日本の株価も少し底堅い雰囲気が出始め、景気の二番底は回避できそうな情勢です。
3月8日、バーゼル(スイス)の国際決済銀行(BIS)で開催された中央銀行総裁会議でも、「世界経済は底堅い」という認識が明らかにされました。
このため、主要国はマクロ経済政策を非常時モードから平時モードに戻す「出口戦略」に一層傾注することになります。
もっとも、議長役の欧州中央銀行(ECB)トリシェ総裁が、「全ての国が同じ状況ではない」と言及したことにも留意が必要です。
「出口」に向かう先頭集団は、金融危機の影響が小さかったうえに、潜在成長率も高く、景気回復が先行している新興国。相対的に金利が高く、低金利の先進国から資金流入が続いていることも景気をさらに底上げしています。
トップランナーは豪州。顕著な回復軌道を辿り、もはや「出口戦略」ではなく「出口」を通り抜けた感すらあります。
3月3日に昨秋から4度目になる利上げを実施。ほぼ平時モードに移行し、政策金利も5%前後の中立的水準に戻しつつあります。加えて、資源国としての特殊事情も寄与。中国からの需要などを牽引役として、豪州は18世紀末の入植以来の鉱山ブームに沸いています。
豪州に続く中国は、昨年10~12月の実質国内総生産(GDP)が前年比10.7%の高成長。地価や物価の高騰も勢いを増しており、今年に入って預金準備率を2度引上げ。その一方、巨額の財政出動も続けるという典型的なポリシーミックスを駆使しています。インドやブラジルも預金準備率を引上げ、中国を追走しています。
先頭集団を追う第2集団は欧米。米連邦準備制度理事会(FRB)は2月に公定歩合を引上げたものの、失業率は高止まり。実質的なゼロ金利状態が続いています。
ECBも3月4日に非常時モードの資金供給策を縮小。もっとも、欧州連合(EU)域内でギリシャの財政危機問題などを抱えており、金利引上げなどの本格的な「出口戦略」には踏み切れません。
さらに遅れて最後尾を走る日本にとって、安易な追走は禁物。主要国の中で唯一のデフレ状態であり、「出口戦略」よりも「デフレ脱却」を優先する局面です。
そのデフレの背景として考えられる要因を大雑把に整理すると4つ。
第1は需要不足。供給能力に対して需要が足りず、需給ギャップがある状態です。第2は通貨供給不足。マネーサプライが十分ではない状態です。
第3は、イノベーション(技術革新)等による価格低下圧力。良い物価下落とも言えますが、行き過ぎは弊害を招きます。
第4は海外要因。一物一価の原則の下、経済の国際化が進み、中国等の新興国の人件費や製品価格の影響を受けることを意味します。
政策当局は各々の要因への対処が必要ですが、第3の要因は企業自身の価格設定の問題。低価格で市場シェアを拡大する経営戦略は、結果的にデフレスパイラルを招き、経済全体を自縄自縛に導いている蓋然性が高いと言えます。
第4の要因に対しては、本来は為替による調整メカニズムが働きます。例えば、中国の貿易黒字によって円安元高になることを意味します。
ところが、中国元は完全な変動相場制には移行していないうえ、ドルペグのために実勢を反映した元高調整は行われません。逆に言えば、円安ドル高が進めば結果的に円安元高も進むという構図です。
第1の要因への対策は政府の仕事。景気回復と需要増加は「鶏と卵」のような関係ですが、財政出動によってカンフル的な需要を人為的に創造したり、過剰設備廃棄を促す産業政策的な工夫も必要です。もちろん、産業界自身の努力も不可欠です。
第2の要因への対策は中央銀行の仕事。中央銀行が国債を資産として持つことは通貨供給を行うことと同義。政府は助かるうえに、通貨信用力の面から言えば円安圧力となり、為替政策の視点からも整合的です。
もっとも、膨大な財政赤字を抱える日本。財政出動のための国債発行、中央銀行による過度の国債購入は、長期金利上昇リスクと常に表裏一体です。また、長期金利上昇は金利面からは円高要因、国の信用面からは円安要因。どちらが強く顕現化するかを予測することはできません。
対策が失敗することは失策。何も対策を講じないことは無策。政府も中央銀行もジレンマに陥っていますが、マクロ経済政策にとっては失策も無策も許されず、挑戦が必要な局面です。
マクロ経済政策は金融政策と財政政策から構成されています。金融政策も財政政策も、失策も無策も許されない中で、「過去の常識」が必ずしも「現在の常識」ではないという柔軟な発想で新しい可能性を考えることが必要です。
財政健全化と景気対策の両立が不可避の状況下、財源の無駄遣いや非効率、不合理、不公正な歳出を徹底的に削減する一方、財源についての工夫にも取り組まなくてはなりません。
例えば、国債。財政法第4条1項には次のように明記されています。「国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない。但し、公共事業費、出資金及び貸付金の財源については、国会の議決を経た金額の範囲内で、公債を発行し又は借入金をなすことができる」
つまり、公共事業費調達のためであれば国債を発行してよいことになっており、これが建設国債です。そのうえ、同法第4条3項には「第1項に規定する公共事業費の範囲については、毎会計年度、国会の議決を経なければならない」と定めてあります。
逆に言えば、国会の議決があれば建設国債の対象支出になるということです。この「魔法の条文」のおかげで、長きにわたり、様々な支出がドンドン建設国債の対象となり、発行額が膨張してきたのが「過去の常識」です。
因みに、日本と同じような法律上の規定はドイツの憲法にあるようですが、米英仏など、他の先進国では国債の支出目的に関する制限はありません。
法律上は日本よりも財政規律が甘い英米仏の方が、日本よりも財政赤字の対GDP(国内総生産)比がはるかに低水準。妙なことです。
「建設国債は発行してよい」とする「過去の常識」は、「橋や道路などは将来世代も使うから、財源も将来世代に負担させてよい」という考え方です。
もっともらしく聞こえますが、この「魔法の条文」によって、実際には橋や道路以外も建設国債の対象となり、そのことが日本の財政赤字拡大の原因のひとつです。
建設国債のほかにも赤字国債があります。正確には特例債。財政法上は赤字国債発行は認められていませんので、特例法を定めて発行を認めるので特例債。
1975年から発行が始まり、毎年特例法が議決されて発行されています。1990年から1993年の間は、バブル景気による税収増で発行されていません。
赤字国債は非常に印象が悪いです。しかし、赤字国債による財源が若者世代の教育や科学技術の進歩のために使われると考える場合はどうでしょうか。
将来を支えるのは若者世代、将来の税収を生み出すのは科学技術。そう考えれば、実際には何に使われているか分からない建設国債よりもよほど健全かもしれません。
建設国債が許されるのならば、教育国債や科学技術国債があっても不思議ではありません。
マクロ経済政策に失策も無策も許されない中、金融政策も財政政策も「過去の常識」の論理矛盾を明らかにするとともに、局面打開に寄与する「現在の常識」に挑戦することが必要です。
(了)