新しい代表が野田佳彦議員に決まり、まもなく新体制がスタート。東日本大震災の復興、原子力発電所事故の収束、景気回復、財政再建、社会保障改革。いずれも待ったなしの課題です。新体制でさらに努力し、成果を上げなくてはなりません。
6重苦。最近の新聞や経済誌の流行語です。記事によって6重苦の内容に違いがあるものの、総じて言えば、円高、重い法人税、厳しすぎる労働規制、コスト負担につながる環境制約(温暖化ガス削減負担)、遅れている自由貿易体制(FTAへの対応の遅れ)、原発事故に起因する電力不足の6つのようです。
何とも重苦しい表現で「お先真っ暗」という感じですが、塞(ふさ)ぎ込んでいても解決策は見つかりません。頭を柔らかくして、打開策のヒントを考えてみたいと思います。
6重苦の筆頭にあげられることが多い「円高」。果たして、「円高」なのか、それとも「ドル安」なのか。答えは明らかに「ドル安」です。
「円高」であれば、円が高くなっている原因を解決するのが円高対策。しかも、それが日本自身に起因する原因であれば、能動的に解決できます。
しかし、現実は「ドル安」。ドルが安くなっている原因は日本と関係なく、日本が能動的に解決することはできません。ここに円高対策の困難さがあります。
「ドル安」の原因は、米国経済の先行き不透明感、米国の財政赤字、そして米国政府の「ドル安」戦略。
しかも、米国ドルと連動する人民元や韓国ウォンなどのアジア通貨、そして欧州ユーロ、いずれも「自国通貨安」戦略をとっています。つまり、自国通貨安で輸出主導の景気回復を企図。
その結果、日本円が相対的な買いの対象となり、「みんなが買うから自分も買う」「みんなが買うから円高になる」「円高になるなら為替差益を狙って円投機」という「スパイラル円高」です。
円自身には買い材料となる積極的要因はありません。東日本大震災、景気低迷、財政赤字。円にとっては厳しい材料ばかりですが、「ドル安」の反射効果としての「スパイラル円高」。
「スパイラル円高」への対策は何か。ひとつは、各国が「自国通貨安」戦略を競い合っているのであれば、日本も「円安」戦略を採用すること。
もうひとつは、円売り材料が市場に認識されるような政策運営をすること。現状分析に基づいて考えればそういうことになりますが、それは日本にとって必ずしも合理的対応とは言えません。
「スパイラル円高」への第1の対策。つまり、日本も「円安」戦略を採用すること。これは理解できます。
端的な具体策は「円売りドル買い」の為替介入。その前に立ちはだかるのは、主要国が足並みを揃えた協調介入でなければ効果がないうえ、単独介入は主要国との信頼関係を損ねるという「定説」です。
しかし、主要国が「自国通貨安」戦略をとっている以上、従来の「定説」は果たして今も「定説」と考えるべきでしょうか。それが問題です。
そもそも、「自国通貨安」政策は経済学の教科書的に言えば「近隣窮乏化政策」。つまり、他国に迷惑をかける政策です。
欧米諸国や中国、韓国がそうした政策を採用している中で、単独介入は主要国との信頼関係を損ねるという「定説」には少々疑問を感じます。
いずれにしても、「円売りドル買い」介入をする場合には、効果がなければ意味がありません。実行に際しては、徹底的にやり切る覚悟が必要です。
先日の介入も1日で4兆円以上の大量介入。規模は評価できますが、もっと続けるべきだったとの意見も少なくありません。
加えて、「円売りドル買い」介入を行った場合、売った円を市場から吸収する「不胎化介入」と、売った円を市場に放置する「非不胎化介入」の2種類があります。
現状では、明らかに「非不胎化介入」が合理的。介入資金を市場に放置するということは円の供給量を増やすことと同義であり、事実上の金融緩和。
各国通貨の中長期的な関係は各国の金利水準と物価水準に影響されます。1990年代以降、中長期的に一貫して円高傾向となっている原因はデフレが続いているためです。
仮に徹底的な「円売りドル買い」介入で短期的な効果をあげたとしても、介入が終わるとデフレの影響でまた円高。それでは効果が消失します。
したがって、徹底した規模と期間の「非不胎化介入」。現在の日本が置かれている状況を整理すると、その選択が「合理的対応」と言えます。
それではなぜそれを実行しないのか。その答えは再び「定説」に戻ります。つまり、単独介入は主要国との信頼関係を損ねるという「定説」です。
因みに、主要国との信頼関係とは外交そのもの。円高対策や為替政策は外交政策であることも認識しなければなりません。
「スパイラル円高」への第2の対策は、円売り材料が市場に認識されるような政策運営を行うこと。
東日本大震災、景気低迷、財政赤字の深刻さや悪影響がもっと市場に認識されるような政策運営ということになります。つまり、日本の窮状を喧伝するということですが、何だか違和感を覚えます。
東日本大震災から復興し、景気低迷から抜け出し、財政再建も進展させるのが政府や政治の役割。円売り材料が市場に認識されるような政策運営は合理的とは言えません。
しかも、東日本大震災から復興し、景気低迷から抜け出し、財政再建も進展すれば、一段と円高になることは必至。つまり、窮状の改善をアピールすれば円高。ここにジレンマがあります。
ジレンマの語源はラテン語。2つの仮定(di-lemma)から導き出される矛盾や問題を意味します。どちらも受け入れられないということです。
「窮状を喧伝して円安にすること」、「窮状の改善を喧伝して円高になること」、いずれも受け入れられないというジレンマです。
窮状は改善する方が望ましいのは当然。ということは、ジレンマの原因は「窮状」の扱い方ではなく、「円高」の捉え方です。
「円高」で困るのは「輸出競争力が低下する」「輸出が伸びない」からです。「そんなことは当たり前だ」と怒られそうですが、頭を柔らかくして考えてみたいと思います。
「輸出競争力が低下する」と、企業の海外進出、現地生産を加速させ、国内産業の空洞化につながるというのが「定説」です。
しかし、国内需要が頭打ちとなる一方、海外需要は旺盛で将来的にも増加が見込まれる製品を、自社でコントロールできないリスクを抱えながら国内で生産し続けることは合理的対応とは言えません。
自社でコントロールできないリスクのひとつは為替相場。リスクを制御し、極小化するのが経営の鉄則であるとすれば、企業の海外進出、現地生産は合理的対応と言わざるを得ません。
もちろん、企業がそうした合理的対応をしなくてもすむように努力するのが政府や政治の役割。その努力を継続しつつも、時代と環境がドンドン変化しているため、それでも企業は常に合理的対応を模索せざるを得ないでしょう。
そこで、次に直面するのは国内の雇用問題。企業の海外進出、現地生産が進めば、国内の労働者のために、新たな仕事、新たな雇用を生み出す必要があります。
キーワードは、新たな産業、新たな製品。「国内でこれから需要されるもの」、「海外でこれから需要されるもの」を生産しなくてはなりません。
輸出に焦点を当てて考えると、相手国や海外の消費者が「買う物を生産する」のではなく、「買いたくなる物を生産する」ということかもしれません。
言うは易く、行うは難し。口で言うほど容易ではないことは十分認識しつつも、物事の本質を直視することが肝要です。「買う物」と「買いたくなる物」とは異なります。
企業に問われているのは「買いたくなる物」を作る努力。政府に求められるのは企業の努力をサポートすることと、企業の努力の邪魔をしないための政府自身の自己改革です。
「買いたくなる物」を作ろうとする企業の努力をサポートするために、規制改革や予算面での産業育成支援など、政府の努力も問われます。
(了)