円高が加速しています。連日の最高値更新で、輸出企業はさらに厳しい状況に追い込まれています。
政府高官は「過度の円高には断固とした措置をとる」と繰り返し発言していますが、逆に言えば、「断固とした措置」をとらなければ現状追認。「狼少年」になってしまっては、市場への影響力は失われます。
円相場に対する考え方は輸出企業と輸入企業で正反対。しかし、過度の円高は輸出企業の業績悪化を通じ、景気全体にマイナス。結果的に輸入企業の業績低迷にもつながります。
輸出企業にとっての採算ライン、輸入企業のメリットも勘案すると、現在の日本にとって総合的な適正水準は90円前後。そうした水準になるように、政策当局は万策を尽くさなければなりません。
円高対策は2つに分類されます。ひとつは、円高そのものの是正。つまり、円相場の水準を調整すること、為替介入等の「断固たる措置」もそれに寄与できるか否かが問われます。
しかし、為替介入等の相手は市場という「姿なき敵」。日本の思惑通りに円相場の水準が調整できるかどうかはわかりません。
もうひとつの円高対策は、円高に苦しむ輸出企業に対する支援策。つまり、円高そのものを是正するわけではなく、輸出企業に対する対症療法。
10月21日、政府は「円高への総合的対応策」を発表。しかし、その内容は対症療法のみ。円高そのものの是正を想定した「断固たる措置」は含まれていません。
政府として、ドル、ユーロ、元、ウォン等の外貨を買入れ、円を売却するような施策が入ってこそ、「円高への総合的対応策」です。
「円高への総合的対応策」に記されている「海外M&A」「資源確保」という項目。これを「本格的」に実行すれば、円高そのものの是正にある程度寄与できる可能性はあります。
「本格的」に実行する気があるかどうかは、8月24日に発表された「円高対応緊急ファシリティ」の実績をみればわかります。
外為特会のドル資金1000億ドル分を、日本企業による外国企業買収や、資源・エネルギーの確保に使うとされていますが、実績はまだのようです。
「本格的」に実行する気があるかどうか、確認しなければなりません。
このメルマガで再三お伝えしますが、国際社会はG20(主要20ヶ国・地域)時代に突入。G7(先進7ヶ国)時代は終わったということです。
日本がアジアで唯一のG7の一員として、「アジアで唯一欧米諸国の窓口(ゲートウェイ)となる国」「アジアで唯一の輸出大国・経済大国」「アジアで唯一の特別な立場を保障されている国」という時代は終焉。日本は徹底した意識改革が必要です。
諸外国との交渉における思考パターンだけでなく、戦略や政策を企画立案・実行するうえでも意識改革が必要です。「意識改革なくして、日本再生なし」と言えます。
円高対策についても同じです。意識改革というよりも発想を柔軟にして考えることが不可欠。「従来の非常識」は「現在の常識」、「従来の常識」は「現在の非常識」かもしれません。
輸出企業が困っているのは円換算の利益が減るからです。そうした状況への対症療法として、輸出企業が稼得した外貨を政府が公定価格で買い取ることは一考に値します。
予測不能の急激な円高、過度の円高に対処するため、例えば半期ごとに政府の公定レート(買い取り円相場)を定め、輸出企業の外貨を買い取るという発想です。
具体的には、稼得外貨の一定割合(例えば3割とか4割)を公定レートで政府のエージェント(代理人)である政府系金融機関が買い取る仕組み。瞬間的に「それは無理だ」と思ったとすれば、そういう点の意識改革が必要ということです。
政府の円売りドル買い介入で円高是正が進まず、かえって円高が進んだ場合には政府は為替差損を被ります。政府の損失の反射現象として利益を得るのは取引相手の金融機関。投機筋も含まれます。
どうせ政府が損失を被るのならば、公定レートで輸出企業から外貨を買い取っても同じこと。しかも、その外貨は政府が円転しない限り実現損とはなりません。
日本が過度の円高に直面する中、マネーゲーム的市場取引を行う金融機関や投機筋の利益のために政府が損失を被るよりも、輸出企業のために政府が損失を被る方が政策的妥当性があります。
輸出企業が稼得した外貨をベースに課税することも考えられます。外貨ベースの利益に対して課税し、輸出企業は外貨で法人税等を納付。輸出企業は損失を被りません。
円高による損失を政府が円転するタイミングは政府自ら選択できるうえ、その外貨を使って政府ファンドとして運用することも可能です。
円ベースの税収が足りないということならば、外貨を担保に政府が日銀から円を借りることも想定できます。
いずれも「それは無理」と思えば、意識改革は土台無理。できることもできません。「それは無理」と思うなら、G20時代の国際社会に対応することも「それは無理」。
発想や工夫に自ら限界や固定観念を設けることは回避すべきです。「意識改革なくして、日本再生なし」です。
従来の常識や経済理論からすれば、円高是正のためには金融緩和。つまり、日本の金利を相対的に低くし、円売りを誘発するということです。しかし、各国とも金融緩和を競い合えば、その効果は期待できません。
日本の景気が悪くなれば円は売られます。また、日本の財政や将来の見通しが悪化すれば円は売られます。
しかし、政府自らが自国の景気や財政、将来の見通しを悪化させることは本末転倒。そんなことはできません。
現実には、日本の景気や財政、将来見通しは心配な状況です。とくに、東日本大震災や福島第一原子力発電所事故の影響から、本来であれば円は売られる局面です。
それにもかかわらず、連日の円高。しかも、過去最高値の更新。何だか釈然としない展開です。
欧州の財政危機や米国の景気後退の影響から、相対的に安心な円が買われていると説明されても、納得のいかない人も多いでしょう。
昨日(10月25日)、米国のガイトナー財務長官が「現在の円高は米国経済の低迷が背景」と発言。自戒の念を込めた発言のように聞こえますが、米国の財務長官がこうした発言をすればさらに円高が進みます。
困ったものですが、ドル安誘導を企図した戦略的な発言とすれば、さらに困ったことです。日本の政府高官も巧みに行動しなければなりません。
円を巡る事態がここまで不合理な状況になっている以上、政府・日銀としても、これまでの常識にこだわらずに円高対策に腐心するのが当然の責務です。
円高の構造的要因のひとつはデフレ。デフレ国の通貨価値は上昇し、インフレ国の通貨価値は下落。これは論理的な帰結です。
デフレが始まって既に15年近くが経過。デフレ脱却を政策目標に掲げながら、現に実現できていない政府・日銀の結果責任は重いと言えます。
もちろん、そのうちの13年間は以前の政府の責任、2年間は今の政府の責任。政府の一員であった僕自身ももちろん責任はシェアしています。
これまでの政策が効果を発揮しない以上、まだやっていないことにチャレンジする必要があります。
リーマンショック(2008年)以降、欧米の中央銀行に比べて日銀の金融緩和の程度、とくに量的緩和(バランスシート拡大)の程度が足りないという指摘もあります。データをみると、たしかにそのとおり。
頭の体操、仮定の話ですが、東日本大震災、福島第一原子力発電所事故の直後、政府の重要組織の一員として、日銀が「震災財源引受勘定(仮称、例えば数10兆円分)」を設置する政策決定をしていたとします。
財源問題は解決し、バランスシート拡大も可能となり、結果的に円高も相当程度是正された可能性を否定できません。但し、仮定の話。成否はやってみなくてはわかりません。
しかし、これまでの政策が現に効果を発揮せず、対外的に公表している政策目標(プラスの物価上昇率)を実現できていない以上、真摯な反省と新たな取り組みへの柔軟な発想が要求されます。
瞬間的に「それは無理」「そんな馬鹿な」と結論づけ、思考停止してしまえばそれまでのこと。デフレ脱却も円高是正も「それは無理」。
日本経済の先導役となって頑張っている輸出企業の我慢も限界にきていることを深く認識し、永田町(政治)も霞ヶ関(行政)も本石町(日銀)も責務を果たさなくてはなりません。僕自身も全力を尽くします。
(了)