新体制の下では議会側に戻り、拉致問題特別委員会委員長、財政金融委員会委員、予算委員会委員として仕事をします。前号に続いて、為替問題についてお伝えします。
世界の主要国が自国通貨安を競う「通貨戦争」が続いています。もちろん、自国通貨安による輸出増加、景気への好影響を企図した動きです。
自国通貨安、輸出増加を目指す政策は、経済学の教科書では「近隣窮乏化政策」と定義しています。つまり、周りに迷惑をかけて自国が潤う政策という意味です。
そんな中、現下の為替市場で割り負けている(自国通貨高になっている)のはスイスと日本。一昨年来からずっとそうした傾向が続いています。
この間、スイスも日本も数次にわたる為替介入(自国通貨売り)を行ってきましたが、各国の協調を得ることは難しく、スイスフラン高、円高が続いています。
業を煮やしたスイスは、先週6日、大胆な決断をしました。スイス国立銀行(中央銀行)がスイスフランの上限を1ユーロ=1.2スイスフランと定め、その水準を維持するために無制限に為替介入を行うと発表したのです。
上限水準の周辺レンジ(範囲)で推移したり、常に上限水準よりも安いレンジに収まることになればターゲットレンジ制。あるいは、上限水準に張り付いた状況が続けば事実上の固定相場制とも言えます。
長期的に効果を維持するためには、さらに資本流入規制などを打ち出す必要があるでしょう。金融市場や金融法制の自由度をセールスポイントとしているスイスにとって、そうした規制を打ち出すことは困難な課題です。
また、為替相場を特定の相手国通貨(スイスの場合はユーロ)と連動させて一定水準に維持するためには、金融政策においても制約を受けます。
つまり、相手国(スイスの場合はEU域内国)の金利変動や金融政策に追随した対応をしないと、金利差の変化が為替相場に影響を与えます。
したがって、相手国の金利が低下すればスイスも金融緩和、上昇すれば金融引締という組み合わせ。スイス国立銀行は、スイス国内の景気動向と関係なく、金融政策の方向性に制約を受けるリスクがあります。
こうした難問を抱えていることから、無制限為替介入の成否はわかりません。しかし、スイスの断固たる意思表示は市場に伝わっており、しばらくは上限水準周辺のターゲットレンジ相場となりそうです。それだけでも効果的と言えます。
一方の日本。スイスの断固たる意思表示を受けて、政府・日銀の対応に注目が集まりましたが、7日の日銀政策決定会合(MPM)では新たな措置は打ち出されず、当面の方針は現状維持。予想の範囲内でした。
市場や経済メディアは、日本がスイスと同様の断固たる意思表示を行うことは、いくつかの理由から困難であると見切っています。
第1に、G7(先進7カ国)の一員としてはスイスと同じような措置は行えないとの見方。無制限為替介入は、G7各国の同意、賛同、協調が得られないということです。
第2は、スイスフランと異なり、円は世界の三大通貨(ドル、ユーロ、円)のひとつ。人民元にその地位を追い上げられているとは言え、三大通貨のひとつが無制限為替介入で特定水準を維持することは、国際的に許されないというロジックです。
第3は、スイスフランと円の市場規模の差。世界の為替市場に占めるスイスフランの割合(シェア)は約6%。一方の円は約19%。市場規模が大きいため、為替介入で一定水準を維持することは困難との指摘です。
第4は、スイスとEUの関係。スイスの輸出入の半分以上が対EUであるため、スイスフランをユーロと連動させることには一定の合理性と相手国(EU)の納得性が得られるということです。場合によっては、スイスがEUに加盟すれば問題は即解決です。
それに対して、円がドルやユーロと連動することの合理性はありません。また、日本が米国やEUと同一通貨となることも現実的ではありません。
以上のような理由から、日本がスイスと同様の措置を講じる可能性があるとは誰も思っていません。
こうした中、日本の当面の動きについては、第3次補正予算の成立に合わせて日銀が追加緩和に踏み切るとの見方が大勢。その間も、過度な円高や相場の急激な変動には為替介入で対応する可能性はあると市場は見ています。いわゆる、スムーシング・オペレーション。いずれも、従来からの枠組みの域を出ていません。
追加緩和と為替介入は円高対策に成り得ますが、第3次補正予算は景気回復という文脈からは円高要因。為替に対する効果は相殺されます。
為替の問題を為替対策だけで対処するには限界があります。何しろ、相手国のある話のうえ、市場規模が大きいことから、日本だけで日本の望む展開を実現することは不可能です。
歴史を振り返ると、1949年から始まった1ドル360円の固定相場制時代を経て、1971年のニクソンショックによって変動相場制時代に突入。米国の巨額の貿易赤字を背景とした突然の大転換でした。
同年12月のスミソニアン協定によって、固定相場制復帰(円は1ドル308円)が試みられたものの、1973年には再び変動相場制へ移行し、今日に至っています。基本的にはジリジリと円高が進んでいます。
その間、特筆すべきは1985年のプラザ合意。日本の貿易黒字が拡大し、世界経済において日本の一人勝ちのような印象が強まっていた中、G7諸国が円の大幅切り上げを要求。
当時1ドル250円前後であった円相場は、1年で100円以上値上がり。以後、四半世紀(25年)の間に再びジリジリと円高が進み、現在は史上最高値圏という状況です。
それでも何とか基調的な貿易黒字を続けている日本。その驚異的な対応力は、日本が誇るべき企業の底力です。
しかし、その底力も無限というわけではありません。日本の輸出企業の海外生産、国内空洞化は1990年代から進んでいますが、ここにきて「静かな日本脱出」が加速しています。
例えば、隣国の韓国。人件費、電力コスト、法人実効税率のいずれも日本より低く、韓国に進出する日本企業が漸増しています。
製造業の人件費(従業員の月額賃金)は日本の約28万円に対して、韓国は約9万円。電力コストは時間1キロワット当たり、日本の約11円に対し、韓国は約4円。いずれも3倍近い開きです。法人実効税率は、日本の約41%に対して韓国は約24%となっています。
韓国ウォンはドル連動であり、上記の比較は1ドル77円換算。人件費や電力コストは為替が円高であることの影響も受けていますが、為替要因だけでないことも明らかです。
貿易立国を目指す韓国は、FTA(自由貿易協定)締結も加速。そうした点も日本企業の韓国進出を促しています。FTAによって競争に晒される産業や企業に対しては、予算、税制、規制等の面で支援しており、日本が見習うべき点は多いと言えます。
プラザ合意(1985年)までの日本は、アジアで唯一の西側先進国、G7の一員であり、「世界の工場」「世界一の貿易黒字国」としての地位が保証されていました。円相場の水準調整も言わば止むを得ない要求だったと言えます。
しかし、この四半世紀の間に状況は一変。過度な為替調整、日本だけの独り負けを回避しつつ、競争相手国と比べて日本が劣っている点を是正し、日本の特長として育てる点には大胆な支援を行っていくことが急務です。一刻の余裕もありません。
野田内閣と民主党、政府・与党の手腕が問われる局面です。いや、この問題に党派は関係ありません。今日の状況を生み出したかつての与党(現在の野党)にも責任を感じてもらいつつ、党派を超えて協調し、日本が一丸となって対応していくことが必要です。
(了)