今年最後のメルマガです。送信が28日になってしまいましたので、ご覧頂くのが新年になる方も多いと思います。いずれにしても、今年もご愛読ありがとうございました。来年も粛々と職務に取り組むと同時に、メルマガを通じて政治経済動向をお伝えしていきます。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
前号(229号)の第1項のタイトルは「インフレの中国」。来年(2011年)は、中国政府が明確な金融引締めに転換する見込みであることをお伝えしました。
25日、年越しを待たずに中国人民銀行(中央銀行)が早くも動きました。基準金利(政策金利)を0.25%引き上げました。2年10か月ぶりの利上げとなった10月20日以来、今年2度目。来年の金融引締め姿勢が一段と明確になりました。
しかも、今回の引き上げに至る過程は、中国経済の来年以降の動きを予測するうえでなかなか意義深い展開です。それは、金融市場の動きを追随する格好で利上げが行われたことと関係しています。
前号でお伝えしましたように、12日に閉幕した中央経済工作会議で来年の金融引締め方針が確定。それを受け、中国の金融市場(中心は上海銀行間取引市場)で金利が上昇し始めました。
もちろん、年末越えの資金需要増加、インフレ懸念の強まり等も影響していますが、市場が来年以降の金利上昇を予測し、先行して上がり始めたという傾向が顕著に現れた展開です。
つまり、市場が利上げを催促し、政策当局がそれを追認するという市場追随型の政策変更です。
また、政策当局関係者が「クリスマスで欧米市場が閉まっている日に利上げをすることで、中国の利上げを消化する時間的余裕を与え、市場の混乱を回避した」とコメント。市場の消化を重視した市場対話型の政策変更です。
中国の金融市場のルールや金融政策の運営方法は、日米欧諸国に比べると、まだまだ異なる印象があります。しかし、今回の市場追随型、市場対話型の対応をみると、そうした面でも急速に同質化が進みつつあるように感じます。
逆に言えば、来年の中国の金融政策は、市場に催促される格好で(つまり市場金利の上昇に追随して)何度も利上げに追い込まれる可能性があるということです。
今回の基準金利引き上げで、貸出は5.81%、預金は2.75%となりました。前回の利上げ局面での基準金利は貸出で7%超に達していましたので、まだ1%以上の利上げ余地があります。
2011年は、物価や不動産市況の動向、市場金利の動向を睨みながら、中国人民銀行は数回の利上げを余儀なくされる可能性が高いようです。
ところで、中国の11月の消費者物価上昇率は前年同月比5.1%。2年4か月ぶりに5%の大台に乗せました。
上述のように、今回の利上げで預金の基準金利は2.75%になりましたが、物価上昇率はそれをはるかに上回っています。預金者の立場で考えると、実質マイナス金利です。
つまり、預金を預けていると、その間に実質価値が目減り。したがって、金や株式など、物価上昇率以上の利回りの得られる実物投資のインセンティブを高めています。
あるいは、目減りするぐらいならば物を買った方が得という感覚になって、消費行動を誘発します。
こうした状況を鑑みると、金融緩和の効果が顕著に出ていると言えます。
日本では1990年代半ば以降、既に約15年間にわたって超低金利政策、あるいはゼロ金利政策が行われています。しかし、その間、ずっとデフレも続いています。中国のようにはなりません。
金利もプラス、物価上昇率もプラスという正常な経済状況の下では、名目金利から物価上昇率を控除すると(引くと)実質金利になるという関係が成り立ちます。
この関係に当てはめて考えると、デフレ下では物価上昇率がマイナスとなりますので、実質金利は名目金利より高くなります。日本ではなぜこうした状況が約15年も続いているのでしょうか。
過去のメルマガでも何回かお伝えしましたが、ひとつの仮説としては、超低金利の副作用ということかもしれません。
貸出で実質マイナス金利となる場合には、「お金を借りると利息がもらえる」という有り難くも不合理かつ異常な事態となります。しかし、そんなウマイ話は世の中にありません。
そこで、名目金利をあまり低くし過ぎると(金融緩和を行い過ぎると)、「お金を借りれば利息を払う」という常識が成り立つためには物価上昇率がマイナスにならなければならないというパラドックスに到ります。
つまり、デフレは超低金利政策の「結果」かもしれないということです。あくまで頭の体操ですが、そういう可能性も否定できません。
リーマンショック後の超低金利政策の結果、欧米でも似たような傾向が出始めましたが、日本のように本格的なデフレには至っていません。中国は1年前に一時的にデフレ状態に陥りましたが、その後は急速に物価が上昇しています。
なぜ日本だけデフレが継続し、しかもその状態を改善できないのか。来年こそはデフレ脱却を実現するために、さらなる政策的チャレンジに取り組まなくてはなりません。
そういう観点から、金融政策と財政政策から構成されるマクロ経済政策は正念場です。既にこれまでも様々な取り組みをしてきましたが、現実にデフレ脱却に至らず、本格的な景気回復を果たしていない以上、さらなるチャレンジが要求されます。
政府・日銀は2011年のデフレ脱却目標を明言していることから、その実現に向けて、あらゆる政策的思考と政策手段を検証し、実践することが求められます。
そのためにも、改めて整理が必要なのは、デフレは金融問題か財政問題かという論点に対する考え方です。
金融問題であるとする立場に立てば、デフレに至っている原因は通貨供給量、マネーサプライが不足しているという主張になり、デフレ脱却が実現するまで金融緩和を強化、加速させるという考え方につながります。いわゆるリフレ政策です。
財政問題であるという立場からは、デフレは需要不足が原因であり、需給ギャップを埋めるために財政出動するべきという考え方になります。
どちらか一方が正解と断言することは難しく、実際には両方の面が複合的に影響してデフレが生じているものと思います。
そこで、来年はさらに思い切って金融緩和と財政出動を行うべきという主張が当然出てきます。
しかし、振り返ってみれば、1990年代以降、ずっと金融緩和と財政出動を継続。その間、十分な効果が出なかったのが現実ですから、その原因がハッキリしない以上、さらに金融緩和と財政出動を行って効果が出る保障はありません。
金融緩和の手段が適切でないのか、財政出動の対象が適切でないのか、あるいはその両方か。
昨年一時的にデフレに陥った中国は、金融機関に貸出量を増加させました。1990年代前半に廃止された日本の窓口指導を彷彿とさせますが、結果的にデフレから脱却。
景気対策としての財政出動で公共事業を行うのは日本のお家芸。しかし、かつてのような公共事業の投資乗数効果(財政出動の規模以上に経済が拡大する効果)は期待できなくなっています。
悩みは尽きませんが、いずれにしても悩んでいるだけでは問題は解決しません。金融当局も財政当局も、来年は蛮勇を奮って政策的チャレンジを行うことが不可避です。
政権交代が実現した去年の干支は己丑(つちのとうし)。暦の含意は「新しい秩序が始まる年」。今年の干支は庚寅(かのえとら)。含意は「これまでのやり方が限界を迎える年」。そして来年の干支は辛卯(かのとう)。含意は「新しい芽が出る年」。
マクロ経済政策の理論と手段についても、「新しい芽が出る年」にしなくてはなりません。
(了)