震災「復旧」のための平成23年度1次補正予算が成立しました。被災地・被災者支援に取り組みつつ、次は「復興」に向けた2次補正予算の検討に入ります。また、震災前から懸案となっている社会保障制度改革も佳境に入りつつあります。腸管出血性大腸菌(O111)による食中毒事故が発生し、食品行政の見直しも急務です。課題が山積する中、引き続き全力で職務に精励します。
地震・津波・原子力発電所事故による東日本大震災は日本経済に甚大な被害を及ぼしました。被害総額を正確に見積もることはできません。
被災者の失業、事業活動の休停止、放射線物質放出に伴う風評被害や輸出減少など、全ての影響も加味すれば、GDP(国内総生産)の約1割(約50兆円)程度と考えられます。
日本経済の先行きを悲観し、株価も円も急落と思いきや、不思議なことが起きています。
5月2日の東京市場では、日経平均株価が東日本大震災が発生した3月11日以来の1万円台回復。
5月5日のニューヨーク外国為替市場では、79円64銭まで円が急騰。日米欧の中央銀行が協調介入を行った3月18日以来、1か月半振りの円高です。
株価回復は歓迎、円高は輸出企業にはマイナス。しかし、株価も為替も日本悲観論の売り一色となっていない点は喜ばしいことです。
とは言え、市場が日本経済の先行きを楽観し、復興を目指す日本のために協力してくれているという美談ではありません。残念ながら単なるマネーゲーム。
2007年のサブプライムローン危機、2008年のリーマンショック後も、市場における潜在的バブル、実体経済に対して過剰な流動性が供給されているという状況が続いているからです。
過剰流動性は地下に滞留するマグマと同じ。常に「噴出口」を探しています。過剰流動性のルーツは40年前。米国がドルと金の兌換停止を発表した1971年のニクソンショックです。
以来、基軸通貨ドルは、国際収支の不均衡(米国の構造的な貿易赤字)に加え、軍事支出拡大等に伴う恒常的な財政赤字によって過剰供給が継続。米国の貿易赤字と財政赤字は「双子の赤字」と呼ばれるようになりました。
その後、世界の主要国は、マネタリズムに基づく金融緩和、財政赤字、自国通貨安を企図した為替介入資金の放置など、過剰流動性を蓄積する政策行動を積み重ねて今日に至っています。
「彷徨う過剰流動性」は、株、債券、為替、資源、穀物、土地、絵画など、常に「噴出口」を求めて蠢いています。
東日本大震災からの復興を目指す日本。「彷徨う過剰流動性」に、経済や復興を撹乱されることのないように留意しなくてはなりません。
「彷徨う過剰流動性」はいくつもの「噴出口」に影響を与えています。ひとつは、原油や金をターゲットにした国際商品市場。
原油先物の指標となるWTI(ウェスト・テキサス・インターミディエイト)は4月に約3年振りの1バレル110ドル台まで上昇。
ニューヨーク商品取引所(COMEX)の金先物は1オンス1600ドル近くまで急騰し、史上最高値圏で推移。
もうひとつは海外株式市場。リーマンショック後、最初は新興国、その後は先進国の株価が回復。世界の株式時価総額は2009年2月末に29兆ドルまで縮小しましたが、今年4月末には60兆ドルに回復。リーマンショック直前に比べて2割上回る水準。日本が2割下回っているのとは対照的です。
とくに昨年秋以降、FRB(米国連邦準備制度理事会)が大規模な国債買入(QE2)を決定するなど、先進国の金融緩和を受けて欧米の株価が続伸。先行していた新興国株価との差を詰めた格好です。
一方、リーマンショック後の回復で先行していた新興国。昨年来、過剰流動性を背景とした投機資金流入の弊害が出始めているほか、先進国の金融緩和の影響を受けています。すなわち、インフレと通貨高の二重苦です。
インフレが顕著になってきた新興国は、昨年来、一斉に金融引締にシフト。中国は、累次にわたる政策金利引き上げ、預金準備率引き上げを実施。直近では、5月5日にインドが0.5の大幅利上げ。年率20%近い物価上昇率となっているベトナムでは5月2日に包括的なインフレ対策を発表。
先進国の金融緩和、新興国の金融引締は必然的に新興国通貨に投機資金を呼び込み、新興国は通貨高に直面。通貨高はインフレ抑制には整合的ですが、輸出主導の経済成長が前提の新興国にとってはマイナス要因。
こうした中、中国を筆頭に自国通貨安を維持するために為替介入を継続。しかも、ドル買い自国通貨売り介入で放出した自国通貨を市場に放置。ドルもその他通貨も供給過剰状態となり、「彷徨う過剰流動性」を増幅しています。
何かが下落して、何かが上昇する。世界経済はこの当然の現象、呪縛から逃れられません。その中で、巧みに経済を舵取りすることが政府に求められています。
「彷徨う過剰流動性」の動きは、東日本大震災の復興に取り組む日本にも無関係ではありません。足元の株価の1万円台回復、為替の80円割れも投機資金の影響です。政府は何が起きるかを予測して行動しなければなりません。
大震災で被害を受けた生産設備やサプライチェーンによる供給力減少は、民間シンクタンクの推計によれば概ね5兆円程度。大震災前の日本経済の需給ギャップを25兆円程度と仮定すれば、約20%のギャップ縮小です。
一方、大震災による消費者や企業マインドの後退は需要を減退させます。縮小した需給ギャップは再び拡大します。
その差を埋めるのが復興需要。公共インフラ、生産設備、住宅等の復興に伴い、巨額の復興需要が見込まれます。
成立した1次補正予算分で4兆円、今後編成が行われる2次補正予算案、来年度以降の当初予算や補正予算の復興関連分を含めると、被害総額の何割かを埋め合わせる規模になります。直観的には、今後数年間で30兆円程度に達するはずですし、そうでなければなりません。また、新エネルギー政策等の推進に伴う新たな投資需要も見込まれます。
こうした展開は市場も予測しています。そこで蠢き始めるのは「彷徨う過剰流動性」。復興需要や新産業への投資需要を囃し、株式市場に資金が流入するでしょう。復興支援のための流入ではありません。株価上昇に伴うキャピタルゲインを狙った投機資金です。
しかし、資金が流入しないよりは、流入した方が良いです。問題は、流入資金の歩留まりを高め、流出させないことです。
アジアの成長センターを標榜しつつ、金融証券市場や都市インフラでアジアの新興国、新興都市に遅れをとった東京や大阪。復興が本格化する局面は、そうした面でも一気に挽回するチャンスです。
復興計画、新エネルギー等の産業政策、金融証券市場政策、都市政策、地域振興政策など、政府はあらゆる面で日本の方向性を明確にして、資金流入を促す取り組みが必要です。「失われた20年」を一気に挽回する意気込みが、結果的に大震災の復興も促進します。
但し、資金流入は円高要因。輸出産業対策も抜かりなく準備することも求められます。
(了)