東日本大震災、原子力発電所事故の発生から3か月。震災と原発事故への対応は途上ですが、他の懸案への対応も疎かにできません。とくに国際情勢は、日本の窮状を慮(おもんばか)って暫くタイム(小休止)という訳にはいきません。各国の虚々実々の駆け引きが続いています。
6月9日、外務省が米国で実施した対日世論調査の結果を公表。「アジアにおける米国の最も重要なパートナー」に対する回答は、中国が39%でトップ、日本は31%で2番手。1975年の調査開始以来、初めて日本がトップから陥落したそうです。
調査対象を有識者に限ると、中国46%、日本28%。こちらは、2年連続で中国がトップ。中国の経済的プレゼンスが高まっている以上、当然の結果と言えます。
その一方、中国と米国の軍事的緊張も高まっています。同じ9日、次期米国防長官に指名されたパネッタ中央情報局(CIA)長官が、米上院軍事委員会に対して中国の軍事力拡大への懸念を表明する書面を提出。
具体的には、台湾有事における米軍介入の阻止能力、高度な武力衝突に短期間で勝利する能力、核戦争や宇宙・サイバー空間における攻撃能力の向上を指摘。
折しも、8日には宮古島の北東約100kmの公海を中国海軍艦艇8隻が通過、翌9日にも同3隻が通過。西太平洋で合流し、米軍や周辺諸国への示威を目的とした過去最大規模の軍事演習を行うようです。
これに先立つ3日、シンガポールで開催された主要国の国防相クラスによる「アジア安全保障会議」では、南シナ海の領有権を巡る問題が主要議題。
中国が主張する領有権はボルネオ島沿岸までの南シナ海ほぼ全域。排他的経済水域を遙かに超えており、沿岸国のベトナムやフィリピンとの緊張関係も高まっています。
2日には、南シナ海の南沙諸島周辺で中国海軍艦艇3隻がベトナム漁船に対して威嚇射撃。翌3日、ベトナム政府がハノイの中国大使館に抗議するとともに、シンガポール訪問中のゲーツ米国防長官が中国の梁光烈国防相と急遽会談する展開となりました。
それから1週間後の西太平洋での中国海軍の軍事演習。南シナ海への米国の介入を西太平洋で阻止するという姿勢を示す示威行為と言えます。
日本としては、米国での世論調査よりも、もっと具体的な情報収集、分析、行動にリソースを割くべきでしょう。
米国にどう思われているかを気にするよりも、米国も気にするような自立した国際国家、同盟国として戦略的に行動することが大切です。
中国が南シナ海での勢力拡大、実効支配を企図するのは、豊富な石油資源の獲得を目指した動きです。
5月下旬、新華社通信系の雑誌が海底油井掘削装置(オイルリグ)「海洋石油981号」が上海を出発して東シナ海を移動中であることを報じました。
新華社通信は中国政府の国営メディア。当然意図された報道であり、諸外国へのメッセージです。
「海洋石油981号」は別名「海洋石油空母」。中国最大規模のオイルリグであるうえ、海上移動が可能なことに由来したニックネームです。
中国初の海底3000メートル級の半潜水式オイルリグであり、最深掘削深度は1万2000メートル。
5月23日に上海の造船工場で進水式が行われ、現在は巡視艇や中国海軍艦艇の護衛を受けて南シナ海に向かっているようです。
所有権を有する中国海洋石油の幹部が「情勢によっては軍事的支援を受けることを排除しない」と発言しているそうですから驚きです。
中国は1980年代から南シナ海沿岸部の石油資源の獲得に布石を打ってきました。当然、沿岸国との緊張関係は高まります。しかし、埋蔵量の多い大型油田は深海部が中心のため、深海掘削技術のない段階では現実的な摩擦には至りませんでした。
ところが、「海洋石油981号」の登場で局面が変わりつつあります。7月には試運転と試掘を行い、今秋から本格稼働させる模様です。
それを目前に控えての中国海軍の西太平洋での大規模軍事演習やベトナム漁船への威嚇射撃。単なる偶然でないことは明らかです。
「孫子の兵法」に曰く「兵は詭道(きどう)なり」。戦争とは敵を欺く(陽動する)行為と教えています。
「廟算(びょうさん)」という言葉もあります。曰く「算多きは勝ち、算少なきは勝たず。而(しか)るを況(いわ)んや算無きに於いてをや」。
北アフリカ・中東情勢への対応に腐心している米国、東日本大震災への対応に追われている日本、「詭道」と「廟算」を駆使して国家戦略を実践する中国。西太平洋、東シナ海、南シナ海情勢は予断を許しません。
シンガポールでの「アジア安全保障会議」では、ゲーツ米国防長官が南シナ海の自由航行権を守るために米国が軍事的関与を継続することを表明。梁光烈中国国防相は米国のアジア太平洋地域への軍事的関与の強化を批判。双方の応酬が続いています。
海軍力を強化し、西太平洋の実効支配を目指す中国。その中国海軍の拠点として整備されつつあるのが南シナ海に臨む海南島三亜市の亜竜湾。中国初の「空母戦闘群」の母港となる予定です。
「空母戦闘群」は空母を中核に、護衛艦(フリゲート艦)、駆逐艦、潜水艦、補給艦などで構成されます。因みに、米海軍は11の「空母戦闘群」を保有。
中国は旧ソ連空母「ワリャーグ」を補修中であり、既に最終段階。年内にも訓練用空母として亜竜湾に配備するほか、中国初の国産空母も建造中です。
空母と行動をともにする潜水艦は既に配備済み。亜竜湾の西に隣接する楡林港には、ロシア製キロ級潜水艦、国産旧型の宋級潜水艦、国産新型の晋級潜水艦の基地が建設され、上空(偵察衛星)から見えない地下(水中)ドッグも存在するようです。
この「空母戦闘群」と連動して作戦活動を行うのが「南海艦隊」。広東省湛江が母港です。中国版イージス艦と言われる防空ミサイル駆逐艦「蘭州」「海口」などが配備されています。
こうした艦隊の整備と並行して進んでいるのが対艦弾道ミサイルの配備。陸上から敵国の艦艇を攻撃するミサイルです。
とくに、新型の対艦弾道ミサイル「東風(DF)21D」を広東省広州市周辺の山間部に配備済みという情報が注目を集めています。「東風21D」は射程約2000km。別名「空母キラー」。
「空母戦闘群」や「南海艦隊」は南シナ海での周辺諸国に対する威嚇戦力。実効支配を担保する役割を担います。もちろん、「米太平洋艦隊」と遭遇すれば対峙することとなります。
しかし、「米太平洋艦隊」が西太平洋から南シナ海に入ってくることができなければ、遭遇することはありません。「空母キラー」は、空母を中心とした米艦隊を南シナ海に接近させない役割を担っています。
「空母キラー」は南シナ海のみならず、東シナ海や台湾、尖閣列島も射程圏内。物騒な話題ですが、平和を希求しつつも、冷徹に国際情勢や周辺諸国の動向を分析することが求められます。
(了)