国会が延長されました。東日本大震災、原子力発電所事故への対応を考えれば当然のことですが、延長国会で十分な成果をあげることが求められます。与野党とも、政局や党利党略を優先するようなことがあってはなりません。社会保障改革、財政問題、郵政改革、緊迫する外交問題。山積する課題に真剣に取り組みましょう。
年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の理事長が、金融証券市場におけるGPIFの存在を自ら「池の中の鯨」と比喩しました(6月19日付日経ヴェリタス)。市場に対して、GPIFの規模がいかに巨大であるかを示しています。
GPIFの経緯と現状を理解すると、年金制度改革を含む社会保障改革が火急を要することがよくわかります。また、現在の年金制度の矛盾や課題も明らかになります。
GPIFは年金保険料の「積立金」を預かり、運用する組織。「積立金」の規模は約120兆円に及び、世界最大の年金基金です。
1961年に国民年金制度が発足し、国民皆年金が実現。しかし、公的年金は賦課方式です。つまり、現役世代の支払う保険料で毎年の高齢者の年金給付金を賄う仕組みですから、余り(剰余金)は発生しないのが本来の姿。この余りのことを「積立金」と呼んでいます。
したがって、1970年の「積立金」はわずか5兆円。適度な規模でした。ところが、経済成長に伴う所得増加を映じて、保険料収入が急増。毎年の年金給付金を差し引いた年金収支は黒字が続き、「積立金」が膨張。集め過ぎたとも言えます。
「積立金」の膨張は2つの大きな問題につながりました。ひとつは国民の錯覚。「積立金」という表現によって、多くの国民が「年金保険料は自分たちの老後のために積み立てられている」と感じる誤解を生んだのです。
国民の錯覚は、年金制度に対する関心の低さ(あるいは「積立金があるから大丈夫」という漠然とした安心感)につながり、もうひとつの問題を深刻化させました。
もうひとつの問題、それは「積立金」の浪費。膨張した「積立金」は霞ヶ関や永田町の浪費の財源となりました。様々な施設の建設や利権・天下り組織の設立・運営に転用されたということです。
そのことを象徴するある年金官僚幹部の発言が政権交代前の国会で問題となりました。曰く「保険料は毎年入ってくるので、積立金はドンドン使えば良い」という趣旨。1970年代の発言ですが、何と公式文書にその記録が残っていました。驚くべきことです。
時は移り、今はその2つの問題の解決に取り組む局面。国民の錯覚はかなり解消され、年金制度の将来に対する関心(というより不安)は十分に高まりました。
「積立金」の使い方はかつてに比べれば十分に監視されるようになりましたが、まだまだ工夫と改善の余地があります。努力を怠ってはいけません。
国連平和維持活動(Peace Keeping Operation)のことではありません。株式や国債の価格維持のために「積立金」が買い支えに出動することを比喩した表現です。つまり「Price Keeping Operation」(価格維持操作)の頭文字。
バブル崩壊後の1990年代、株価低迷の局面で郵貯・簡保や年金の資金が株式を買い支えているという情報が飛び交いました。日本の国連平和維持軍への参加が話題になっていた頃だったため、その略称にかけてPKOというニックネームがつきました。
そう言えば、郵貯・簡保も「池の中の鯨」と表現されていました。金融市場における資金規模の巨大さを表現したものであり、元祖「池の中の鯨」です。
GPIF理事長が「池の中の鯨」と称したことから、池の中には2匹の鯨が生息することになります。2匹の鯨の飼育管理に細心の注意を払わないと、池が崩壊します。
2匹の鯨はいずれも最近様子が変です。まずGPIF。株式市場や国債市場に「買い手」として登場してPKOを演じていたGPIFが、最近は「売り手」に変身。
「保険料は毎年入ってくるので、積立金はドンドン使えば良い」というノリで、年金給付金の水準を決め、他の用途に浪費してきたツケが回っているということです。
つまり、少子高齢化が進展し、年金給付金が膨張する中、保険料収入と税金(国庫負担)で賄えない分は「積立金」を取り崩して補填しなければならない状況となりました。
この変身によって、私たちは2つの問題に直面しました。ひとつは、いつまでもこうした状況を続けているわけにはいかないので、年金制度を見直すこと。
つまり、保険料水準、給付金水準、国庫負担水準等を見直して、年金制度の持続可能性を高めること。このことが、「社会保障制度の税の一体改革」の背景です。
もうひとつはキャッシュアウト(換金売り)。GPIFが「積立金」を取り崩す際、運用資産を換金しなくてはなりません。資産の大半は国債や株式。そこで、国債市場や株式市場に売り圧力がかかるということです。
PKOは今や「Price Knock down Operation」かもしれません。
因みに、もう1匹の鯨。郵貯・簡保も資金規模が縮小しつつあります。この傾向が続くと、やがて国債や株式を売却せざるを得なくなります。
郵政改革に関する反対論者の頭の中は2005年の郵政民営化当時のまま。事態の変化と深刻さを理解できていません。
GPIFのみならず、JP(日本郵政グループ)もキャッシュアウトを始める前に、社会保障制度改革も郵政改革も実現しなくてはなりません。
「積立金」は、かつては旧大蔵省資金運用部に預託されていました。「第2の予算」と呼ばれた財政投融資の原資となり、公共事業等に使われていました。
この間、旧厚生省の年金福祉事業団(特殊法人)が資金運用部から資金を借りて株や債券に自主運用。厚労省が大蔵省に預託した資金を厚労省の特殊法人がまた借りるという不可思議な構図でした。
財政投融資による不要不急の公共投資、年金福祉事業団による不可思議な自主運用などの批判を受け、2000年の省庁再編、2001年の財投改革が行われました。
その際、「積立金」を預かって運用する組織として年金資金運用基金が設立され、さらに2006年に現在の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)となって今日に至っています。
GPIFの預かる120兆円の運用資産構成(ポートフォリオ)は、大雑把に言えば、国内債券7割、外国債券・国内株式・外国株式がそれぞれ1割ずつ。要するに国内資産が8割を占め、国内偏重との指摘も聞かれます。
諸外国の公的年金基金のポートフォリオは、GPIFに比べると株式のウェイトが高いのが特徴です。例えば、米国最大の公的年金カリフォルニア州職員退職年金基金(カルパース)は約65%が株式です。
GPIFの運用は、専門家から構成される運用委員会が中期計画を策定し、ポートフォリオや運用利回りの目標等を定めます。
年金制度改革がなかなか実現しない中、GPIFのパフォーマンスには十分に関心を払っていくことが必要です。
GPIFは「買い手」から「売り手」に変身。「変身」という表現を使っていたら、学生時代に読んだフランツ・カフカの名著「変身」を思い出しました。
主人公がある朝目覚めると、自分が巨大な毒虫に変身していたシーンから小説が始まります。毒虫はやがて、家族への愛情を思い返しながら息絶えます。
GPIFも本来は国民(家族)の大切な資産を守るための組織。「変身」して毒虫にならないように、体質改善を図っていかなくてはなりません。
(了)