政治経済レポート:OKマガジン(Vol.237)2011.4.6


前号で予想したとおり、暫定規制値を超える食品や飲料水が多数確認されました。深刻な原発事故が発生した以上、回避することが困難な事態と言わざるを得ません。放射性物質と向き合わざるを得ない日本。今号とともに前号を再読して頂き、放射性物質や放射線についての正確な認識を共有させて頂ければ幸甚です。


1.世界三大原発事故

3月11日に発生した大地震、大津波に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故。残念ながら、「フクシマ」は「スリーマイル」「チェルノブイリ」と並んで世界三大原発事故として歴史に名前を刻まれました。

米国ペンシルベニア州スリーマイル島原発事故は1979年3月28日に発生。冷却系機器の故障と作業員の運転ミスによって2号炉の冷却水が消失。炉心が空炊き状態となって、燃料の一部が溶解。微量の放射性物質が放出され、原発から半径約8キロメートル(5マイル)の住民約14万人が避難しました。

1980年から除染作業が始まったものの、原子炉からの燃料搬出作業は1985年に漸く開始。搬出には5年かかり、除染が確認できたのは1993年。事故発生から実に14年後でした。

一方、旧ソ連ウクライナのチェルノブイリ原発4号炉が運転中に炉心溶融(メルトダウン)して大爆発したのは1986年4月26日。原子炉建屋が吹き飛びました。

原因は作業員の安全運転規定違反や原子炉の構造的欠陥と言われており、原発から半径30キロメートル圏内の住民約12万人が強制避難。その後疎開した人は約40万人に及びました。

事故発生から25年が経過した今も同圏内の立入制限は続いており、原則として居住禁止。約500万ヘクタールの農地が耕作禁止または制限の対象となりました。

福島の原子炉はスリーマイルと同じ軽水炉。一方、チェルノブイリは格納容器のない黒鉛炉であり、炭素である黒鉛がむき出し状態で燃え続けました。こうした違いから、福島はチェルノブイリと同じような展開にはならないという指摘が聞かれます。

もっとも、福島1号機から4号機の合計出力は281.2万キロワットとチェルノブイリ4号機の約3倍。専門家の中には、燃料に含まれる放射性物質は福島の方が圧倒的に多く、潜在的危険性は高いという意見もあります。

また、スリーマイルでは炉心を冷却しきれず、溶解した高熱燃料がステンレス製の格納容器の一部を溶かしました。福島でも同様の現象が進むことを懸念する専門家もいます。

放射性物質の放出を止め、原子炉の冷温停止を実現できるか否か。福島の今後は全く予断を許しません。

2.未知との遭遇

原発事故は依然として収束していません。飲料水、牛乳・乳製品、野菜・魚介類・肉類・卵等の食品への放射性物質の影響も続いています。

今後、日本は長きに亘って放射性物質と向き合っていかざるを得ないのが不可避の現実。放射性物質の影響について、正確な認識と情報を持つことが肝要です。

日本はこれまで、これほど深刻な原子力災害に直面したことはなく、食品に関する放射性物質の規制は存在しませんでした。

そこで、原発事故発生直後の3月17日、厚生労働省は暫定規制値を導入。原子力安全委員会が2000年に策定した基準値を準用したものです。

原子力安全委員会は、1974年の原子力船「むつ」の放射能漏れ事故を契機に1978年に設立。1999年の茨城県JCOウラン加工工場での臨界事故を機に体制が強化され、現在に至っています。

原子力安全委員会は国際放射線防護委員会(ICRP)が設定した基準値を参考にしています。ICRPは放射線防護に関する勧告を行う国際的な学術組織であり、その起源は1928年設立の国際X線ラジウム防護委員会(IXRPC)。1950年に現在の名称になりました。ICRPの勧告は、世界各国の規制の基礎となっています。

また、厚生労働省は乳児に関する暫定規制値についてはコーデックス(国際食品規格)委員会(CAC)の基準値も参考にしました。

CACは国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)が1963年に設立した政府間組織。消費者の健康保護、食品の公正貿易促進を目的として活動しています。

「コーデックス」はローマ時代の「食品法典(コーデックス・アリメンタリアス)」というラテン語に由来したネーミングです。

国際的、学術的に信頼性の高いICRP、CACの基準値を参考にした暫定規制値ですが、放射性ヨウ素については魚介類を対象としていません。

その理由は、魚介類については放射性ヨウ素が蓄積されにくいというのが従来共有されていた科学的知見だったからです。

しかし、現実には魚介類からも高濃度の放射性ヨウ素が検出され、世界は今、従来の科学的知見が通用しない深刻な原子力災害の「未知との遭遇」に直面しています。

3.食物連鎖と生物濃縮

4月5日、政府は魚介類の放射性ヨウ素について暫定規制値を決定。野菜と同じ2000ベクレル(Bq/kg)です。

茨城県沖で1日に捕獲したコウナゴ(イカナゴの稚魚)から4080ベクレルの放射性ヨウ素が検出されたことを受けた対応です。その後、4日に捕獲したコウナゴから526ベクレルの放射性セシウム(暫定規制値500ベクレル)も検出。魚介類への規制もやむを得ない状況です。

3月24日、原子力安全委員会は次のような見解を公表しています。曰く「一般的には、海水中に放出された放射性物質は、潮流に流されて拡散していくことから、実際に魚、海藻等の海洋生物に取り込まれるまでには、相当程度薄まると考えられます。また、ヨウ素については、半減期が8日と比較的短いため、人がこれらの海産物を食するまでには、相当程度低減しているものと考えられます」。

つまり、魚介類が海水中の放射性物質の影響を受けても、人が食べるまでにはかなりの時間を経るため、問題ないという論理展開です。従来から共有されてきたこの科学的知見は、今回の事態において2つの前提が崩れました。

第1に、海水が長期間に亘って高濃度の水及び空気の影響を受けることは想定していないこと。

第2に、放射性物質が高濃度含まれる海水中に生息する魚介類を捕獲することは想定していないこと。

つまり、第1の前提が崩れた結果、第2の前提も崩壊。翻って考えれば、第1の前提が維持できれば、やがては第2の前提も復元。放射性物質の放出、高濃度の水の放出が抑止できれば、魚介類に対する影響も軽減されるということです。

しかし、もうひとつ問題があります。放射性物質の放出、高濃度の水の放出が抑止できても、既に海水が影響を受け、一部の魚介類がその海水の影響を受けたことは事実です。「食物連鎖」や「生物濃縮」に注意が必要です。

そのためにもモニタリングの充実が不可欠。今後長きに亘って放射性物質と向き合わざるを得ない日本にとって、飲料水・乳製品・野菜・魚介類・肉類等の食品のみならず、空気・土壌等、可能な限り、幅広く、継続的に、かつ十分な頻度で検査を行うことが不可避の課題です。

(了)


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