最近、国際会議でAEJという略語(あるいは隠語)が一部の関係者の間で使われているそうです。アジア・エクセプト(except)・ジャパンでAEJ。つまり、日本を除くアジア。「世界経済の成長センターとしてのアジア、但し日本は除く」という意味のようです。この状況を打開するために、歳出の中身を見直して、経済成長と財政健全化を両立させる予算編成を断行する局面がやってきました。待ったなしです。
2011年度予算の概算要求基準(シーリング)が決まりました。新政権による本格的な予算編成が始まります。
例年、各省庁からの概算要求の提出締切りは8月末。したがって、昨年8月30日の総選挙による政権交代は、事実上、概算要求提出後でした。
そこで、9月16日に発足した新政権はシーリングを廃止。ゼロベースで予算編成に着手した結果、マニフェスト政策を予算に盛り込めた一方、シーリングがなくなったために要求額が拡大。2010年度当初予算は過去最大の92兆円となりました。
過去最大予算には批判もありましたが、結果的に当初予算と1次補正予算を一度に編成したのと同様の効果があったとも言えます。足許の景気動向を見る限り、過去最大予算の編成、執行は景気対策としては奏功しました。
因みに2009年度は、旧政権下で編成された当初、1次補正、新政権下の2次補正の合計の予算総額は103兆円でした。
一方、9兆円の税収不足という不運はあったものの、過去最大44兆円の国債発行額が財政健全化に対する懸念を高めました。
2011年度の予算編成では、マニフェスト政策を予算に盛り込むとともに、財政健全化に取り組むことも必要です。
新しい概算要求基準は、名称も「組み替え基準」に変更されました。従来のシーリングは前年実績をベースとした漸進的対応であり、既存事業の見直しは行えません。
そこで「組み替え基準」では、新しい政策と既存事業の優先順位を明確にして、まずは不要不急あるいは優先度の劣後する予算を1割削減。
1割以上削減した省庁には、該当分の3倍までの新規予算要求を認めるというインセンティブ対応も組み込まれています。
長年に亘って本格的にはトライできなかった予算編成改革に漸く着手。これこそが政権交代の本来の目的と言っても過言ではありません。
無駄な予算を削ると言っても、無駄の判断基準は人によって区々。むしろ、限られた予算の中に、各省庁で優先度が高いと判断した順に計上し、枠に入りきらなかった分は諦めるというスタンスで臨むことがポイントでしょう。
各省庁の判断のセンスと予算編成改革、そして予算の中身の改革に向けた本気度が問われます。
様々な困難があると思いますが、新しいことへの挑戦なくして、現状打開も問題解決もあり得ません。
2009年度の貿易統計が公表されました。1990年代半ば以降、日本の対中貿易収支は年間2兆円から3兆円の赤字で推移してきましたが、09年度は約4800億円と大幅に縮小。
リーマンショック後の日本の不況と、中国の景気回復が相対的に早くかつ顕著であったことが主因です。
09年度の中国からの輸入は前年度比16%減。一方、中国への輸出は同4%減にとどまり、その差が貿易赤字縮小につながりました。
しかし、理由はそれだけではありません。中国の景気回復が相対的に早かっただけではなく、急増する中国の中間層が日本製品に対する嗜好性を顕著に高めているようです。
1980年代以降、日本企業は安価な労働力を求めて中国に生産拠点をシフトしました。その結果、原材料や部品を中国に輸出する一方、安価な最終製品を中国から輸入。
日本の対中貿易収支は悪化の一途を辿り、四半期ベースでも1989年第1四半期以降ずっと赤字が続いています。
ところが、最近では日本から中国への最終製品輸出が急増。典型例は自動車です。今年1月から5月の中国への自動車輸出は前年同期比5割増の約9万7千台。ビデオカメラ等の高付加価値のAV製品の対中輸出も好調です。
こうした傾向を映じ、季節調整を加えた今年第1四半期の対中貿易収支は既に黒字に転換したというマーケットアナリストの指摘も聞かれます。
新興国の需要取り込みは先進国共通の課題。その中で、日本は中間層需要に特化した戦略をとるべきです。
新興国の中間層人口は今後10数年間で約10億人増加。その1割を獲得すれば、日本丸ごと、1億人分の需要を得ることになります。
そのためには、メイド・イン・ジャパン(MIJ)ブランドで世界を再び席巻することが必要です。つまり、MIJを新興国が模倣できない高品質、高級品、高付加価値の製品や技術の代名詞とすることです。
政官学財各界がこの戦略を共有して努力すれば、十分実現可能です。そして、それを継続するためには、人材教育、研究開発投資が不可欠。
国の来年度予算からその方針を徹底するとともに、自治体予算や企業投資においても同様に対応すべきでしょう。
先週、年次経済財政報告(経済財政白書)が公表されました。白書は、日本経済が需給ギャップ、デフレ、財政赤字という3つの問題を抱えていることを指摘。このうち、需給ギャップについて少し考えてみます。
需給ギャップの原因は、需要不足か供給過剰、あるいはその両方です。両方が起きていると考えるのが妥当でしょう。
需要不足を埋めるためには財政出動による景気対策。「失われた20年」の間に断続的に行われたのが定番の公共事業です。
しかし、その波及効果は弱まり、むしろ他に回す予算を圧迫、浪費するようになりました。今後の需要対策は、財政出動の中身、つまり支出対象の選択が重要です。
一方、供給過剰の実情分析と有効な対策についての議論が、これまでは必ずしも十分ではなかった気がします。
「失われた20年」の間の日本の設備投資対GDP(実質国内総生産)比は約15%、同じ時期の米国、英国の対GDP比は約10%。つまり、日本は設備投資を旺盛に行いました。
一方、その間の日本の平均実質成長率は年率約1%、米国、英国は2%台半ば。つまり、日本の設備投資はあまり効果的ではなかったと言えます。供給過剰が発生している蓋然性が読み取れます。
あるいは、需要がある分野への供給能力が不足し、需要がない分野の供給能力を抱えているのかもしれません。
前項で示した対中貿易の動向に鑑みると、前者が高付加価値分野、後者が低付加価値分野です。後者の産業は労働コストの低い新興国にはかないません。
前者に特化すると、製造業全体の規模を縮小する蓋然性が高いと言えます。そこで、製造業からスピルオーバーする労働者を吸収する新しい産業が必要です。
それが、雇用吸収力の高い医療、介護、教育、農業、林業などです。とくに医療については興味深いデータがあります。
医療費の対GDP比は日本の8%に対して米国は18%。支出が多いということは需要があるということです。日米とも、医療費は今後も増加傾向が続きます。
米国はその需要が米国企業に回ってくることを企図して医療産業を育成。あるいは、戦略的に世界各国の医療需要が米国企業に回ってくるような通商政策を行っています。
日本も、日本のみならず、米国や諸外国の医療需要が日本に向かうような高度な医療産業、医療関係企業を育成することが急務です。
医療の雇用吸収力に期待するだけでなく、医療そのものを高度化して成長産業とすることが喫緊の課題です。MIJ(メイド・イン・ジャパン)の医薬品や医療機器に対して、世界から需要が殺到するようにしなければなりません。
予算編成でどのような組み替えが必要であるか「推して知るべし」と言えます。新しいことへの挑戦なくして、現状打開も問題解決もあり得ません。
(了)