第180国会が始まりました。世界も日本も激変期。全ての事象は直接、間接に関わり合っています。国際社会のパワーポリティクスの深層を洞察し、日本の行く末、日本のとるべき行動を、多面的な視点から考えなくてはなりません。今国会も、愚直に職責を果たしていきます。
昨年秋、国際原子力機関(IAEA)は、イランのアフマディネジャド政権が核兵器開発を続けていることを指摘。これを契機に、米国オバマ政権と米議会はイランへの圧力強化、追加制裁を本格化させました。
昨年12月、米国議会は、イラン中央銀行に対して原油輸入代金を支払った外国銀行と米国金融機関との取引を制限する制裁措置法を可決。要するに、世界各国に、米国のイラン制裁に協力することを強要する措置です。
これを受け、EU(欧州連合)はイランからの原油禁輸を決定。欧州財政危機を抱えるEUは、この局面、米国に追随する以外に選択肢はなかったという指摘も聞かれます。原油禁輸の発動時期は今年7月。イラン、米国、EUの虚々実々の駆け引きが続いています。
イランは、米国、EUの措置に反発。ペルシャ湾からアラビア海に抜けるホルムズ海峡の海上封鎖も辞さない構えを示す一方、米海軍はアラビア海北部に空母「エイブラハム・リンカーン」と「カール・ビンソン」を急派。示威行為としてホルムズ海峡を通過させました。
この間、米国に対抗する中国、インド、ロシアの反応からも目を離せません。
中国とインドはイランとの原油取引継続を表明。もっとも、中印両国は米国・EUの動きに配慮するため、イランに経済的ダメージを与えるという大義名分で原油価格引下げを要求。これぞまさしく「漁夫の利」。黄河文明とインダス文明という世界最古の歴史を誇る中印両国の外交上手には脱帽です。
一方、ロシアは原油輸出国。ホルムズ海峡での紛争勃発による原油価格高騰は、ロシアにとって経済的にはプラスとなります。ロシアの動きは複雑化するでしょう。
折しも、米国は2010年の「4年ごとの国防政策見直し」(QDR)で中東・湾岸地域と朝鮮半島の「二正面戦略」を放棄。つまり、従来はふたつの地域で大規模な紛争が起きても対応できる戦力を保持する戦略でしたが、軍事費負担軽減を企図してその戦略を放棄。当然、産軍複合体(軍と軍需産業)は反発しています。
昨年のイラン危機急浮上の背景には、そうした米国内の複雑な力学の影響を指摘する向きもあります。真実は闇の中。国際社会のパワーポリティクスは権謀術数の世界です。
ところで、日本の輸入原油の8割はホルムズ海峡を通過。ホルムズ海峡で紛争が勃発すると、経済的に最もダメージを受けるのは日本。独自の情報と戦略を持たずして、日本が権謀術数の国際社会を泳ぎ切ることはできません。
日本の原油輸入先のベスト5(2010年)は、サウジアラビア(29.2%)、UAE(20.9%)、カタール(11.6%)、イラン(9.8%)、ロシア(7.1%)。イランに対する米国やEUの制裁措置の動向は、日本経済にとっても大問題です。
昨年12月、日本もイランへの追加制裁を閣議了解。新たにイラン系銀行3行と取引を停止し、106団体1個人の資産を凍結。取引停止のイラン系銀行は20行になりました。
しかし、原油輸入の決済をするイラン中央銀行との取引は継続。イランから原油輸入を続けると、輸入企業の決裁を担う日本の金融機関はイラン中央銀行と取引を余儀なくされ、いずれ米国金融機関との取引、米国内での活動ができなくなります。
米国のイラン制裁措置法には例外条項が設けられています。法発効から180日以内に、イラン中央銀行との取引を減らした金融機関は制裁対象からはずす可能性があるという内容です。この例外条項適用を巡り、日米間の外交交渉が続いています。
その決着以前に懸念されるのは、ホルムズ海峡での紛争勃発による原油価格高騰。現実のものとなれば、現在1バレル100ドル前後の原油価格は、過去最高の140ドル程度まで上昇するリスクもあります。ホルムズショックです。
原油価格高騰は、日本経済にコストアップのダメージを与えるだけでなく、為替市場の円高傾向を転換させる可能性があります。
本格的な原油価格高騰となれば、既に原油輸入国となっている中国やインドをはじめ、米国やEU諸国も自国通貨高を目指すかもしれません。円高傾向が転換し、円安になるのは輸出企業にとっては大歓迎。但し、ある程度の円安まで。円暴落というような状況になっては困ります。
現在の日本の円高が欧州財政危機を反映した動きであることは周知の事実。「安全資産(円)への逃避」というよりも「消極的な円買い」がその本質。つまり、市場動向がいつ円売り、日本売りの方向に転換してもおかしくないのが現状です。
先進国の政府債務対GDP比の過去最高は1946年の英国の269%。既に日本は200%に達し、今のままでは2015年から16年にかけて英国の水準を超えるのは必至。
日本売りの傾向が出始めると、日本国債への投資が減るのが最大の問題。国債金利が上昇し、市場の関心が欧州財政危機から日本の財政危機にシフトする可能性は高いでしょう。
そうならないようにするためにも、消費税問題を含む財政改革、財政健全化が重要な政策課題。しかし、財政改革が暗礁に乗り上げるような局面でホルムズショックを迎えると、不測の事態を迎えるかもしれません。
とは言え、財政危機に関しては、現状の市場のターゲットは日本よりも欧州。23日に始まったユーロ圏財務相会合では、足踏み状態になっているギリシャ政府と民間債権者の交渉の動向が焦点になっています。
ギリシャ国債をより満期の長い30年国債に乗り換える際の条件交渉です。元本の50%削減は決まっていますので、借り換え金利がポイント。4%以上とするか否かが攻防ライン。今も交渉が続いています。水準如何で実質的な(元利合計での)債務削減率が変わります。
一方。ギリシャの財政状況を監視し、支援策を検討するEU(欧州連合)、IMF(国際通貨基金)、ECB(欧州中央銀行)の通称「トロイカ」チーム。
昨年合意したギリシャ政府に対する約130億ユーロ(約13兆円)の第2次金融支援の実施条件を巡る交渉も続いています。ギリシャ政府の債務削減に対する取り組み姿勢の証が必要です。
もっとも、独仏などの個別国及びトロイカチームによる支援網にも綻びが出ています。フランス国債の格下げに続き、ユーロ圏の緊急支援制度であるEFSF(欧州金融安定基金)も格下げされ、支援網そのものが弱体化。
ユーロ圏各国は、7月を目標にEFSFをより長期的な支援制度であるESM(欧州安定メカニズム)に衣替えさせることを狙っていますが、衣替えは所詮衣替え。中身は変わりません。
混迷が続く中、EFSFの格下げに業を煮やした一部のEU首脳は、欧州独自の格付制度への移行を提唱。EUはますます内向きになっている印象です。
欧州が目指しているのはギリシャの「管理されたデフォルト(債務不履行)」。つまり、各国合意のうえで、「民間債権者の債権放棄」「ギリシャの歳出削減努力」「トロイカの追加支援策」の3点セットで計画的にデフォルトさせ、そこからの再スタートを目指します。
しかし、3月20日の国債の大量償還は刻一刻と迫っており、合意がずれ込めば、「突然のデフォルト」に至るリスクが高まります。
ホルムズショックは円安要因。一方、ギリシャショックは円高要因。どちらの要因が相対的に強く出るか、それは誰も予測できません。
しかも、イラン問題と欧州財政危機は、全く無関係のようで、無関係ではありません。多元一次方程式を解くような難問です。
日本は、独自の情報と戦略をもたなくては、能動的に混迷に対処することができません。
(了)