9月16日に鳩山政権が発足し、18日に内閣府副大臣(担当は金融・郵政改革・地域主権推進など)を拝命しました。ご支援頂きました皆様方に感謝申し上げますとともに、国民の皆様の負託にお応えできるように全力で職責を果たします。メルマガ200号の区切りで、大きな節目を迎えられたことに重ねて感謝申し上げます。
鳩山政権が発足して10日。政権交代の評価は後世に委ねられますが、「日本でも選挙で本格的な政権交代が起きた」という点は国際世論も肯定的なようです。
作家の村上龍氏は9月8日のニューヨーク・タイムズ紙に寄稿し、「政権交代は日本がようやく成熟しつつある証だ」と指摘。この表現を受けて、記事の見出しは「Japan Comes of Age」=「日本は大人になる」となっています。
村上氏は「政権交代が起きても有権者は喜びを爆発させているわけではない。政府が全ての問題を解決してくれるのではないことに気づいたからだ。それは、日本がようやく成熟しつつあることを示している」と分析。
さらに「過去の日本では政府が全ての問題を解決するかのようなポーズを示していたものの、政府は全てを良くするような財源はもっていない」と指摘。そのうえで「日本人は政権交代によって生活が改善されると信じるほど幼稚ではない」とも述べています。
また「日本人はこうした事情を理解しているからこそ、マスコミで紹介される街角の表情は妙に冷静で、場合によっては暗い印象を与える」としつつも、「それは日本が衰退の淵にあることを意味するものではなく、単に子供が大人になろうとするときの憂鬱な気持ちを味わっているにすぎない」と指摘。日本を代表する文学者らしい洞察です。
そうは言っても、有権者は「今よりは良くなる」ことを期待して政権交代を選択したのですから、鳩山政権の責任は重大です。
鳩山政権の目玉は行政刷新会議と国家戦略局。いずれも国益に寄与することが求められますが、そもそも「国益とは何か」を定義することも必要です。
「国益」は英語では「national interest」ですが、日本の文献に「国益」という言葉が初めて登場したのは江戸時代中期。
藩財政を改革し、地元産品の他藩への「輸出」等によって藩経済の繁栄と自立を目指す「経世論」の中で使われた言葉です。したがって、「国益」とは経済が原点。
日本経済の障害になっている行政の非効率や無駄を廃し、財源を捻出して国民生活や産業育成に資する政策を戦略的に実行していくことが「国益」に寄与します。
鳩山首相は、さっそく「国益」を背負って国連総会(ニューヨーク)と金融サミット(ピッツバーグ)に出席。外交デビュー戦に臨みました。
リーマンショックから1年が経過し、金融サミットでは世界同時不況に関する日本の新政権のスタンスに注目が集まることが予想されました。
そこで、鳩山首相の渡米前、リーマンショック後の世界経済の動きと日本がとるべきスタンスについて、以下の視点から鳩山首相に報告させて頂きました。
そもそも、昨年11月の最初の金融サミット(ワシントン)以降、世界が取り組んできた対策は4つに分類されます。
第1は拡張的マクロ経済政策。世界経済の底割れ防止に寄与してきたものの、米国の金融バブル、中国の景気バブル、新興国の資源・穀物バブル再燃という「負の側面」も徐々に拡大。
その結果、「世界経済は最悪期を脱した」という評価がある一方、今後の世界経済については「安定的な成長は確約されていない」「先行きは不安定」という見方も少なくないことを率直に申し上げました。
第2はIMF(国際金融基金)等の国際金融ファシリティの強化。日本はIMFへの最大1000億ドルの融資、最大5000億ドルの新規借入取極(NAB)増額などを提案。
こうした対応は国際社会及び日本の責務と考えますが、その一方で、被支援国を経由したバブルにつながっている面もあります。
第3は金融危機の原因となった金融機関行動等を是正するための規制強化。金融機関のみならず、企業、投資家、監督当局への対策が講じられており、ヘッジファンドの登録制導入、金融安定化フォーラム(FSF)の金融安定化理事会(FSB)への改編強化など、一部は成案を得ています。
もっとも、規制強化は「欧州」対「米国」「産業界」対「金融界」の対立構図を生み出しており、多くの成果を得るには至っていません。
足許の懸案である自己資本比率規制強化(普通株による増強)、金融機関幹部の報酬制限についても、対立の構図を踏まえたうえで、日本としての「自己主張」が必要であることを進言しました。
金融サミット直前、及び開会中も、現地に行った担当官と連絡をとりあい、金融担当副大臣として対応はしましたが、副大臣就任は9月18日。既に規制案やコミュニケ(声明)の交渉はかなり進んでいましたので、十分に意を尽くせなかった面があります。次回以降は、早い段階から交渉に関与したいと思います。
第4は保護主義回避の動き。一般論として異論はないものの、実際には米国、欧州、中国、インド、資源国それぞれが潜在的に経済圏の囲い込みインセンティブを高めており、EPA(経済連携協定)、FTA(自由貿易協定)等の動きと連動しています。
日本は世界各国のEPA、FTA等に関する動きと戦略を注視し、「国益」を損ねないように適切な対応しなければなりません。
選挙前にFTA推進のマニフェスト政策に関連して「日本の農業が崩壊する」といった短絡的な議論が飛び交いました。国際政治経済の深層は、表層的な議論や分析によって対応すると失敗する確率の高い世界です。読者の皆さんにも、次項(3.ナッシュ均衡)も参考にしてお考え頂ければ幸いです。
新政権としては、以上の4つの対策を基本的に継承。従来の対策の良い点は強化し、見直すべき点は改善し、金融危機に端を発した世界同時不況への対策に万全を期します。
国連総会、金融サミットに先立つ国連気候変動サミットでは、鳩山首相は「2020年に25%削減(1990年比)」という日本としての地球温暖化ガス削減目標を明言。ご承知のとおり、この目標には両極端の反応がありました。
ひとつは、日本の財界幹部を中心にしたネガティブな反応。つまり、他国に比べて厳しすぎる目標であり、日本の企業が大変だという指摘です。
もうひとつは、温暖化対策をリードする野心的な目標を提示したとして日本を賞賛するポジティブな評価。国連総会での鳩山代表への大きな拍手がそれを象徴しています。
このメルマガで一貫して主張していることは、是非は別にして、外交や国際交渉にはカードゲームのような側面があるということです。そのことを裏付けるように、欧米諸国は論理学である「ゲーム理論」のスキルを実際の外交に応用していると言われています。最近では中国にもそうした傾向が見受けられます。
「25%削減目標」に関する日本の報道には、重要な部分が欠落しています。それは、鳩山首相が「全ての主要国の参加による意欲的な目標の合意が前提である」と述べている点です。ゲームには当然ルールがあります。この「前提」は言わば日本が設定したルールです。
これもこのメルマガで何度も指摘していますが、日本外交に最も欠けているのは、ルールメイクの努力が足りない点です。交渉相手の設定したルールやフィールドでプレーするだけの受け身の姿勢に終始する「お家芸」を改めなくてはなりません。
日本のメッセージを受けて、オバマ大統領は「温暖化対策のために全ての国が責任を果たそう」「米国がこの問題で消極的な行動をとる局面は終わった」「2020年にはアメリカは責任を果たす」と述べました。
インドも温暖化ガスの削減量を増やす方針を表明。こうした展開を評して、英国のミリバンド温暖化対策大臣が「日本が野心的な目標を示し、ジグソーパズルの一片、一片が並び始めた」とコメントしました。
一方、中国を筆頭にした新興国は「温暖化対策は先進国の問題である」という強行姿勢を崩していませんが、こうした新興国に対して、「ゲーム理論」的な外交スキルに長ける米国はカウンターのカードを切り始めています。
7月のG8サミット(ラクイラ)で、オバマ大統領は「各国財務大臣が気候変動ファイナンスの議論に関与すべきである」と主張。そして、今後の世界経済の議論は中国を含むG20の枠組みで行う方向に誘導しています。数手先まで読んだカードの切り方です。
「ゲーム理論」が有用なのは、複数のプレーヤーが存在する、各プレーヤーは各々目的を有する、各プレーヤーの行動は他のプレーヤーに影響を与えるという局面。まさに、外交そのものです。これまでの日本外交は、目的設定、影響分析という面が脆弱であったという印象です。
さらに「ゲーム理論」の応用は、プレーヤーの数(2人か3人以上の「n人」か)、利得の結果(ゲームによって利得がどうなるか、つまり、ゼロ、プラス、マイナスサムのいずれか)、プレーヤーの協力関係(協力する場合と非協力の場合)によって異なります。外交交渉は典型的な「n人の非協力ゲーム」です。
「n人の非協力ゲーム」に対する解のひとつが、数学者ジョン・フォーブス・ナッシュが導いた「ナッシュ均衡」。
ポイントは「他のプレーヤーの行動を所与とした場合、どのプレーヤーも自分の行動を変更することによってより高い利得を得ることができない」という均衡点が存在するということです。
逆に言えば、外交においては「他のプレーヤーの行動は所与」ではないので均衡点は存在しないことを意味します。だからこそ、常に状況の変化に応じて弾力的な主張と行動が求められるのです。
もっと簡単に言えば、「相手に読まれるような主張や行動はするな」という当たり前の鉄則。「日本は温暖化対策が進んでいるのでこれ以上は取り組めません」というワンパターンの主張は、必ずしも日本というプレーヤーやプレーヤーの総体である地球や国際社会にとってプラスサムとは限りません。
別の話ですが、世界最大の核大国である米国。その米国のオバマ大統領が「核軍縮に取り組む」と宣言して喝采を浴びているのも、「ゲーム理論」的に考えると今後の展開が興味深い「新しいゲーム」の始まりです。
財界を筆頭に、政界、学界、マスコミ界などの各界幹部は、今こそ「木を見て森を見ず」という戒めを心に刻むべきでしょう。僕自身も肝に銘じます。
(了)