いになって「迎え酒」を飲んでいるようなものです。

「迎え酒」で二日酔いが解消されると思うのは錯覚。アルコールの血中濃度が高まって不快感が麻痺するに過ぎず、「迎え酒」は二日酔いの解消には役立ちません。

先月の世界のヘッジファンド(約8400)への預入額が解約額を10ヶ月振りに上回り、約15億ドルの資金増を記録。市場にリスクマネーが戻り始めており、今後はいくつかの要因によって商品相場の高騰が予想されます。

第1に市場規模が小さいこと。例えば、WTIの市場規模は約1000億ドルで株式市場(約40兆ドル)の1%以下。わずかな資金流入で価格は高騰するでしょう。

第2にサブプライムローン等の複雑な金融商品(エキゾチック)で損失を被った投資家が原油、金、穀物等のシンプルな実物資産(プレイン)にシフト。

第3に需給タイト化が予想されること。地政学リスクの高まりや温暖化に伴う異常気象頻発によって主要国は戦略的備蓄に奔走。中国やインド等の新興国需要も増加する一方、供給力は向上していません。

第4に、巨額の外貨を保有する中国や中近東諸国が商品相場下落を好機と見てキャピタルゲイン狙いの投資を再開。他の投資家の買いも誘発しています。

第5に、金融緩和によるドル安やインフレ懸念も商品相場の買い材料です。

もっとも、企業の業績回復よりも原材料コスト上昇が先行すると、さらなる業績悪化、雇用調整を余儀なくされ、再び下げ局面に転換します。

二日酔いは肝臓でアルコールから生成されるアセトアルデヒドの毒性が原因。「迎え酒」が切れてアルコールの血中濃度が下がると、アセトアルデヒド(不況、業績悪化、雇用調整)による「二日酔い」の不快感が蘇る悪循環に陥ります。

大切なことは飲み過ぎないことと、滋養回復のビタミンやアセトアルデヒドを分解する糖分の役割。もちろん、ビタミンや糖分は実需による景気回復です。

飲み過ぎによるアルコール(金融緩和)依存症にも要注意。1970年代以降のバブル発生と崩壊の繰り返し、この期に及んでの「迎え酒」経済を考えると、世界は既にアルコール依存症。体質改善への地道な取り組みが必要です。

(了)


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