年初のメルマガでお伝えしましたが、今年の干支(えと)である「辛卯(かのとう)」の含意は「新しい芽が出る」。大災害に見舞われたものの、困難の中から「新しい芽」を出す努力をしなければなりません。犠牲者、被災者の皆さんに報いるためにも、国民全体で被災地の復旧・復興を果たし、日本の「新しい芽」が出るように頑張ります。同時に、激変する国際環境への対応も怠ることはできません。
4月14日、中国海南島三亜市でBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)による首脳会議が開催されました。
首脳会議では、国連でのBRICSの発言力強化、G7(先進7ヵ国首脳会議)に対する牽制、原子力発電の重要性の3点を指摘した「三亜宣言」を採択。それぞれ、戦略的な内容が盛り込まれています。
第1に、国連安保理常任理事国である中国とロシアが、非常任理事国であるインド、ブラジル、南アフリカと協力して安保理改革を推進することに言及。5ヵ国とも理事国であり、米欧中心の安保理運営に釘を刺しています。
また、リビア問題でのBRICSの協力、アフリカ連合(AU)による仲介も提案。リビアへの欧米の介入を牽制しています。
第2に、G20を主要な国際フォーラムとして支持する一方、G7については言及せず。つまり、BRICSが参加しているG20(主要20ヵ国・地域首脳会議)での協議や意思決定は認めるものの、G7だけで世界の重要事項を差配することは看過しないことを示唆。
第3は、東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けての立場を明確にしています。具体的には、地球温暖化対策として、「共通だが差異のある原則」の下で国連気候変動枠組条約と京都議定書の実施を強化し、BRICSは今後もエネルギー戦略上原発を重視することを明言。
前段では、温暖化ガス削減に関して、既に過去において大量の二酸化炭素等を排出したG7がより重い責任を負うべきであることを主張。後段では、温暖化対策が今後の成長の足枷とならないよう、BRICSは原発を活用する方針を示しています。
BRICS首脳会議と同じ14日、米国ワシントンで財務相・中央銀行総裁によるG7とG20が開催されていました。
中国人民銀行の周小川総裁はG20参加を見送り、BRICS首脳会議翌日に開催された中国版ダボス会議「博鰲アジアフォーラム」に出席。そのうえ、「G20では国際金融改革に関する議論ができない」と発言したと報じられています。
今や米国に次ぐ世界第2位の経済大国となった中国。国際覇権(ヘゲモニー)を巡って、米国への対抗心を高めています。
世界史においては、19世紀は「英国の時代」、20世紀は「米国の時代」。中国の台頭が著しい21世紀は「中国の時代」となる可能性があります。
世界のGDP(国内総生産)に占めるシェアをみると、中国(9.3%)は米国(23.3%)に次いで2位。日本(8.6%)は中国に抜かれて3位です。
中国は米国中心のG7への対抗を意識して、BRICS体制の構築に腐心。もっとも、BRICSのGDPシェアは、ブラジル(3.3%)、インド(2.4%)、ロシア(2.3%)、南アフリカ(0.6%)に中国を加えても17.9%。現時点では、G7の約50%に及びません。
中国以外の4ヵ国は、BRICSに軸足を置くか、G7と良好な関係を維持するか。どちらが得策かを瀬踏みしつつ、BRICSに参加しているのが実情です。
とくに、中国との間で国境紛争を抱えるインドの慎重姿勢は顕著。BRICS首脳会議翌日の主要紙には、「張りぼてのBRICS」「セメントが必要なBRICS」という批判的な見出しが躍りました。シン首相は「博鰲アジアフォーラム」にも出席しませんでした。
中国元の切り上げ問題も各国間の利害対立になっています。ブラジルのルセフ大統領は、かねてより、過度の元安がブラジル輸出産業の競争力を低下させていると主張。今回の首脳会議で元切り上げ問題が取り上げられなかったことに不満を表明しています。
従来、BRICsの「s」は小文字の「s」。BRICsという用語はゴールドマン・サックスのジム・オニール氏が2001年に生み出した造語です。ブラジル、ロシア、インド、中国の新興4ヵ国の影響力拡大を予測したものです。
したがって、「s」は4ヵ国であることを示す複数形の「s」。あるいは、他の新興国も含めた新興国全体を示す「s」でした。
南アフリカの参加は昨年12月に決定。南アフリカの参加で小文字の「s」は大文字の「S」に「昇格」したものの、中国のアフリカ戦略の一環であることは明白。アフリカ諸国には、アフリカ大陸に対する貪欲な進出政策を進める中国に対する警戒感もあります。
今や大量消費国となり、食料や資源価格の高騰に悩む中国に対して、ロシアは供給国。両国の利害は対立しています。また、中ロ両国は潜在的な国境問題や軍事的対立も抱えています。
イデオロギーや価値観をかなりの部分共有するG7に対して、BRICSの結束が進むか否かは今後の課題と言えます。
世界の覇権が時代とともに移り変わるのは歴史の宿命。20世紀は米国、19世紀は英国、それ以前は、オランダ、スペイン、ポルトガルといった国々が、それぞれ一時代の盟主として君臨しました。
盟主を決定する主因は経済力と軍事力。とくに、経済力の中で基軸通貨の持つ意味は重要です。
日本でも1970年代以降、円の基軸通貨化、貿易の円決済化を多くの論者が主張。しかし、実現していません。同盟国米国のドルが基軸通貨であることも影響しているでしょう。
中国は当然、19世紀のポンド、20世紀のドルに続いて、21世紀は元を基軸通貨とすることを模索。しかし、経済の国際化と変動相場制の下では、基軸通貨として認知されるためには貿易不均衡是正のための元切り上げが必要条件です。
ところが、本格的な元切り上げは現在の中国にとっては実現困難。なぜならば、拡大する貿易黒字、蓄積される富が中国の経済力、発言力の源泉だからです。貿易黒字を支える元安の維持は中国の生命線と言えます。
しかも、元安維持のためのドル買い元売り介入で放出される大量の元がバブルを誘発。バブルによる資産力向上は国民の所得向上にもつながっています。
貿易黒字とバブルの恩恵が、拡大する貧富の格差などの社会的不満の爆発を抑止。言わば、元安は中国社会の安全装置の役割も果たしています。
こうした中、BRICS首脳会議で中国は「自国通貨による貿易決済を推進すべき」と主張。決済通貨多極化によって米ドルの地位の相対的低下を企図しているようです。
上述のように、中国は元安維持のために大量のドル買い元売り介入を続ける一方、BRICSのメンバー国であるブラジルレアルは、資源価格高騰等を反映して大幅上昇。ブラジルから見ると中国の主張は虫のいい話です。
ロシアルーブルやインドルピーも下落傾向にあり、BRICS各国は呉越同舟、あるいは同床異夢というのが実情でしょう。
呉越同舟の出典は「孫子」。利害や目的が一致すれば、競合相手同士でも協力し合うこと。 同床異夢の出典は「陳亮」。同じ立場にあっても考え方や目的が異なること。
BRICSが呉越同舟になるか、同床異夢になるか。日本としても、十分な情報収集と分析が必要です。
(了)