G7、G20が終わりました。引き続き、リーマンショック後の緊急避難的なマクロ経済政策(財政政策と金融政策)からの「出口戦略」も議論されました。日本の場合、それに加えて「デフレ脱却」も重要な政策課題。4月30日公表予定の日銀の「物価展望レポート」の内容が気になります。
23日、ギリシャ政府が欧州連合(EU)と欧州中央銀行(ECB)に対して資金支援を要請しました。財政悪化に起因した信用不安が収まらず、市場でギリシャの国債発行が困難になったことに対応した動きです。
ここに至る経緯を振り返ってみると、事の発端は昨年10月。政権交代で発足したパパンドレウ政権が、それまでの政権が公表していた財政赤字の実態を調査したところ、実際の規模よりも過小に公表していたことが判明。
12月になって、EUはギリシャに対して抜本的な財政再建策を講じるように警告。格付会社も相次いでギリシャ国債を格下げし、信用不安が拡大しました。ソブリンリスク(国家の信用リスク)の顕現化です。
菅財務大臣に随行してG7に行った2月はその混乱の最中。G7では欧州各国がギリシャ問題の議論で盛り上がり、日本と米国は聞き役に回っていました。
その後、EU各国の財務大臣会議がギリシャの財政再建を監視することを表明するとともに、EUと国際通貨基金(IMF)がギリシャを支援することで基本的に合意。
もっとも、フランスなどが「EU内部での解決」を目指したのに対し、ドイツは「EU外部の監視役が必要」と主張。具体策は対立していました。
最大の資金拠出を迫られる可能性の高いドイツとしては、支援反対論の根強い国内世論に配慮して「安易な支援に反対」との姿勢を示したのは当然と言えます。
4月に入り、EU統計局がギリシャの2009年の財政状況が実績見込みより悪化していると発表したのを契機にギリシャの金利が上昇。資金支援を要請する前日は、統一通貨ユーロ導入後の最高水準となる9%台に急騰。
いよいよ危機感を強めたギリシャ。切羽詰ってG7、G20の最中に資金支援要請という異例の動きとなったようです。あるいは、このタイミングにあえて動くことで、G7、G20においてギリシャ支援に関して何らかのコメントが出ることを期待したのかもしれません。
いずれにしても、この動きを受けて23日のギリシャの株価は大幅上昇。週明け26日の東京の株価も急騰。とりあえずギリシャ問題は沈静化したようですが、今後の展開はまだまだ予断を許しません。
昨秋以降、ギリシャが信用不安に対して、素早くかつ積極的に対応したとは言えません。業を煮やしたEU財務相(財務相会議議長を務めるルクセンブルクのユンケル首相)が対応を促したものの、ギリシャ国内では国民に危機感が共有されず、財政再建に反対するデモが頻発。増税などを柱とした対策がまとまったのは今年3月でした。
結果的には、ギリシャの対応が「後手に回った」ことが世界中に迷惑をかけたと言えます。
後手(ごて)とは将棋や囲碁の用語。最初に動く先手(せんて)の次に動く2手目側を指します。
ハンディキャップを設けた対局では別の呼び方もあります。囲碁の置き碁対局では、黒石を置かせた側を上手(うわて)、置いた側を下手(したて)と呼び、白石を持つ上手から打ち始めます。
将棋の駒落ち対局でも、駒を落とした側を上手、落としていない側を下手と呼び、振り駒はしないで上手から指し始めます。こうした慣行から、上手は強い方、下手は弱い方を指すようです。
囲碁の場合、置き碁した先手に対して、後手があえて先手が着手した(石を置いた)場所から離れた所に石を置くと、先手が一層有利な立場になります。こうした対応を「手を抜く」、あるいは先手の実力を軽く見て「後手に回る」とも言うそうです。
一方、通常は先手に対して後手が「手抜き」せずに先手を有利にしない対応をすることを「後手で受ける」と言います。
市場が関心を示して警鐘を鳴らしたことが先手であるとすれば、後手はギリシャの対応。甘く見て手を抜いて「後手に回る」か、甘く見ないで手を抜かずに「後手で受けるか」、大きな違いです。
今回のギリシャは後手に回り、世界各国に迷惑をかけ、自国も一段と窮地に追い込まれました。しかし、G7、G20のタイミングに資金支援要請をぶつけてきたことは、ここにきてようやく危機感を抱き「機先を制した」ということでしょうか。
因みに、上手、下手は「じょうず」「へた」とも読みます。「後手に回る」ということは下手(したて)になるということですが、財政問題に関する限り、市場の先手を制することなく下手(したて)に回ることは、対応が下手(へた)というかもしれません。
気分転換の小話を一説。上手、下手は「かみて」「しもて」とも読みます。往年の名歌手、村田英雄氏と三波春夫氏が舞台で共演した際、台本に「上手(かみて)から三波、下手(しもて)から村田」と書いてあるのを見て、村田氏が「何で三波が上手(じょうず)で俺が下手(へた)なんだ」と激怒したそうです。
先手か後手かはともかく、ギリシャが的確に対応できるかどうかがポイントです。財政再建は簡単なことではありませんが、考え方は会社の再建と似ており、ポイントは4つです。
第1は透明性。会社の財務内容が不透明であれば、投資家や株主も疑心暗鬼になります。ギリシャも同じこと。公表されていた内容が実態と異なっていたことに問題の根源があります。
第2は資金調達力。会社も資金調達力が高ければ心配ありません。ギリシャの場合、国債消化を市場に依存していたため、市場の信認を得られなければ資金繰りに支障をきたします。
第3は国債が国内市場で消化されるか、海外市場で消化されるかです。言わばその国の自己資本力。国債消化を海外市場に依存していることもギリシャの弱点です。
第4は再建計画。リストラや経営改善の内容です。歳出改革、公務員、年金等の制度改革のみならず、成長戦略や歳入対策も重要です。
日本にとってギリシャの信用不安は「対岸の火事」ではありません。22日、格付会社のフィッチは日本国債の格下げリスクに言及。国債大量発行の受け皿となっている国内市場の余力が低下することに警鐘を鳴らしました。日本としてはギリシャを「他山の石」としなければなりません。
「他山の石」の語源は中国の詩経(しきょう)に登場する「他山之石、可以攻玉」。他の山で取れた石でも、自分の宝石を磨く砥石(といし)として役立つという意味です。
余談ですが「他山の石」の用法としてふたつのよくある勘違い。ひとつは「他人の良い点をお手本にして自分の向上に役立てる」という意味にとる誤解。実際は「他人の悪い点を自分の戒めとする」という含意ですから、「あなたを他山の石として頑張ります」と言えば、相手の気分を害します。もうひとつは「他山の石としない」という表現。意味から考えれば明らかな誤用です。
要するに「他人の振り見て我が身を直せ」という意味。英語では「a whetstone for the wits(才知を磨く砥石)」「The fault of another is a good teacher(他人の失敗はよい教師)」と言うそうです。
ギリシャを「他山の石」とするならば、日本も市場の不安に対して先手を打つ必要があります。事業仕分けもその一歩。
政治家、官僚のみならず、国全体で認識を共有して対応しないと、日本は「後手で受ける」ことや「後手に回る」ことになりかねません。
(了)